第二章/接触 [交流]第2話

「君の部屋はここだ。」

保安部員に[ストレリチア」内で自分が使う部屋へ案内されたマコト。自動ドアになっており、開いたドアから「お邪魔します。」と恐る恐る部屋の中へ足を伸ばした。流石に貴賓室と比べれば質素な作りになってはいるが、ベッド、机、個室のバスとトイレ等は常備されており、まるでアパートの一室の様な雰囲気だ。

「他の3名と同様に、この艦に居る間は君には我々と同じ兵舎で暮らしてもらう。隣の部屋は君の友人が使っているから、気兼ねなく顔を出すといい。」

保安部員は親指を立てて、部屋の左隣を指した。友人とはユウヤの事だろう。

「何かあったらドア横の連絡用端末を使ってくれ。連絡先は制限させてもらうが、保安部室なら繋がるはずだ。24時間誰かしら居るので、いつでも対応可能だ。」

「では。」と保安部員は敬礼してドアの前から立ち去った。遠くなっていく足音。ようやく落ち着けると思い、マコトは「ふぅ。」と息を吐きながら、脱力したようにベッドに腰を下ろした。ベッドは思った以上にふかふかしており、寝心地は良さそうだ。マコトは足元に置いたショルダーバッグを見る。ここまで色々あったが、忙しくて荷物の状態を確認してはいない。念の為、紛失物が無いかマコトはバッグを開けて中身を確認し始める。一日分の服、移動中に読む本、〝宇宙のくじら〟。バッグの中は最初に開けた時のままで、紛失物等は無さそうだった。マコトは時間もあるからと、昨日買ってきた本を取り出しページを捲る。

「失礼。お邪魔するわね。」

それを合図に、部屋のドアが開いた。マコトは飛び上がり、本をベッドの上に置きドアの方を見る。すらりと伸びた脚、長いブロンドの髪、蒼い目。そこにはアキレアが立っていた。一時的ながらも主であるマコトの許可も得ずに、アキレアは大股で部屋に入ってきた。

「何度か視察に来た事はあるけど、やっぱり良い兵舎ね。流石、おじい様。」

アキレアは部屋を見渡した後、マコトに目を向ける。

「ハァイ。ここに来たのはちょっと忘れ物・・・貴方に用事があってね。」

アキレアはマコトに顔を近づける。マコトの心臓は高鳴り、誰もが分かる位に顔を赤くする。アキレアはクスっと小さく笑うとマコトから顔を離した。

「そういえば、貴方の年齢聞いてなかったわね。見た目、大体同じ位だと思ったのだけど。一体幾つなのかしら?」

「じゅ、17。高校2年です。」

マコトの答えを聞いたアキレアは、嬉しそうに手を合わせた。

「やっぱり!私も17歳なの。ふっふっふっ、私の目に狂いはなかったわね。」

そう言って一人満足そうにドヤ顔を決めるアキレア。こう見ると容姿は美しくても、年齢相応の少女の様だ。マコトはそう思いながら彼女の首元に注目する。そういえば・・・

「日本語を喋れている・・・」

マコトの呟きに気づいたアキレアは、ウィンクしながら得意げに口を開いた。

「そうよ。祖父が大の日本好きでね。幼い頃から日本語を使える様に、って教育を受けたのよ。他にも12ヶ国語は話せるわ。」

アキレアは嬉しそうに話していたが、何かを思い出した様に溜め息を吐いた後、話を続けた。

「一応、私もハイスクールの2年なんだけど、大学卒業まで教養は履修済みなの。けど、父が「ハイスクールは通っておけ」と、五月蠅くてね。お陰で友人という厄介な人間関係まで構築する破目になったわ。」

少々嫌そうに言いながらもアキレアは少し口元を綻ばせた。ふと、マコトがベッド上に置いた本がアキレアの目に留まった。

「あら?この本・・・」

アキレアはベッドから本を拾い上げると、興味深そうに頷きながらパラパラとページを捲り始めた。マコトはアキレアが本を読む様子をまじまじと観察する。

「ふーん。読みやすい内容ではあるわね。けど・・・」

アキレアは口元に笑みを浮かべながら残念そうに首を振る。

「祖父の魅力を30%程度しか伝えられてないわね。書き直しを要求するわ。」

フンッと、鼻で一笑した後、捨てるかのように本をベッドの上に放り投げた。

「アキレア様、そろそろ本題に。」

ドアが開き、整った仏頂面・・・SPのアレックスが顔を出した。

「ああ、そうだった」と、アキレアは手を打ち、マコトに向かい直す。

「えーっと・・・Mr.天野?携帯端末を出してくれないかしら?」

「マコトでいいですよ、アキレア様。」

笑いながらマコトはポケットから端末を取り出した。

「じゃあ、私もアキレアでいいわ。」

アキレアも笑顔で胸ポケットから端末を取り出すと、ピアニストの様に軽快な指運びで操作する。すると、突然マコトの端末が立ち上がり?、ホーム画面にアプリがダウンロードされたメッセージが表示された。

「今、貴方の端末にこの[ストレリチア]の地図を送ったわ。試しに起動してみて。」

アキレアの言葉通りにマコトは端末を操作し、アプリを起動する。画面に[ストレリチア]の全体象と現在地を示す光点。そして現在地と周辺の地図が名称付きで表示された。下には検索用のテキストボックスも表示されている。

「本当は部屋に案内する前に渡したかったのだけれども、すっかり忘れていたわ。GPSやナビゲーション機能もついているから、どこに居るか、どうやって向かうかが分からなかったら使うように。」

マコトは恐る恐る頷くと、アキレアも笑顔で頷く。

「艦内の時間は技州国基準だから、そろそろディナータイムね。地図を見て食堂に着て頂戴。」

アキレアはくるりと後ろを向くと「じゃ、食堂で会えると良いわね。」と、後ろ手を振りながらドアへ向かい、部屋を出ていった。マコトは呆けた表情でその様子を見守る。ドアが閉まりアキレアの足音が遠ざかると、マコト全身にどっと疲れが襲い掛かった。まるで嵐が過ぎさった様な感覚。同時にマコトのお腹が一人だけの部屋に鳴り響いた。そういえば、種子島に向かう旅客機内で昼食の代わりに取った軽食以降、腹に何も入れていなかった。マコトは今の時間を確認しようと端末に手を伸ばそうとした瞬間にメッセージ用の着信音が鳴る。マコトは端末を手に取り、メッセージの内容を確認する。

『技州国の姫さんから地図アプリは受け取ったか?』

ユウヤからだ。マコトは受け取った旨を入力し返信した。

『おー、良かった良かった。そういえば、俺らまともにメシ食ってなかったよな。[腹減ったユウヤについて]。』

マコトは『うん。』と一言だけ返答する。

『そろそろ夕食時らしいから、一緒にメシでもどうだ?そうだな・・・一時間後に食堂に集合ということでいいか?』

『了解。』

『OK。委員長・・・アイツ、結構食べていたから腹減ってなさそうだけど、一応誘っておくか。じゃ、一時間後に食堂でな。』

マコトはスズネに対しての一言に苦笑いを浮かべながら、『うん。一時間後で。』と返答した。地図を見ると食堂まではマコトの部屋から30分程度で到着するらしい。移動の時間も考え、後30分。その間どうやって時間を潰そうかと考え、アキレアがベッドの上に放り投げた本が目に留まる。

〔科学と技術、国の為に生きた。天才アイク・ローゼンバーグの半生〕

「30%程度ねぇ・・・」

訝し気に本を見つめる。放り投げた本人の祖父の事が書かれている本。マコトはそれを手に取り、静かに開いた。

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