第一幕/出立 [邂逅/後]第1話‐1

 暖かな光を放つシャンデリア。マコトはボーっとそれを眺めていた。

「おい、マコト!」

ユウヤに脇腹を小突かれて我に返る。「大丈夫か?」と心配するユウヤ。マコトは小さく「大丈夫」と笑みを見せながら答えた。

格納庫に現れた金髪の美少女の指示の元、シャトルの乗員は技州国の軍人に案内によって何度か自動歩道やエレベーターに乗り継ぎ、そして通されたのがこの部屋だった。マコトは部屋を見渡す。壁や天井には西洋風の装飾が彩られており、同様にあちこちに設置されている家具も気品に溢れるデザインをしている。カーペットはふかふかで踏み心地が良い。ここまで通ってきた無機質な格納庫や廊下とはかけ離れた、非常に豪華な内装だった。部屋の中央には巨大なテーブル。それを、扉を正面として三方を囲む様にマコト達を含むシャトルの乗員が椅子に座っている。今度は自分と同じく椅子に座っている面子の様子を伺うマコト。入口の扉に向かって右側から中年男性と若い女性のカップル。中年男性の方は「ふんっ」と鼻を鳴らし、貧乏ゆすりを行っているあたり、苛ついているのが分かる。若い女性はビクビクと完全に怯え切っており、時々「ねぇ、どうなるのよ」と小声で男性の袖を訴えているが、男性は無視している。次に老夫婦。椅子を近寄らせ、お互いに身を寄せ合って安心させるような言葉を言っていた。扉を正面とする面にはマコト達、親子連れが座っている。父親の方は家族を安心させる為に「大丈夫だよ。」と言葉を掛けながらどっしりと座っているが、子どもと母親は不安で仕方なく老夫婦と同じく身を寄せ合っていた。時折、「おかあさん・・・こわいよ・・・」と子どもの泣きそうな声が聞こえてくる。左側の面にはハルカを始めとしたシャトルのクルー達が座っていた。親子連れから近い位置に座っているのがハルカ。落ち着こうと目を閉じて静かに深呼吸をしている。次にコックコートを着た男性と作業服に身を包んだ三人・・・恐らく調理師とエンジニアだろう。そして一番端にはパイロットの制服を着ている中高年と若い男性の二人組が、ハルカと同じく目を閉じて静かに座っている。中高年の男性は帽子を被っている事から、こちらが機長・・・確か沢渡と言ったか・・・で若い男性の方が副機長と予想できる。沢渡はじっとしており落ち着いているが、副機長の方は深呼吸をして落ち着こうと努力しているが、中年男性と同じく貧乏ゆすりをしており、結果落ち着いていない。マコトは横目で隣に座っている自分の達の同行者達‐一人は違うが‐を見た。親子連れの近くに座っているスズネは子どもの様子を気にかけながら、安心させる為に子どもに向かって笑顔を見せている。だが、その手は微かに震えている様に見えた。ノブヒトは鼻歌を口遊みつつ、胸ポケットから眼鏡拭きを出してマイペースに眼鏡を拭いていた。隣に座っているユウヤは、マコトの様子を確認し終えると思いっきり背伸びと欠伸をする。状況に飲まれず余裕そうだった。

周囲を確認し終えたマコトは再び天を仰ぐ。

「この先、どうなるんだろうねぇ。」

「ちょっと!天野君!」

空気を読めないマコトの呟きに、スズネは鋭い眼光を向けた。ユウヤは「どうどう」とスズネを両手で制止した後、マコトの脇を再び小突いた。

「心配になるのは分かるが、少し空気読めって。全く・・・」

呆れる様に息を吐くユウヤ。マコトは頭を押さえつつ、小さく「ごめん・・・」と呟いた。

「まぁ、こっちは完全に被害者なんだし、しかもこんな豪華な部屋に通されたんだ。悪い様にはしないだろう。」

ユウヤの言葉に「それもそうか」とマコトは納得し、思いっきり体を伸ばす。マスドライバーからシャトルを降りるまで座りっぱなしだったため、身体のあちこちが固まっている。

(しかし、あの金髪と銀髪の女の子、どこかで見たことあるような・・)

「ごめんなさい、またお待たせしちゃったようね。」

首を回しながら思い出そうとしていると部屋の扉が開き、丁度その二人が姿を現した。後ろには黒いスーツに身を包んだ二人組の男性が付き添っている。あの鋼鉄の騎士は居ない。

「まず、謝罪を。この度は我が国の問題に巻き込んでしまって、本当に申し訳ないわ。私、アキレア・ローゼンバーグとリリィ・ローゼンバーグがこの艦の全員を代表して、ここに謝罪します。」

金髪と銀髪の美少女・・・アキレアとリリィ、そして二人のSPが頭を下げる。彼女たちの名前を聞き、驚きで目を見開いて思い出すマコト。現国家元首ラルフ・ローゼンバーグの娘たち。双子で両者とも頭脳明晰、容姿端麗。姉のアキレアの方はメディア露出も頻繁に行っており、時勢に疎いマコトもニュースで何度か目にしている‐といっても忘れてはいたが‐。逆に妹のリリィは身体が弱く、そういったものを避けていると耳にしたことがある。まさか、そんな大物とこんな所で会えるとは。

「マコト・・・もしかして最初見た時に分からなかったのか?」

マコトの驚いた様子を見て、ユウヤは小声で聞いてみた。マコトが小さく頷くと、「俺でさえ知っていたのに・・・」と少し呆れて息を吐く。

「皆様には、多大なご迷惑をお掛けしたということで、地球に戻り次第、私たち技州国が謝礼と保障を行う所存でございます。なにかあれば、遠慮なく仰ってください。」

重苦しい口調で謝罪した後、アキレアは頭を上げる。その表情は、謝罪の時とは真逆で眩しい程の笑顔だった。

「では、地球に戻るにあたって皆様のこれからについてお話したいのだけど、宜しいかしら?」

「その前に少し、いいですか?」

沢渡が静かに手を挙げ質問をする。

「ええ、宜しくてよ。ミスター・・・えーっと・・・」

「機長の沢渡です。単刀直入に聞きますが、我々は何に巻き込まれたのですか?[UNSDB]の無人機が戦闘行為を行うのは、貴女たち技州国の許可が無ければ不可能だ。技州国同士争っていた先程の戦闘・・・とても普通の状況じゃない。」

沢渡の質問に少しキョトンとした表情になったものも、直ぐにアキレアはやんわりと微笑を浮かべた。

「それについては国家機密に関わる為、お答えできかねますわ。」

「そうですか・・・」

アキレアの返答に沢渡は溜息を吐く。

「国家機密であれば仕方がありませんね。しかし、命の危険があったのに何もお教え下さらないとは・・・やはり、何でもお教え下さったおじい様の時代とは違いますか。」

「貴様・・・ッ!」

沢渡の皮肉に褐色のSPが微笑を崩して怒りを露わにする。「アーシム」とアキレアが諫める様に呟くと、褐色のSP・・・アーシムは咳払いをし、表情を‐少し引き攣った‐微笑に戻し口を開いた。

「国家機密故、その点はご容赦願いたい。しかし、逃げもせずあんな所に居たのだから巻き込まれて当然とは思うのだが。無人機を爆発させずに処理をしただけでも、ありがたく思ってほしいものだ。」

「んだとぉ!」

微笑みながら挑発するアーシムに反応して、中年男性が座っていた椅子を倒しながら立ち上がる。突然の大声に、傍に座っていた女性はびくつき子どもがくずり始めた。

「人が居る所でドンパチする方が悪いだろ!〝俺は〟死ぬところだったんだぞ!少しは周りを考えろ周りを!」

「お前が言うか」と呟くスズネ。呆れた様に首を振りながら頭を抱えるユウヤ。そんな二人を見てマコトは苦笑いを浮かべる。苛ついていたのは分かるが、こうやって周りの迷惑を考えずに発散するのは良くなく事だ。〝俺は〟と言っていることから、明らかに自分本位な事が良く分かる。

「そもそも、謝罪に誠意が見られないんだよ!土下座しろ!土下座!」

男性は土下座を要求するが、その言葉にもSP二人は動じず、アキレアははにかむだけだった。リリィだけは、姉たちと男性を交互に見ながら少し怯えた様子を見せている。

「土下座の仕方も分からないってか?まず飼い主に教えてやる!」

怒号を上げつつ、中年男性はアキレアに近づいていった。それを見た長身のSPがアキレアを守る様に二人の間に入る。

「なんだぁ?やんのかてめぇ!?」

男性は長身のSPにガンを飛ばしながら、そのまま近づいき掴みかかろうと腕を前に出した。その時。

刹那。一瞬。無音。

掴みかかろうとした男性は、逆にSPに組み伏せられ喉元にはいつ抜いたのか分からない日本刀が当てられていた。マコトは目を見開く。何が起こったのか。全く動きが認識できない。一瞬の出来事に、他のシャトルの乗員たちも理解が追い付かず、当の男性も組み伏せられているのに呆けた表情をしている。喉元に当てられた刀を見て、やっと状況を飲み込めたのか「ヒィ・・・」と男性は情けない悲鳴を上げた。

「アレックス。アーシム。」

アキレアは再び諫める様に厳しめの口調で、二人のSPを注意する。アキレアの言葉にアレックスと呼ばれたSPは男性の拘束を解き、アキレアに向かって無言で一礼する。アーシムも‐少しバツの悪そうな表情をしつつ‐頭を下げた。拘束が解かれ、動けるようになった男性だったが腰が抜けたのか思うように立てずにいた。アレックスはそれを察し、地に這いつくばっている男性の脇を抱え、そのまま引き摺るような形で男性が座っていた椅子まで運び、男性を軽く持ち上げて椅子に座らせた。

「ごめんなさい、私たちのSPがとても無礼な態度を執ってしまって。私たちの立場と彼らの仕事上、仕方ないとは言え少々やり過ぎね。後で注意しておくわ。」

SP二人の所業に、申し訳なさそうにアキレアは目を伏せる。それを見て隣に立っているリリィも、姉を真似て目を伏せる。

「けど、私たちの行動とその目的は秘匿性が高いのは事実で、あまり話せる事は無いの。その点だけは本当に申し訳ないけど、ご容赦願いたいわ。なるべく話を円滑に進めたいからこれ以上の詮索はなし、と言うことにしてくれないかしら?」

アキレアは真摯な眼差しで沢渡を見つめる。

「一応一つだけ話せるとするのであれば・・・私たちの目的は国を救う事って所かしらね。これで納得してくれればいいのだけれど。」

「・・・・分かりました。」

沢渡は少し納得してなさそうだったが、目を閉じて少し考えた後重々しく口を開く。

「こちらこそ、貴女方、そして技州国の名誉を傷つける様な事を発言してしまい、本当に申し訳ございません。」

沢渡は椅子から立ち上がって被っていた帽子を脱ぎ、深々とアキレアとリリィに対して頭を下げた。「解ってくださったのであれば、それでいいわ」とアキレアは微笑む。

「後、沢渡機長。私からも一つだけ質問しても宜しいかしら?」

「何でしょう?」

「今回の貴方がたの宇宙旅行・・・そのフライトスケジュールについて。他国の機関に申請してはいるのよね?」

「無論、申請は行っておりますが?」

沢渡の返答に難しそうな表情をするアキレア。沢渡の方は、顎を撫でながら質問の内容に不思議そうにしている。

「そう・・・念の為、許可証の方を拝見しても宜しいかしら?」

「分かりました。許可証が入っている端末はシャトルの操舵席横、保管用BOXに入っております。」

「ありがとう」と礼を言った後、アキレアはアレックスに目配せする。アレックスは頷くと携帯端末を取り出しどこかに連絡をし始めた。

「では、私からの質問が終わったところで・・・皆様のこれからについて、私から説明させていただくわ。」

アキレアは軽くウィンクした後、アーシムから差し出された携帯端末を受け取る。それを軽く操作すると、テーブルの中央に太陽系のホログラムが映し出された。

「皆様にはこの艦に搭載されている脱出用シャトルに乗って地球に戻っていただき、技州国から今回の件についての謝礼と保障を受け取る流れになっているわ。・・・もちろん、そのシャトルを使って宇宙旅行の続きをしてもいいけれど、あまりお勧めはしないわね。」

肩を竦めながらフフっと軽く笑うアキレア。その笑いにマコトは妙に薄ら寒いものを感じた。まるで、「地球に帰らなければ身の安全は保障しない」とでも言っている様な。シャトルも借りものだし、大人しく地球に戻った方がよさそうだ。

「着陸地点は技州国の民間宇宙港で。国にはそこに着陸すると連絡を入れておいているわ。」

太陽系のホログラムからシャトルのホログラムに切り替わる。

「脱出用シャトルは技州国で開発したもので、性能も民間の旅行用シャトルの数段上よ。けれど、操縦系統はグローバル仕様となっているから、操縦に関しては心配しなくてもいいわ。」

アキレアはそう言いながら端末を操作し、テーブルのホログラムを消した。

「今は、皆様の荷物を脱出用のシャトルに積み込んでいる最中ね。準備が整い次第、保安部に案内させるからそれまでの間は・・・大体10分位かしら?この貴賓室を自由に使って構わないわ。」

アキレアは笑顔で言い終えると、姿勢を正しながらシャトルの乗員たちを見渡した。

「では、私たちはこれで失礼するわね。今回は私たち技州国の問題に巻き込んでしまって、本当に申し訳ないわ。重ねて謝罪致します。何かあれば扉の横に呼び出し用のパネルがあるから、それを使用してね。スタッフが随時対応するわ。」

「それでは」とアキレアとリリィ、二人のSPは丁寧のお辞儀をした後、シャトルの乗員たちを背にして部屋を出る。そして振り返った後再びお辞儀をし、それと同時に部屋の扉が閉まった。

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