座頭vs産女っぽい化物(巻第三「いかなる化生の物も名作の物にはおそるる事」)

 都に住むある座頭が、田舎へ下るため、小さな山里を通りぬけたところで、道に行き暮れたので、身の回りの世話のために同道させていた一人の弟子と共に、とある辻堂に泊まることにした。


 夜半ごろ、女の声で、

「これはこれは、いづこからのお客人で、こちらへいらっしゃったのでしょうか。妾の庵は窮屈なところではございますが、この辻堂でお過ごしになるよりは居心地がよろしいかと存じます。ぜひ妾の庵で一夜を明かしてくださいませ」

と云われた。

「御志ありがたく存じますが、旅の習いでございますから、この辻堂でも苦しいことはございません。その上、夜になってまだ間もありませんので、これから他所へ参ることもできません」

 座頭は丁重に断った。

「そうですか。それではこの子を少しの間、預かっていただけますか」

 女は赤子を僧に差し出してきた。

「いやいや、盲目の身ですので、お子様を預かることはできません」

 座頭が断ると、

「それは情けのないことです。少しの間ですから、ひらにお頼み申し上げます」

と云って、なおも赤子を差し出してくるので、弟子が受け取ってしまった。

 座頭は以ての外であると怒ったのだが、弟子は、

「少しの間ということですから、まさか何も起こりますまい」

と云って、預かった赤子を懐に入れて抱いた。

 サテ、女の方はどこへやら帰ってしまったようだった。


 兎角するうち、弟子が、

「赤子が少し大きくなっております。どういうことでしょう?」

と云いだすので、

「それ見たことか。無益なことをしたからですよ」

と座頭が云い終わらないうちに、赤子は十二、三、四、五歳と、どんどん大きくなっていく。

 大きくなった子供は、弟子を頭から喰い始めた。

「あら悲しや、どうすればいいのでしょうか」

 弟子は泣き悲しみながら、あっという間に喰い殺されてしまった。


 そこに女が戻って来て、

「これ、どうして師匠の方を喰わなかったのですか!」

と云うと、子供の方は、

「だって、どうやっても近づけないんだもん」

と答えた。

 その間に座頭は、彼の家に伝わる三條小鍛冶宗近の脇差を琵琶箱から取り出して、

「何者であろうとも、ただ一閃にて成敗してくれる」

と云って、四方八方を矢鱈に斬り払えば、女と子供の化物は近づくことができない。

 しばらくして、二人はどこかへ消えてしまった。

「さても恐ろしいことがあるものだな」

 座頭はそう思い、なおも脇差を手離さずにいたが、はや夜も明けてきたので、早々に出立して、道を先へ進むことにした。


 道中、ある女に声をかけられた。

「座頭様は、昨晩どこに泊まられたのですか?」

「あちらの辻堂に泊まりました」

 座頭は答えた。

「なんとまあ。あそこには化物がいて、人が容易に泊まれる場所ではないというのに、不思議にもお命がご無事だったのですね。サア、こちらにいらっしゃってください」

 女は座頭を我が家へ連れて行こうとする。そして、

「サテ、その脇差とやらを少し見せていただけないでしょうか?」

と云ってきた。

 座頭は思案して、

「この脇差は滅多に人には見せないものなのです」

 そう云って、鎺元を抜き寛げた。すると、

「見せないのなら、ただ喰い殺すのみ!」

 周囲から数多の声が上がる。

「さては化物憑いたり!」

 座頭は脇差を抜き、四方を斬り払えば、現れたる数多の化物どもも容易に近づけない。

 しばし座頭は化物どもと闘っていたが、やがて本当の夜明けがやって来た。

 座頭が辺りを探ると、元の辻堂に、己がただ一人いるだけであった。


 これはその後、座頭が辛くも命拾いをしたと語った話である。

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