冒険者ギルド職員の選択

「あら、いらっしゃい直也。久し振じゃない。良く来てくれたわね」


  完全武装のギルマスジョニーは、直也から視線を外すことなく獲物を狙う鷹のような目つきで、ゆっくりとゆっくりと近づいて来る。静かになったギルドの事務所にはコンコンとジョニーが靴の踵を叩きながら歩く音が響く。


 「戦闘訓練、直也勝手に帰っちゃうんですもの。とても悲しかったわ」


  ジョニーはいつの間にか腰に装備しているコンバットナイフを鞘から抜いて、手で弄ぶようにクルクルとまわし始めている。


  その姿を見た周りにいるギルド職員は緊張に包まれた。若い職員達は額から 溢れ出る汗を拭くことも出来ないままに、直立不動で動けないでいる。


「ギルマスがナイフを抜いたぞ」

「やばいぞ、ブラッド・スプラッシャー、切り裂きジョニー。あいつは切れると本当にヤバいぞ」

「顔を伏せろ、目を合わせるな、絶対に動くな」


 年配の職員が警告をする声が聞こえて、ギルド内がまた一段上の緊張感に包まれる。


 

「ねえ直也。それで、貴方は、一体、今日、何をしに、ワザワザ、来たのかしら」


  漸く《ようやく》直也の目の前まで歩いてきたジョニーは、血走った目でじっと直也の様子を窺いながら話かけてきた。


 「はい、今日は冒険者の登録をお願いしに来ました」


  精神的に少し弱ってしまってうつ向きながら話す直也は、ジョニーの異常な完全武装の姿や口元だけが笑い、目がキレている怖い表情には、気が付くことはなかった。


 「へえ、そうなんだ。貴方が冒険者にね」


 「はい、僕はヒモではないので働かないといけないんです」


 「そう、何を言っているのかは良く分からないけど、何か事情があるようね」


  直也の顔を見て何かを考えるジョニー。


 「まあ、いいわ。登録しましょう」


 「本当ですか、ジョニーさん。ありがとうございます」


 「でもね、私にも譲れない事情ってのがあってね、一度貴方の力をテストしなければならないのよ」


 「テストですか?大丈夫です。僕、頑張ります」


 「そう、いい返事ね。では、早速テストをしましょう。普通は指導教官がするのだけれども、今日は少し体調が悪いみたいなの、だから私が相手をするわ。じゃあ、あっちにある訓練場に行きましょうか」


 「はい、宜しくお願いします」


  ジョニーは頭を深く下げて礼をする直也の肩をつかんで体を起こさせると、ぐっと力を込めてナイフを持った手で肩を組んだ。ナイフが際どく直也の首に当たる。


 そう、まるで決して逃がさないわよ、と言わんばかりに。


 

「ジョニーさん、ナイフ危なくないですか?力、強くないですか?」


 「動かなければ大丈夫よ。ごめんなさいねぇ。私ったら久しぶりだからつい興奮してしまって、力の加減ができそうにないみたいなの」


 「はあ」


 「細かいことは気にしないでね、早く逝きましょうね」


  直也はジョニーに誘われるままに、何も疑問を抱くことなく場所へ向かって歩き始めた。


 


「地下の秘密の部屋に連れていかれたぞ。あいつ、ヤられるんじゃないか?」


  ベテランの年配職員がぽつっと漏らした。 

 実は二人が歩いて行ったのは、ギルドの地下にあるジョニーの秘密の部屋。素行が悪い冒険者の更生や犯罪を犯した冒険者のお仕置きを行うジョニーの秘密の空間。

 その部屋に連れ込まれた者は、何があったのかを決して話すことはない。共通しているのは全員ジョニーに逆らうことのない乙女の様になってしまうこと。


  それは、冒険者ギルド関係者は、触れてはいけない公然の秘密となっていた。


 ギルドの職員は考えた。


 一体これからナニが起こってしまうのか?一体あの男はドウなってしまうのか?面倒くさいのは間違いないだろう。確かあの男はシラサキ代表やシルバー・フォックス団長を侍らせていたはず。

 

 でも完全に本気になったジョニーは誰も止めることはで出来ない。あの部屋に連れて行かれた男は可哀そうだとは思うが、もうこれは自分達ではどうしようもない。


 

(もう思い切って今日の事は無かったことにしよう。自分達は何も知らない)


  

 今日は何も無く良い日だったと。


  

 考えて、考えて出した結論。冒険者ギルドの職員は皆同じ事を考えて、それぞれの仕事に戻っていく。

 


 


 


 


 

「あっギルマス、ドラゴンの襲来の件はどうするつもりなのかしら?」


  ジョニーもギルドの職員も火竜レーヴァテインの接近の報を受けて、ガーディアンズの対策会議に呼ばれていたことをすっかり忘れてしまっていた。


 


 


 


 


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