池のヌシの大蛇vs武士(巻第一「舟越大蛇をたいらぐる事」)

 いつの頃のことかはわからないが、淡路国に舟越という、弓矢取りで名を上げた者がいた。

 その知行地に大蛇が棲むと云われる、広さは二町四方ほどの池があった。

 誠に荒涼とした水面を湛え、この大蛇のために、毎年人身御供を行うこと、年久しく、怠れば必ず洪水となり、多くの田畑が損なわれた。

 そういうわけで、毎年、在所の女を一人ずつ、池の中に設えた床に供えておくと、大蛇が来て、これを獲っていった。


 舟越はつくづく思うに、

「このようなことを続けていては、いずれ己の知行地の女は絶えてしまうだろう。たとえ女が絶えるほどではないとしても、私の支配の下でこのような陋習があることをどうして捨て置けようか。どうにかして甲斐を見せないことには思い通りにはなるまい」

と、重藤の弓に、山鳥の尾を付けて拵えた大雁股の矢を番えて、葦毛の馬に騎乗し、池へと向かったのだった。


 馬の太腹が浸るほど池に入り、舟越は大音声で宣った。

「そもそもこの己を差し置いて、この池の主として振舞うことは承知できぬ! その上、我が地下の女子たちを御供として獲り、供えざれば多くの田畑を損なう事、異なことである。本当にこの池の主であるならば、今すぐ出てきて己と勝負いたせ!」

 高らかに呼ばわると、水面俄かに騒ぎ、鳴動することややしばらくして、身の丈一丈ばかりの大蛇が現れ、角を振り立て、深紅の舌を出し、舟越を目掛けて飛びかかってきた。


 舟越は待ち構えていたことなので、矢を番えると、十四、五間もあらんかという距離、

「本筈、末筈、ひとつとなれ!」

と、引き絞った矢をひょうと放った。

 矢は過たず、大蛇の口中を突き通した。

 乙矢を射る間がないので、舟越は駒を急かして逃げる。大蛇は逃すまじと追っかけてくる。


 舟越は自邸に駆け込み、門を閉じると、追ってきた大蛇が門の上から乗り越えて入らんとするところを狙い、乙矢を放てば、手ごたえあり、はたと命中した。

「流石、大兵と呼ばれるだけのことはある。二射を受けて、どうして持ちこたえることができようか」

 大蛇は門の上まで及びながらも、忽ち死んでしまった。


 しかし、舟越もその場で気を失うと、その三日後に死去した。

 騎乗の葦毛馬も死んでしまったという。

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