第12話 雪解け

私は軍事の名門であるヴァルキア公爵家に生を受けた。貴族の力が強いこの国であれば、公爵令嬢というものは、全てを手に生まれてくるのと同義であろう。




 しかし、私は何も持っていなかった。




 なぜなら、私は、青い血の流れぬ下賤な平民を母に持ち、その上、これまで一族のだれもが保有していなかった不気味な白い眼を宿して産まれたからだ。




 噂好きの意地悪な家令が、悪意に満ちた言葉を織り交ぜつつも様々なことを教えてくれた。




 実は公爵家に婿養子として入った父は、もともとの公爵令嬢である正妻に頭が上がらず、日夜ストレスをため込んでいたらしい。




 しかし、正妻は病気で死亡。気が大きくなった父はただ気まぐれで当時メイドとして勤めていた母を無理やり襲い孕ませる。


 もちろん、そこに愛は無い。母は私を産むと途端に衰弱し、1週間後に死亡したようだ。




 そのようにして産まれた私が不気味な白い眼を宿していたことは、婿養子として公爵となった父を厭う一族の面々に責められる格好の材料になったようだ。




 そして、それと同時に流された悪評により、次第に父は他の貴族家からも笑いものにされるようになっていった。






 荒れていく父の行動。剣の鍛錬という名の八つ当たりが始まり、そして、それ以外の時は無視される。


 少女が女性になり、成人となり、やがてこの国随一の騎士となってもその光景だけは変わることは無かった。




 今ならわかる。外で軽んじられる父にとって、自分の思い通りにできる私は気持ちの良い存在だったのだろう。




 父が命令し、私がそれに従う、その時だけは私の存在が父を喜ばせることができた。




 だが、歪な関係は唐突に終わりを迎える。やがて私が勇者パーティに参加し、屋敷に帰れることが少なくなると父は急激に衰え、すぐに息を引き取った。






 戦の中で戦果をあげるが、私に声をかけるものはいない。むしろ、近づけば誰もが私から距離を置いた。過去に父を虐げたものはもちろん、それ以外の者も強大な力を持った無表情の存在に恐怖を抱いたのだろう。




 愛を求めてはダメだ。この身に注がれる愛など無いのだから。




 このまま感情を知らず、身が朽ち果てるまで命令に従って生きていくのだろう。




 そう思っていた…………





















 なんなのだろうこの人は。




 違和感の始まりは朝の鍛錬の時だ。




 俺は既に最強だと、今まで鍛錬など一度もしてこなかったのに。






 続いて、銀狼との戦いで私を助けた。




 いつものように、俺の盾になれたなら本望だろうと言って捨て置くと思っていた。それに、手当をするならまだしも、私を背負うために両手を塞ぎ、自分の身を無防備にしてまで助けたことには内心ひどく驚いた。






 そして、極めつけは先ほど私の頭を褒めるように撫でたことだ。




 今までは村人を守り過ぎると必要以上の仕事はするなと怒鳴りつけてきたのに。


 …………撫でられた瞬間、この胸に沸き上がった感覚が何かはわからない。しかし、嫌なものではないのは確かだ






 父も気まぐれのように優しさを見せることがあったし、同じようなただの気まぐれかもしれない。




 しかし、少しだけ。そう、もう少しだけ。




 私と違って、笑顔の人々に囲まれるこの人のことを知ってみよう。




 それがどういう結果になるかはわからないが、今より悪くなることもそうないだろう。










 騎士は思う。彼について知ろうと。踏み込んでみようと。




 しかし、それは彼女が、人に抱く初めての気持ちだということには気づかない。




 氷は溶ける。そこに熱が加われば。

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