第一幕/出立 [家出]第1話‐7

 幸い、急ピッチで行われたのにも関わらず、事故や怪我人が出ずに残りの物資が積み込まれて搬入作業は三十分程度で終了した。完了の報告を受けたラファエルは安堵の表情を浮かべ、新たに入れてもらったコーヒーを口へ運んだ。程なくして、[パペット]を積んだ輸送機が到着し、これも急いで[ストレリチア]に積み込まれて行った。ラファエルは[パペット]の搬入報告書に目を通す。

「ん?[パペット]十二機に全兵装・・・予定では六機に宙間用ユニットだけじゃなかったか?」

ラファエルは眉を顰めながら直ぐ傍に立っていたオペレーターに問う。「私にもさっぱりで・・・」と、自らも報告書の内容に戸惑いながらオペレーターは答えた。

「ごめんなさい、私の指示なの。」

ブォンと低い音が鳴り、ディスプレイにアキレアの顔が映し出された。後ろには良く見たことある風景、その中を軍人達が走り回っている。

「丁度、[パペット]の事で疑問が生じたんじゃないかなと思って。通信を強制的に繋げた事も、重ねて詫びるわ。次いでに今格納庫に到着した所よ。」

アキレアがカメラを動かしたのか、ディスプレイの映像が格納庫と[ストレリチア]を映し出た。

「[パペット]の事なのだけれども、本来なら半分の六機を搬入予定だったけどお父様にバレてしまった以上、私達を止める為に使用してくる可能性が考えられるわ。こちらが「No.1」分一機多いというアドバンテージを持っていたとしても、絶対に無傷では宇宙には出られない。だからバレてしまった瞬間、全機押さえて此処に持ってくるように指示したの。」

再びアキレアの顔が映し出される。

「兵装については念の為。アレも[パペット]用とは言え、別な方法で使われたら厄介極まりないからこちらも押さえておいたわ。」

アキレアは悪戯っぽく舌をだす。

「まぁ、ちょっとした〝嫌がらせ〟という理由もあったけどね。荷物が増えてしまったけど、何かあった際に必要になるかもしれないし、無いよりはマシでしょ?」

溜め息を吐きながら額を押さえるラファエル。〝嫌がらせ〟で国の最高戦力を全て持ち出すのか・・・。だが、彼女が言っていた様に、障害となりうるものは予め排除しておくべきだ。特に[パペット]は出発間近で襲撃してきたらほぼ詰みで、必ず[ストレリチア]に損害を与えて航行不能にするだろう。ラファエルは腕時計を見る。

「・・・分かりました。幸い艦内格納庫にも余裕はありますし、航行自体には問題はないでしょう。もう少しで出発の時間となりますので、アキレア様達は急いで艦へ乗ってください。」

「分かったわ」とアキレアは笑顔を残し、ディスプレイが暗転した。通信が切れた事を確認したラファエルは再び溜め息を吐く。自由奔放というかなんというか。

「まぁ、言っていることは確かなんだがな・・・。なんだか、やる事がめちゃくちゃな気がしてならん。元々、ああいう性格だったか?」

「さぁ?」と困ったような表情でオペレーターは肩を竦めた。式典等に出席する姿を見たことはあるが、プライベートまでのアキレアの姿は知らない。まぁ、今は彼女の性格をとやかく言っても仕方がないが。ラファエルは再び腕時計を見た。露呈したとの情報を得てから四十五分。査察部隊の突入までまだ時間があるが、早いに越したことはない。ラファエルは搬入物資のリストを開き、斜め読みする。全てのリストに「搬入完了」を示すチェックマークが付いているのを確認したラファエルは、艦内通信用のボタンを押した。

「こちら、艦長のラファエルだ。今しがたリストを確認し、皆の尽力のお陰で怪我人や事故も起きず全物資を搬入することが出来た。時間が無い中、本当にありがとう。次は、各部署で点呼を取って今施設に来ている人員が全員居るかどうか確かめ、迅速に報告してくれ。機関部は直ぐに出航出来るよう、E動力の各種チェック報告書も送信してくれ。ではみんな、宜しく頼む。」

ラファエルは通信を切った後、深く息を吐いた。少し手が震えてきている。緊張しているのか。ラファエルは深く深呼吸をする。その様子を心配そうに見ているオペレーターの視線に気付き、「大丈夫だ」と歯を見せて笑い、「さぁ、戻った戻った」と手を振りつつオペレーターに席へ戻る様に促した。オペレーターが席へ戻った直後、ピロンとデスクの液晶端末のメール着信音が鳴った。ラファエルは端末を手に取り操作してメールを開く。食堂を運営する給養部の人員把握の完了報告書だった。先程通信で言ったばかりなのにこれほどまで早く送信してくるとは。ラファエルは目を見張りつつも、直接自分の所に送信してきたことにクスっと笑みを零し、「オペレーターを通せ。オペレーターを。」と呟いた。

‐あそこの面子はせっかちで有名だったな‐

その後も報告書が送信され、十分後には保安部とおやっさんが所属している総合技術部以外の部署から人員把握完了‐機関部は動力系のチェックも‐の報告が届いた。ラファエルはコーヒーカップを口につけつつ液晶端末の画面をじっと見ていた。保安部はそれなりに人数が多いからそれなりに遅れては来るだろうとは予想は出来るものも、総合技術部は技術面の統括を担当しており、マルチに動ける人員しか配属しておらず二十名程度と保安部比べれば人員数が少ない。それともう一つ、施設の警備担当からの定期連絡が遅くなっているのも気になる。保安部所属ではないが、それなりに優秀な人員が配備されており、これまで一度も定期連絡が遅れたことはなかった。

‐何かあったのか?‐

ラファエルは引っ掛かりを覚えつつも、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干し、おかわりを貰おうと席を立とうとした時だった。

ピーピーピー、ピーピーピー

艦橋に喧しい高音が鳴り響き、ラファエルのデスクのボタンが赤く点滅する。ラファエルは素早くボタンを押した。ディスプレイに映し出されたのは気弱で頼りなさそうな顔、眉が八の字を描いている。

「あ、艦長・・・突然すみません・・・。お初にお目にかかります。私、ミハイル・カークマンと申します。」

アキレアとリリィの傍にいたミハイルとかいうエンジニアの男性だった。ラファエルはゆっくりと椅子に座る。ラファエルはキョロキョロと周囲を確認し、何か言いづらそうにしつつも口を開いた。

「国家元首直属の技術アドバイザーとエンジニアで、総合技術部所属・・・ってそんなこと言っている場合じゃなかった。艦長、非常にまずい事態になりまして・・・実はもう査察部隊がこの施設に侵入しています。はい。」

‐・・・は?‐

急な報告にラファエルは口をポカンと開け、急いで時計を見る。SPからの通信が入ってから一時間。そろそろ出発しなければならないが、査察部隊到着予定時刻よりまだ早い。

「施設通用口の監視カメラをハッキ・・・いや、カメラの映像と接続している端末を拝見致しまして・・・丁度警備担当が見えない何者かに昏倒させられているところでした。どうも覚られない距離で私達が乗っていたヘリを追っていて、施設の場所が分かったら光学迷彩を使って近づいてきたようです。」

ディスプレイ画面を分割するように通用口の監視カメラの映像が映し出された。通用口付近には警備担当が二人。二人は何かを察知したかのように辺りを見渡し始めた。二人の傍の空間が少し歪む。瞬間、警備担当の二人は膝から崩れ落ちた。恐らく当身を食らわされたのだろう。しかし、音や砂埃を立てずにあそこまで近づくとは。査察部隊は相当な手練れのようだ。映像が途切れ、落ち着きなくキョロキョロと周りを見るミハイル。

「も、もし格納庫への直通エレベーターを押さえられていたら・・・い、今直ぐにでも出発しないとここが制圧されて捕まってしまいます。わ、私がもっと早く気づいていたら・・・どうしよう・・・。」

ミハイルは頭を抱え、ワナワナと震え始めた。だから定期連絡がなかったのか。ラファエルは眉間に皺を寄せながら口に手を当てて考え込む。確かに直通エレベーターを押さえられたら格納庫の制圧は時間の問題だ。部隊の規模や光学迷彩以外の装備は分からないが、あのSPが警戒していた位だから厄介なのだろう。では、迎え撃つか?保安部に所属している人員は殆どが特殊部隊の人間だ。装備もそれなりに充実しており、さらに[パペット]という切り札もある。常時起動しているNo.1対策はしているはずだが、一機だけでも精一杯のはず。恐らく他の[パペット]を起動させる前にこちらの無力化を図ろうとしてくるだろう。何とかして時間を稼げれば・・・。ラファエルは艦内通信用のボタンに手を伸ばす。

「おいおい、格納庫でドンパチなんてやって負傷者が出たらどうする!」

陽気な声に反応し、ラファエルはディスプレイを見た。「カッカッカッ!」と、おやっさんがスパナ片手に笑っていた。後ろには格納庫の管制室が映し出されている。

「ま、実弾なんて使わないだろうがな。また通信に割り込んできてすまないな。なんか物騒な事考えてそうだったから横やりを入れさせてもらった。」

「おやっさん。なんで管制室なんかに・・・!」

ラファエルは前のめりになってディスプレイを見る。

「ああ、〝心配性の誰かさん〟の為に艦の再チェックを行っていたんだが・・・やっぱり侵入されていたか。流石に嬢ちゃんたちの[パペット]全機奪取は予想外だったんだろうが、先に先にと手を打っておく姿勢・・・ったく、昔から容赦が無いな、あの坊主は。」

おやっさんは笑いながらレンチで肩を叩く。

「ま、んなことだろうと思って直通エレベーターは停止させておいた。これで査察部隊は回り道をしてここまで来なければならなくなった訳だ。お、人員の報告書だったな少佐。保安部のも預かっているから今送信する。」

不器用ながらも端末を操作するおやっさん。「よし」の声と共に送信ボタンを押し、同時にデスクの液晶端末の着信音が鳴った。ラファエルは液晶端末を手に取り、報告書を確認する。報告書にはおやっさんを含め数人のエンジニアと保安部員の名前が記載されていなかった。

「おい、おやっさん。アンタ何を・・・」

「回り道って言っても、五分程度で査察部隊は此処まで到達するだろう。その間に地上に出るのはちと厳しい。発進シークエンスは自動で行えるが、管制室からでも止められるからな。だから、誰かがここに残って足止めをしなければならん。保安部長にも話は通してある。」

ラファエルの言葉を真剣な顔つきでおやっさんが遮る。

「・・・まぁ、単に艦の再チェックと侵入に対してのトラップを仕掛けていたら乗り込む時間がなくなっただけの話だがな。ちょっとした有り物で作ったお手製トラップだが、倍の十分位まで引き延ばせるだろう。後、総合技術部長にはそこのミハイルとかいう小僧に任せた。

真剣な顔を崩し、笑顔を見せるおやっさん。「えぇ・・・」とミハイルは弱気な声を上げた。

「カッカッカッ!なぁに自信のない声を出してやがる。お前は腕こそまだまだだが知識は相当なもんだ。俺が居なくてもうまくやって行けるだろうよ。ほら、胸を張れって。」

ミハイルに檄を飛ばした後、おやっさんはラファエルを見た。

「・・・だから少佐、この艦はもう大丈夫だ。何も起きず、必ず飛び立てる。必ず帰ってこれる。何も心配しなくていい。」

子供をなだめる様におやっさんは静かに言った。後ろの方で微かな爆発音が聞こえる。

「では少佐、ちょっと自分勝手になってしまったが、後は宜しく頼む。」

ラファエルに向かっておやっさんは敬礼をした。ラファエルは目を瞑りながら奥歯を嚙み締める。

「・・・・分かった。そちらもお気をつけて。」

ラファエルもおやっさんに向かって敬礼をする。安堵の笑みを浮かべたおやっさんはそのままの表情でディスプレイから姿を消した。ミハイルもオドオドしつつも小さく敬礼をし、通信を切った。ラファエルは静かに息を吐き、艦内通信のボタンを押す。

「こちら艦橋、艦長のラファエル・ホープキンスだ。本艦は只今より発進シークエンスに入る。各員は定められた席にて身体を固定して待機すること。繰り返す、只今より発進シークエンスに入る。」

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「良かったんですか?マイスター。一緒に行かなくても。時間稼ぎ程度なら私達だけでも出来ますが?」

せり上がっていく格納庫の床を見つつ、エンジニアの一人がおやっさんに聞く。おやっさんは笑いながらエンジニアの方を向いた。

「だからその〝マイスター〟ってのをやめてくれないか?背中がむず痒くてたまらん。まぁ、そうだな・・・」

おやっさんは遠い目をしながら格納庫から少しずつ離れていく[ストレリチア]に視線を移した。

「確かに、アイツが作ろうとした艦で宇宙に出て見たいって気持ちも少なからずあるが・・・それ以上に、アイツが作るのを断念した艦を、この手で作り上げたってだけで満足しちまったんだな。ようやくあの〝天才〟を、ちょっとだけでも超えられたって。」

自分の手のひらを握ったり開いたりしながら、おやっさんは笑みを零す。

「お前たちこそいいのか?俺なんかに付き合ったりして。」

笑みを浮かべながらも申し訳なさそうな表情でエンジニア達の方を振り返る。

「俺達は別に宇宙とかには興味はなくて、目の前の未完成だったあの艦にエンジニア魂が燃え上がっただけというかなんというか・・・それに、技州国最高の技術者と共にこんな大きな仕事が出来て満足です。」

エンジニアの一人が少し恥ずかしそうに頬を掻く。おやっさんも最高の技術者と言われ恥ずかしかったのか、頭をポリポリと掻く。そしてエンジニア達の隣に立っている保安部員達を見た。手には無骨なデザインのポンプアクションショットガン・・・実弾ではなく代わりにゴム弾が装填されている。が、それでも人の命を奪う道具。少し恐怖を覚える。腰にはグレネードポーチがぶら下がっており、中には閃光手榴弾が入っている。

「あんたらも、その・・・良かったのか?」

恐る恐る保安部員達に聞いてみる。

「ええ、私達は大丈夫です。艦の治安は今乗っている人員で十分ですし、私達も元々宇宙には興味ありませんでしたから。」

残った保安部員の中で階級が一番上であろう人物が朗らかに答えた。

「そして、あまり表にでない特殊部隊出の私達ですが、何も力が持たない国民を守るという技州国軍人の義務は変わりありません。幾ら軍属であるあなた方でも、エンジニアという職業柄、戦闘能力が皆無という点では一般国民と同じです。あなたたちの身はしっかりと守ります。」

「言ってくれるねぇ」とおやっさんはニヤニヤしながら保安部員を見た。「ま、保安部長の受け売りですけどね」と苦笑しながら保安部員はショットガンを構え直す。

ボンッ!

二人の会話を遮るように爆発音が響く。さっきよりも近い。爆発音からしてあり合わせの素材で作ったスモークトラップに引っ掛かったようだが、効果はいまひとつのようだ。しかし、仕掛けられたのが非殺傷のトラップだけとは言え、無視は出来ないだろう。おやっさんは管制室の一角に積まれているジャンクの山を見据えた。

「奴さん達が近くなっているな・・・俺達はあそこのガラクタの山で何か足止めできそうなものを作っているから、目前まで近づいてきたら保安部、その時は宜しく頼むな。」

おやっさんはパンッと両手を合わせてエンジニア達と向かい合う。

「よし、それじゃぁ・・・始めるとするか!」―――――――――――――――――――――――――――――――――

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