勇者パーティでは『役立たず』だった『呪術師』が『200年後の世界』で『英雄』と呼ばれていた話。

白鳥鶉

プロローグ―1 第1話 『勇者パーティと役立たずのエミール』

 朽ちた城の玉座の間に、一つの石像があった。

 城の天井はボロボロで、隙間から月光が差し込んでいる。その中心に、その石像は佇んでいた。


 その石像は非常に精巧な造りで、それを初めて見た者はそのリアリティに息を呑み、見惚れてしまうだろう。

 石像は悲痛な表情を浮かべ、手を何かを掴むように伸ばしている。


 石像がこの玉座の間に置かれたのは、10年前のことに遡る。

 玉座が、城が、まだ朽ちていなかった頃。そして石像が――――石像でなかった頃。


 物語は、そこから始動していた。









「――ヴィルヴァルト! そっちいったぞ!!」


「おォ! 任せろ!」



 二人の男がそれぞれ剣を手に、巨大なゴーレムと対峙している。

 そのゴーレムは10mほどの身長を活かし、二人に対して腕を振るった。


 ゴーレムの拳が地面を抉る。その一撃はまともに受ければ体がバラバラになっているだろう。

 ゴーレムは城門を守る砦最大の防衛システムだ。彼らはこの土人形を倒さなければ、先に進むことはできない。



「ロスヴィータ! まだか!?」


「今やってるわ! 黙って時間稼いで!!」



 男の内、煌めく赤髪の男は自分の後ろに控えている真っ黒な魔女帽を被った女性――ロスヴィータへ声を掛ける。

 ロスヴィータもその男に叫んで返す。手には魔導書と大きな杖。口元で何かを唱えている。


 ゴーレムもただ待っているだけではない。その巨大な足を使って、ロスヴィータを踏み潰そうと大股を開く。



「ヴィルヴァルト!!」


「わーってらぁ!!」



 掛け声を受けた赤髪でない方の男……右頬に十字傷を負った、短髪黒髪で上背のある、ヴィルヴァルトが魔女帽とゴーレムの間に立ち塞がる。

 ゴーレムの足は一息に振り下ろされる。本来であれば、容赦もなく肉片となって飛び散る以外に、ヴィルヴァルトにはなすすべもないはずだ。


 ――――しかし。



「おおおお!!」


 どごごごぉん。と、その場に土埃と風が起きる。

 男は身体中に血管を浮かせながら、ゴーレムのストンピングをその体で受け止めた。



「――相変わらず、化物じみてるわ」


「感想言う暇あったら早く!!」



 しみじみとそう呟いたロスヴィータに、ヴィルヴァルトは叫んで返す。



「ええ、わかってるわよ! もう、準備完了よ!!」



 ロスヴィータは杖を掲げ、その先にゴーレムを定める。



「【レヴァーテイン】!!」



 その叫びに呼応するように、杖先から火の玉が生まれた。

 火の玉は初め、こぶし大ほどの大きさでしかなかったが、瞬きの間に巨大化していく。


 そのサイズがゴーレムの半身を飲み込むサイズになると、その火球は地面を焼き焦がしながら敵に向かって爆速で進んだ。



「ゴ…………ゴガッ……」



 ゴーレムはその魔法によって半壊する。

 右半身がすっかり欠け、痙攣している。



「……さすがだぜ、全くよぉ」



 ヴィルヴァルトはしみじみと、その圧倒的な威力に舌を巻いた。


 ……しかし、それだけではその戦闘は終わらなかった。

 壊れかけのゴーレムは未だその動きを止めず、徐々に破損した箇所が再生を始めた。



「チッ! バケモンが……!」


「……くっ」



 ヴィルヴァルトはファイティングポーズを構える。だが、先程攻撃を防御した時、受け流しきれなかったダメージが蓄積していたため、膝が笑う。

 ロスヴィータも同様に、先程の一撃に加え、連戦疲れと魔力切れの合わせ技で、もうまともに立てない。


 その時、頭上から燃える赤髪が天から流星の如く降下した。



「ぁあああ!!」



 赤髪は手にした直剣をボロボロになったゴーレムの身体に突き刺す。


 深々と土人形に刺さった直剣がある程度の深度まで達すると、ゴーレムの身体が眩く発光する。

 するとそれまで明確な一つの個体だったそのゴーレムは力を無くし、元からそうであったかのようにただの土塊に変わり果てた。


 戦闘は、彼らの勝利だった。









「はぁ、はぁ……っしゃ!」



 赤髪の男はガッツポーズを掲げ、勝利を示す。

 それを受け、ヴィルヴァルトとロスヴィータは肩から力を抜き、その場にへたり込んだ。



「……どうして、わたしの魔法じゃ機能停止まで追い込めなかったのかしら」



 そう呟くロスヴィータに、赤髪の男は土塊の中に手を突っ込んで、その中からひび割れた宝石のようなものを取り出して見せた。



「ゴーレム……魔導人形と呼ばれるこの兵器は、この魔石を砕かないとどうにもならない。まあ、お前が削岩してくれたから俺の剣が届いたんだ。ありがとう」


「……ふん」



 素直に感謝を述べる赤髪の男に、ロスヴィータは鼻を鳴らして顔をそむけた。



「――皆さん! 治癒術を掛けます! 一か所に集まってください!」



 3人に向けて、一人の少女――幼女といっても差し支えない背丈の女性が駆け寄る。

 その少女の耳は尖っており、少女が持つ特異性を引き立てていた。



「おう、頼むぜ。ナディア」



 ヴィルヴァルトがそう言うと少女――ナディアが3人に向けて手を合わせ、目を閉じる。

 そして口の中でもごもごと詠唱を唱えると、最後に一言、魔法の名前を告げる。



「【エイル】」



 すると3人の身体から疲れや傷が一切消えていく。

 さらにはロスヴィータの欠けた魔力さえいくらか補填され、3人はゴーレムと戦う直前よりコンディションが回復していた。



「さっすが、エルフってのはすげぇや」


「あ、はは……どうも」



 ヴィルヴァルトの言葉に、ナディアは少しばかり苦笑いを浮かべた。



「ナディア、エミールはどうした?」



 赤髪の男はナディアに、淡々と問い掛ける。

 ナディアははっとすると、赤髪の男の問いに答え、3人を連れて戦闘を歩き出した。







「はぁ、はぁ……く、くそ」



 白髪の青年が、身体中を毛皮で覆われた複数の豚人間――オークに囲まれている。



「ォオオオ!!」



 青年に向けてオークは唸り声を上げる。

 びくりと体を震わせながら、青年は自らの持つ小さな杖を掲げ、詠唱を唱えた。



「す、【スヴェル】! 【ヒルドル】!!」



 青年が唱え終わるとほぼ同時に、オークはその手に持っていた槍を青年に向けて突き刺そうとする。



「わぁあ!!」



 青年は情けない声を上げながら、その刺突を素手で受け止める。

 いかにも非力そうな青年だが、オークの攻撃は全く効いていなかった。



「ぐ、ぐ……」



 しかし、攻撃に転ずることができない。

 青年はじりじりと攻撃を受け止めながら、ただ耐えることしかできない。


 次第に槍を持っていた手が疲れ始める。

 ――まずいまずい、どうしよう。

 青年が内心の焦りを強めていると……。




「――――何してんだ、エミール」



 青年の背後から、赤髪の男の声が響いた。



「ア……アヒム」



 白髪の青年――エミールは、赤髪の男、アヒムをみて、バツが悪いような表情を浮かべた。



「はっはっはァ!」



 そうこうしていると、アヒムの横にいたヴィルヴァルトがいつの間にやら剣を抜き、エミールの近くにいたオークたちの首を薙ぎ落していった。



「余裕!」



 仲間に向けてVサインを送るヴィルヴァルト。しかしその背後に、死角となって隠れていたオークが――



「危ないです!」



 いたが、ナディアの放った一本の矢がその脳天を穿ち、その場から敵は一切いなくなっていた。



「あ……ありがとうございます。助かりました」


「おぅ、いいってことだ。仲間じゃねぇか」


「……ヴィル、あんた下手したら共倒れだったわよ……しっかりしなさいよ」



 礼を言うエミールに快活に笑うヴィルヴァルト。

 それをやれやれと見るロスヴィータに、ほっと胸を撫でおろすナディア。


 しかしその場に、まだ険しい表情を浮かべたままの男がいた。



「答えろよ、エミール。何してんだ?」



 場のなごみかけた空気が凍る。

 厳しい表情を浮かべるアヒムは、一切揺るぐつもりはなさそうだ。



「おいおい、アヒム。いいじゃねぇか。結局全員無事で――」


「口を出すなヴィルヴァルト。勇者は俺で、このパーティのリーダーも俺だ。裁量権は俺にある」



 エミールとの間に割って入ったヴィルヴァルトに一瞥もくれないまま、アヒムは厳しい視線を真っ直ぐに向けていた。



「……僕は、君達の戦いに手を貸す必要が無いと思ったから……せめて、雑魚散らしをしておこうと思って」


「……それで自分がピンチに陥ってましたってか。世話ないな」



 アヒムの言葉に、エミールは顔を伏せ、ヴィルヴァルトは顔を顰める。



「アヒム……これから魔王討伐だってのに、パーティの空気悪くすんなって」


「わかってないな、ヴィルヴァルト。だからだろうが」



 首を振って、アヒムは自分やパーティメンバーにそれぞれ指を指していく。



「これから魔王攻めだ。勇者である俺に肉体派で前衛張れるお前。後衛で高火力担当のロスヴィータに、治癒術と弓術サポーターのナディア……エミールの役割は、何だ?」



 アヒムに問われたヴィルヴァルトは、不承不承答える。



「……バフ・デバフに状態異常」


「俺達が一度でも、こいつの役割を頼ったことがあったか? 一度でも、エミールがいなけりゃ全滅してた危機があったか?」



 アヒムの疑問に答えることができず、ヴィルヴァルトは無言のまま俯いてしまう。

 それをみて、ほら見たことかと言わんばかりにアヒムは言葉を続ける。



「今から行くところは死地だ。最後の戦いだ。そんなところに、必要ない人間を連れて行くのは……俺は今でも反対だ」


「でもよ、アヒム。エミールの才能は本物だぜ? 普通の人間なら一個が限界の魔術適性を複数持っているんだ」


「だから! そんなの必要ないって言っているんだ!! 俺達はこいつの能力が無くても勝てるんだよ!!」



 食い下がるヴィルヴァルトに、アヒムはついに声を荒らげる。

 魔王城手前の荒れた土地に、その声は空虚に響いた。



「ヴィル、そいつが今まで役に立ったことがないのは事実じゃない」



 ロスヴィータは呆れたように、ヴィルヴァルトに言った。

 アヒムの言った通り、エミールは役立たずだ。その思いを共感しているロスヴィータは何の感慨もなく、そう言ってのける。



「あ、あの……」



 ピリつくその場の空気に、割って入ったのは話の中心であるエミールだった。



「僕は、戦いたい……よ。もし僕が死んでも……一生どうにもならない怪我を負っても、誰のせいにするつもりもない。邪魔をすることも、足手まといにもならないと約束する。だから……」



 訥々と、なんとか思いを言語化するエミールに、他のパーティメンバーは何も言えなくなる。



「……チッ」



 アヒムの舌打ちが、厚い雲がかかった昏い空に響いた。

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