身代わりの毒姫はいっぱしの悪女になりたい ~顔がそっくりという理由で死ねと仰られても毒は効きませんので。悪女の道を邁進していたら本人そっちのけの溺愛ルートに入ってました~

北城らんまる

episode01.釣られました


「お願いがあるのです。ぜひ貴女には、死んでいただきたいのです」

「はい────?」


 うまい話には裏があると、周りの大人たちは口酸っぱくして言う。

 それはそう、今しがた「死ね」と頼まれたアマシアも、よく耳にする言葉だった。

 アマシアは孤児である。

 物心つく頃には両親がいなかった。町をフラフラさ迷っていたときに、孤児院を運営するシスターに拾われた。

 孤児は何かと悪い大人に狙われやすい。外に出るときは三人以上の集団で行動するのに、今日に限って単独行動。割のいい仕事があると声を掛けられた時は怪訝に眉をひそめたが、相手がシスターと同じくらいの妙齢の女性だったので、話を聞くだけならと結局ついて行ってしまった。


(この方は……一見、いかにも自分の娘に威張り散らして言うことをきかせる悪いおば様に見えるけれど…………本当はどうか分からない)


 ひとを見た目で判断しない、というのがアマシアが大切にしているシスターの教え。

 

「悪い話ではありませんよ。それに、さきほどは死んでくださいと言いましたが、自殺しろというわけではありません。詳しい話は契約書のサインをいただいてからですが、報奨金は弾みます。こんな貧民街のガキ……いえお子様なら、家族と分け合っても一生楽しく暮らしていけますよ。このファルベッドが保障いたします」


(え、大金…………っ!?)


 ニヤニヤと笑う怪しい女性、もといファルベッド。

 大金と聞いて目を輝かせるアマシア。

 世間にはお金にがめついと下品という話があるが、アマシアはそう思わない。大金があれば、毎日多忙なシスターに少しでも楽をさせてあげられる。孤児院の子供たちに美味しいご飯を食べさせてあげられる。


「ちなみにどんな内容ですか?」

「貴女は王都にいらっしゃる伯爵令嬢……セレニア・ル・ロレンティーネお嬢様として、1ヶ月ほど過ごしていただきます」

「身代わり、ですか?」

「はい」


 (身代わり。……身代わりかぁ。でも貴族のお嬢様になれるなんて……大金を貰えるのにそんな良いこと尽くしでいいのかなぁ)


 先ほどの「死んでください」なんて言葉はお引っ越しされた。やっぱり人は見た目じゃないのね、とニコニコ笑顔。差し出されるままに羽ペンを取り、契約書にサインを書く。

 対して、ニヤニヤ笑うファルベッド。


「おほほ。なんとまぁバカな……いや可愛らしい娘さんですこと。では案内いたしますので、こちらへ」

「え? あの、詳細な説明は? 契約書にサインしてから言うって……あとシスターに一か月留守にするって伝えないと……」

「移動しながら詳細な内容を説明いたします。シスター……? 親のことですか?」

「はい。わたしは孤児なので、孤児院を運営しているシスター……イザミナっていう女性に報告しないと。きっと心配すると思うので」

「イザミナ……」

「どうしたんですか?」

「昔、そんな名前の悪女がいたことを思い出しただけです。……いえ、こちらの話です。ではそのイザミナという方に話をつけてきてください。後から騒がれても困りますので」

「分かりました!」


 そう言って、アマシアは大急ぎで孤児院に向かった。

 



 ◇




「割の良い仕事があったから一か月の住み込みで働きたい、ねぇ」

「はい! ちょっと危ない仕事らしいんですが、その分ほら! こんなに報奨金が高いんですよ!!」

「分かった! 分かったから紙を顔に近づけるんじゃない!! 喫煙管タバコの火で燃えたらどうすんだい、おまえさんの可愛い顔が火傷しちまったら一生の悔いになるよ」


 ふぅ、と。喫煙管タバコから口をはなしてそう言うのは、御年六十を迎える妙齢の女性。白髪交じりの長い髪を後ろに束ね、理知的で隙を感じさせない瞳に能天気なアマシアの顔が映り込む。

 彼女こそアマシアのシスターであり、イザミナと呼ばれる女性。

 二十人を超える孤児たちの束ね、食事や健康管理を一人で引き受けている。優しくも厳しく、両親のいないアマシアにとっては母親同然の存在だった。


「行ってもいいですか!?」

「んー。そうだねぇ、おまえさんはここでは数少ない年長者だから、ちっちゃいガキ共を見られる奴がいなくなると大変なんだよ…………」

「でもこの大金があればシスターが行きたがっていた最高級の整体院エステに行けますよ!? 十や二十も若く見えてイケメン騎士や男前農夫が声をかけてくれますよ!?」

「よし行ってきな」

「やったぁぁああああ!! 愛してますシスタぁああああっ!!」


 いつものようにシスターの頬に口づけ。

 行ってきますの口づけは、シスターが必ず守らせるルールだ。喧嘩してても絶対で、忘れたらお玉を持って追いかけられる。


「ちょっと待ちな」


 早速支度を始めるアマシアに、シスターは声をかけた。

 

「なんですか?」

「行くのはいいが、相手はアタシが把握してない貴族の使用人だ。伯爵令嬢の身代わりなんて、物騒すぎる。おまえさんは死にゃしないだろうが、頭がお花畑すぎて心配だ。これを持っていきな」

「綺麗……。もしかして魔法具ですか?」


 女神の像を象った金の首飾り。

 繊細な形づくりから匠の技術が見てとれる。

 魔法具というのは魔法という神秘の力を物体に込め、誰でも使えるようにした一品。残念ながらアマシアは魔法が扱えないが、シスターは昔相当優秀な魔法使いだったみたいで、魔法具の作成にも長けていた。離れの小屋で魔法具を作っている姿はとても綺麗で、それを飽きずに毎回見ていたのがアマシアである。


「どんな強力な力でもおまえさんを守ってくれる。発動条件はおまえさんが強く念じるだけでいい。──ただし、一回だけだよ」

「一回だけ……」

「自分の身に危険が及んだらそれを使って逃げるんだ。アタシは、可愛い子どもが傷つけられるなんて様、もう二度と御免だからね」

「はい!!」


 シスターは本当にいい人。言葉遣いから分かるが彼女は気が強い。昔は王都に住んでいて、持ち前の美貌と魔法の才能を武器に、あらゆる社交界の場で活躍していたという。

 ただ今より十倍も性格が苛烈で、気に入らない相手──特に女性には容赦なかったらしく、周りからは『悪女』だと言われていたそう。

 確かに、アマシアが昔人狩りに攫われて売り飛ばされそうになったとき、助けてくれたシスターは「悪役」よりも「悪役」っぽい形相で人狩りに迫っていたから、きっと本当なんだろうとアマシアは思っている。


 でもアマシアは、そんな『悪女』なシスターが大好きだった。



 

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