第2話 異世界転生はお役所仕事

大学を出て、とりあえず受けた中小のメーカーに入社し、気づいたら10年以上経っていた。


 この会社は激務で人の入れ替わりが激しいことから、この年齢でも中間管理職という名のサンドバックを任せられている。




 一人暮らし35歳。両親は病気で既に他界しており、兄弟もいない。


 ちなみに、彼女はいない。というか、俺に気があるんじゃ?と告白した子にそんなつもりじゃなかったと言われてフラれることが2回ほどあって正直俺の恋愛センサーはリコールレベルだと諦めている。




 待つ人のいない独身貴族の極みと言えるような立場ではあるが、自分の食う分だけでも稼がなくちゃいけないのでなんとか頑張っている。




 しかし、今日は特に大変だった。




 終業時間直前に部下が誤って発注数を間違えていたことが発覚、必要最低限の数の商品が届かず鬼クレームを入れてくる先方に対応しつつ、臨時生産ラインの確保を部下に至急で指示、最後に納品時期と値引き提案で合意が取れたことでようやく一段落がついた。




 疲れたと思いつつ会社の駐車場に着き、時間を見ると既に22時を過ぎていた。


 こりゃ残った仕事は諦めて明日やろうと思い、上を見上げると自分たちの課のフロアにまだ電気が点いていることに気づいた。




 エレベーターに乗って上にいき、事務室の扉を開けると部下が泣きそうな顔でこちらを見ていた。


 とりあえずこの人手不足の中で辞められても困るし、と打算的部分もあったので、とりあえず簡単にフォローを入れて、家に帰らせた。


 残った仕事は明日やろうと事務室の電気を消し、ようやく帰れるとエレベーターに乗って一息ついた瞬間異変に気づいた。




 あれ、なんか傾いて……と思った時には既に遅く、何かが切れる音がしたと思ったら突然の浮遊感、そして強い痛み、意識が遠のくのが他人事のように感じられた。




 ああ、これが死ぬってことなのかな……




 これが、この世界で最後に思った言葉だった。



















 白い部屋。目の前になんかすげー美人さんがいる…あれ?なんか羽が生えてとぼーっと考えていると声をかけられた。




「目が覚めましたか?」




 外見通りの美声でずっと聞いていたくなるような声だ。休日明け、憂鬱な月曜日の目覚まし音に使わして欲しいくらいだ。




「ようこそ。あなたは死を迎えました。私の名はアリア。転生の女神を任されているものです。


 そして、この場所はあなたが新たな世界へ送られる前の一時的な待機場所となります。


 まあ、突然言われて理解はできないかもしれませんが、時間もないので次の世界に転生することについて話をさせて頂いてもいいでしょうか」




 どうやら、俺は死んだらしい。確かに最後の痛みは嫌に現実的であなたは死んだといわれても不思議な納得感がある




「……時間もないということなので、一つだけ聞いてもいいですか?」




 俺の問いかけに、女神様は続きを急かすような無機質な表情で頷いた。




「次の世界にってことは今まで生きてきた世界と違うんですか?」


「そうなります。転生にもルールがあって、転生できる世界に順番があるんです。」


「なるほど。説明ありがとうございました。」




 正直、前世に未練は無いが、これまで曲りなりとも積んできた経験が真っ白になるのは少し悲しい。




「あなたの次の世界はいわゆる剣あり、魔法ありのファンタジーな世界ですね。


 それと、これもルールでどんな能力が欲しいかを聞くことになっているんですが、なにか要望はありますか?


 まあ振れ幅も大きいので確実に希望通りにいくかはわかりませんけど」




 書類のようなものを取り出して見ながら女神さまが聞いてくる。




 あれ?能力の要望とか言えるんだ。


 しかし、正直別世界となると常識が違い過ぎて何が適切なのかよくわからんな。




「あー、例えば、どんな能力が選べるのか、とかどんな希望をする人が多いのかとかって教えてくれたりしますか?」




 その質問に女神様は少し考えた後、思い出すような感じで教えてくれた。




「そうですね……。あんまり覚えていないですが、最強の力が欲しいとかが多かった気がしますね」




 話をしていくにつれて思うが、この女神様、けっこー仕事が事務的だな。


 しかし、最強の力か、まあありっちゃありだけど正直大人になるともう少し現実的に考えてしまうな




「申し訳ありません。そろそろ私の就業時間も終わりなので転送を始めさせて貰ってもいいですか?」




 時間が無いってそういうことかよ。定時帰宅とかお役所みたいなこと言いやがって。まあとりあえず融通利きそうな能力でいいか。




「じゃあ『何事も卒なくこなせる器用さ』でお願いします」




 俺の答えに女神様は頷く。


「わかりました。『何事も卒なくこなせる器用さ』ですね。


 それとは別に転生サポートとして、『転生初日における周辺情報の開示』、『言語の自動翻訳』が付いてきますので安心してください。


 あと、転生で異世界的な最低限度の生活保障ということで平均以下の能力値で転生された方には『一度限りの死の回避』が併せて付与されるようになりました」




生活保護かよ。まあサポート自体はありがたいし、安心感は少しだけ上がったけど




「ちなみに、私はあちらの土地情報をあまり知らないので、適当に生命体の密集している場所に転送しておきます。ご了承ください。それでは行ってらっしゃい。良い来世を




 さっきの安心を帳消しにする言葉が聞こえたのでさすがに文句を言おうとして言葉が喋れないことに気づいた。


 ふと体を見ると少しづつ色が薄れ、存在自体が溶け出していっているように見える




 まあ無人の荒野とかに出されるよりはいいか。知らないとは言っても生命体の密集している場所なら無難に街とかだろうし




 そう思いながら、俺の意識は少しずつ遠のいていった。

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