第一幕/出立 [邂逅/後]第3話(第一幕最終話)

 「遅いぞ」と副長が睨みつけ、マコトは「すみません・・・」と小さく返事をした。副長はフンッと鼻を鳴らし、元来た道を戻り始める。マコトとイアンも急いで後を追う。

黙って格納庫へ向かう三人。マコトは表面上平然としていながらも、くじらの事で頭がいっぱいだった。周りの風景も見えていない。くじらが存在する。改めてそう考えただけでも、興奮が冷めやらない。一旦落ち着かせよう別なことを考えても、結局はくじらの事を考えてしまっている。それ程、マコトにとっては衝撃的な情報だった。この艦に乗っていれば、くじらに会えるかもしれない。だが、技州国が秘密裏に行動している中、民間人を乗せてもらえるとも思えない。一体どうすれば・・・

「痛ッ。」

マコトは不意に何かに顔をぶつけた。

「チッ。おい、お前!何やってんだ!」

どうやら止まっていた副長の背中に顔がぶつかったらしい。副長が苛ついた様子で睨みつけた。マコトは「すみません、すみません」と、必死に頭を下げる。

「まあまあ、副長。君も、もう格納庫に着いたのに、そのまま副長に突進していったんだ。少しボーっとしてようだね。何かあったのかい?」

イアンの一言に「えっ?」と、マコトは周りを見渡す。廊下と同じく無機質な白い壁。しかし、段違いに広く、眼下の空間にはシャトルや重機、鋼鉄の騎士達が綺麗に並んでいる。中央に一機だけシャトルが鎮座しており、そこにはシャトルの乗員たちが列を成していた。いつの間にか格納庫についていたらしい。くじらでいっぱいになっており、周りが見えていなかったようだ。

「大丈夫かい?」

イアンはマコトの顔を覗き込む。急に恥ずかしくなり‐考えている事が見透かされそうな気がして‐「大丈夫です」と小さく答え、イアンから距離を離した。

「いいか?今度は周りに注意してついてこい。」

「こっちだ」と、副長は睨みつけながらマコトの前を通り過ぎ、左側にあるリフトへ速足で向かった。「ちょ、待ってください」と、イアンも慌てて追いかける。マコトも小走りで二人の後を追いかけた。三人はリフトに乗り、格納庫下部へと降りる。格納庫下部へと到達すると、沢渡が見送りに来たアキレアとリリィ、二人のSPと保安部長に挨拶をし、用意されたシャトルに乗り込む所だった。

「ほら、さっさと行け。」

副長に肩を押されて、マコトは急ぎシャトルの列へ加わろうと急いで走る。シャトルへの列の一番後ろには、スズネ、ユウヤ、ノブヒトの三人が並んでいた。息を切らせながらマコトは「ごめん、お待たせ」と、一言謝りつつ三人に合流する。いきなり全速力で走ったから脇腹が痛い。「別に謝る事はねぇだろ」とユウヤ。ノブヒトはいつもの朗らかな笑顔で「すっきりしたかい?」と聞いてきた。ノブヒトの発言に、目を細めて嫌な顔をするスズメ。マコトは頷いた後、息を整えながら〝地球へと帰る〟その列の、三人の後ろに並んだ。

そう、〝地球へ帰る〟為の列。このままこの列に並んでシャトルに乗れば、地球に帰っていつも通りの日々に戻る。いつもの、学校に通って、勉強をして、休み時間と帰宅したらくじらの情報を探し続ける日々。

マコトが難しい顔をしているのをユウヤが気づく。

多分、それは何事にも代えがたい平穏な日常なのだろう。同時に一生くじらに会えるチャンスを失うと同義でもあるのかもしれない。

「おい、マコト?」とユウヤが声を掛ける。

だが、このまま残るのであれば、巻き込まれた以上に恐ろしい事が待ち受けるかもしれない。技州国の内面に踏み込んだ挙句、色々と知ってしまった自分が厳重な処罰を受けて、家に帰れない可能性もある。そもそもどうやってこの艦に残るのかも問題だ。

マコトはチラリとアキレアを見る。アキレアは中年男性と若い女性を見送った後だった。残るは親子連れとマコトたちだけ。

 ただ、しかし、夢は諦めたくない。平穏な日常を手放してでもいい。一生くじらに会えなくなるのであれば、自分の人生に意味は無い。今しかチャンスは無いんだ。

そう思った瞬間、マコトは列を離れてアキレアの元へ走り出していた。

「マコト!」

ユウヤが呼び止める。

こちらに走ってくるマコトに気づき、保安部長は少し驚いた表情をしながら肩にかけてある銃に手を伸ばすが、アレックスが片手で制止し、アキレアと向かってくるマコトの間に立った。マコトはアレックスの前で止まり、膝に手を当てて俯きながらゼーハーと荒い息を吐く。その様子を無言、無表情でアレックスは見つめる。

「ッツ・・・お願いがあります!」

息を整えて、マコトは顔を上げる。その視線はアレックスの後ろに立っている双子を向いていた。

「僕を・・・この艦の乗せてもらいませんか!」

「おい、マコト!お前何を言って・・・」

ユウヤが叫ぶが、マコトには聞こえていない。

「だって・・・この艦はくじらを追っているんですよね?」

くじら。マコトの一言に、格納庫で作業をしているエンジニアたちや乗り込んだ人も含めたシャトルの乗員たちがざわつき始める。保安部長は眉間に皺を寄せて険しい表情をし、リフトからゆっくりとこちらに向かってきている副長とイアンを睨みつける。副長はハッとし、首についているチョーカー型の翻訳機に手を当て、電源が切られていないことに気づいた。そのまま副長は保安部長から視線を逸らし、イアンは苦笑いを浮かべて誤魔化す。

「貴様、いい加減に!」

怒りを露わにして、アーシムは身を乗り出した。アレックスも威圧感を出しながら、静かに、少しずつマコトににじり寄る。

「二人共、下がって。」

アキレアの言葉に、にじり寄るのを止めるアレックス。アーシムも後ろに下がった。アキレアはアレックスの横を通ってマコトの前に立ち、人差し指を唇に当てながらじっとマコトを見つめる。アキレアの碧色の目に見つめられ、マコトは顔が赤くなる。破裂しそうな程、高鳴る心臓。どこを見ていいのか分からず、視線をあちこちに逸らす。アキレアは何かを思いついた様に悪戯っぽく笑みを浮かべると、「いいわよ」とマコトに向かって言った。

「しかし、アキレア様・・・」

アレックスは反論しようと口を開く。

「いいじゃない?歴史の証人は多いに越したことはないわ。それに・・・」

反論しようとしたアレックスの言葉を遮った後、アキレアは人懐っこい笑みでマコトを見る。

「同い年っぽそうだしね。丁度、同年代の子が居て欲しいかなぁって思っていたのよ。」

アキレアの乗艦許可に、虚を突かれた様にポカンとするマコト。

「おいおいおいおい!」

一部始終を聞いていたユウヤが大股でマコトたちの所へと近づく。

「マコト、お前何言っているのか分かるのか?」

マコトの肩を掴み、ユウヤは自分の方に向かせた。

「全く関係のない技州国のいざこざに、態々自分から首を突っ込んでいるんだぞ!さっきの様に危ない目に合う可能性だってあるんだ。」

頷くマコト。

「それでも、くじらに会える折角のチャンスなんだ。僕は自分の夢を諦めたくない。」

「ごめん。ユウヤ」とマコトは肩からユウヤの手を退ける。

マコトの返事を聞き、「あーっ!」と、イライラしながら頭を掻くユウヤ。くじらの事になると、前から梃子でも動かないのは知ってはいたのだが・・・。一頻り頭を掻いた後、溜め息を吐きながら脱力したようにユウヤは腕を下げた。

「すまない、技州国のお姫様。迷惑をかけるが・・・コイツの次いででいいから、俺も乗せてくれないか?」

マコトはユウヤから出た同行を申し出る言葉に、大きく見開いて当人を見た。

「コイツはくじらの事になると暴走しがちになるから、周りに迷惑をかけてしまうのが心配でな。知っている誰かが止めてやらないといけない訳さ。」

二人が[ストレリチア]に残る。突然の展開にスズネはついていけず、挙動不審に二人を交互に見た後、少し焦ったように「自分も!」と、ジャンプしつつ勢いよく手を挙げてアピールした。そんな様子を見て、ノブヒトは笑いながら、

「保護者枠ということで、三人の教諭である私も乗せてもらってもいいかい?」

と、小さく手を挙げる。「みんな・・・」と3人を見るマコト。

「ふふっ、いいわ。4人共残って頂戴。保安部員たちは急いで彼らの荷物をシャトルから降ろしてあげて。」

アキレアは増えた同乗者に喜びの笑みを見せ、後ろに立っている保安部長にウィンクをする。保安部長は敬礼をし、合流してきた副長とイアンにマコトたちの荷物を降ろすよう指示をだした。

  ―――――――――――――――――――――――――――――――――

「沢渡さん。お客様4名が技州国の艦に残る様です。」

シャトル内の出入口付近で一部始終を見ていたハルカは、インカム越しに沢渡に報告していた。当の沢渡は操舵室に居て、発進の準備を行っている。

「そうか・・・心配ではあるが、技州国のお姫様や軍人たちが居るんだ。必ず無事で地球に帰ってくる。」

沢渡の言葉にハルカは少し考えると改めて口を開いた。

「沢渡さん・・・。私も残ります。」

ハルカの発言に「はぁ?」と驚く沢渡。

「私たちの仕事は、お客様に全員に安全な宇宙の旅を提供すること。そして、楽しい思い出と共に地球に・・・家に帰ってもらうことです。」

「それで、桐城が残るのとどう関係があるんだ?」

厳しい口調に少し気圧されながらも、ハルカは続ける。

「楽しい思い出を言うのはなくなっちゃいましたが・・・せめて、家に帰るその時までお客様の身の安全は私たちが守らないと。技州国に全て任せて自分たちだけ地球に帰るなんて、日本唯一の宇宙旅行会社の名に傷が付きます。」

ハルカは意を決して自分の意見を言った後、静かに微笑んだ。

「本音を言うと、ただ単に私自身、お客様たちの事を心配なだけなんですけどね。なので、お願いです。」

インカム越しに沢渡は溜め息が聞こえる。が、「分かった」と、厳しかった口調が穏やかのものへと変化した。

「確かにその通りだ。桐城は「JST」代表として、技州国の艦に残ってくれ。俺たちは先に帰るお客様と一緒に地球へ戻る。」

出入口から外の様子を伺う。副長とイアンがタラップを昇り、こちらへと向かってくる所だった。

「では、桐城ハルカ。残るお客様を頼んだ。無事に、お客様と一緒に家まで帰ってくるんだ。」

  ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 副長とイアンがシャトルに入ったと入れ替えで、今度はハルカがタラップを降りてくる。タラップを降りきったハルカは、アキレアに向かって深々と頭を下げた。

「アキレア様、申し訳ございません。不躾なお願いなのですが、私が[JST」代表として残っても宜しいでしょうか?上司にも許可を取ってあります。」

ハルカの乗艦の要望に、アキレアは笑顔で繰り返し頷いた。

「ええ、ええ。いいわ、いいわ!オーディエンスは多い残したことはないもの。」

「ありがとうございます」と、ハルカはもう一度深々と頭を下げる。「別に大丈夫よ」と言った後、アキレアはシャトルの方を見た。

「本当はシャトルの皆さん全員残ってもいいのだけど・・・用事がある人も居るだろうし、素直に帰りたいと思う人も居るだろうからやめておくわ。」

「アキレア様」とアレックスが自分を戒める言葉に、アキレアは「冗談よ」と‐本当に冗談なのか分からないが‐ウィンクする。

増えていく乗艦者。事の発端であるマコトは、アキレアたちのやり取りをボーっと眺めていると、話を聞いていた子どもがマコトの足元に駆け寄ってきた。

「おにいちゃん、くじらに会いに行くの?」

マコトは子どもの目線に屈み、「うん」と笑顔で頷く。

「お兄ちゃんの我儘でどうにかなったけどね。でも、ずっと夢見ていたんだ、くじらに会うことを。だから、このチャンスを逃したくないんだ。」

「ぼくも行きたいな~」と、腕をぶんぶん左右に振りながら子どもは残念がる。そんな子どもの様子が心配で、二人に近寄ってくる父親と母親。父親は「アキラ」と、息子の頭に優しく手を置く。

「お兄ちゃんたちは、とっても怖い所に行くかもしれないんだぞ?」

子どもは残念そうにしながらも、頷いた。

「ぼくも行きたいけど、もうこわいのしたくないから、ぼくはおとうさんとおかあさんといっしょにいる!」

子どもは二人に抱きしめられた後、元気にタラップを駆けあがる。途中、荷下ろしをしていた副長たちを衝突しそうになるが、そんなのを機にせず二人の間を通って行った。マコトにお辞儀をした父親と母親は、副長たちが降りたのを確認するとアキレアに挨拶をし、タラップを昇っていく。

「じゃあねー!おにいちゃん!おねえちゃん!」

シャトルの出入り口から子どもが大きく手を振る。マコトも笑顔で手を振り返した。

「これで全部の様ね。」

タラップから降りてくる副長を見てアキレアは呟く。副長の手には少し大きめの女性もののショルダーバッグが握られていた。副長は持っていたショルダーバッグを、アキレアの少し離れた所で綺麗に並べられているマコトたち4人の荷物の所まで持っていき、他の荷物同様に綺麗に並べた。アキレアはそれを確認すると、マコト、ユウヤ、スズネ、ノブヒト、ハルカの順に5人を顔を見た後、静かに息を吸い、満面の笑みを作った。

「では、改めて・・・ようこそ!ストレリチアへ!私たちは、貴方たち5人を歓迎します!」

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