第10話 氷の騎士

女騎士は勇者の背の体温を感じながら、思いに沈む。






 近隣諸国最強の人である近衛騎士団長を勇者がまるで赤子の手をひねるように容易く負かしたことは鮮明に記憶に残っている。




 正に最強。魔王軍に対して劣勢であった人類にとって、希望の光であると称えられるような存在であるのは確かだろう。




 しかし、それとは別に、勇者パーティには怨嗟の言葉が幾度も投げつけられてきたのもまた事実だ。






 勇者の作戦で味方が囮にされ、そして、巻き込まれる形で広範囲攻撃が行われる。


 崩壊寸前の味方の引き止める声を無視し、飽きたと言って勝手に戦線を離脱する。


 結婚間近の女騎士が恥辱にまみれた命令をされ、断れば一族全体を陥れられる。




 そんな光景をこれまでたくさん見てきた。






 国からは彼に従うように言われている。私はいつも通り何も考えず、善悪の判断を彼にゆだねろと。




 軍隊に正義を求めてはいけない。個を捨て群に生きる。敗者の怨嗟の声など勝利の前には塗りつぶされてしまうのみ。






 誇りは無い。想いも無い。自分すら無い。


 群が勇者を肯定するのであれば、個である私は何も考えず、それに従おう。






 命令に従うことだけが、父親を喜ばせた。その愛とは呼べぬ記憶を唯一の寄る辺として。




 魔眼の騎士は、心を凍らせ、剣を振る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る