7章

第64話 何が始まるんです? 待ち伏せ作戦だ

 セミ特有の甲高い鳴き声が響き渡る。

 8月初旬となって、いよいよ本格的な夏を迎えたこの頃。日差しが眩しくて暑い毎日が続いていた。


 俺は今……


「ねぇ、悠二君はこういうの初めて?」


「もしよかったら泳ぎの練習教えようか! 私、水泳部だからこういうの得意なんだ!」


「ちょっ、何抜け駆けしてんの! 私が先だから!」


 大戸学院の屋内プールで女子生徒達に囲まれていた。

 

 夏休み中はプールが解禁されていて、何人かの生徒がここに来ている。

 さらに事前申請という手続きが必要だが、生徒の身内ならプールに入る事も可能。現に生徒の兄弟らしき子供も散見さんけんしていた。


 そしてもう一回言うが、プール内で俺は女子生徒に囲まれている。

 舞さんにも光さんにも言える事だが、この世界にはショタコンしかいないのか!? いやむしろ俺がショタコンにさせてしまうのか!?


「えっとあの……僕泳げるので……ほらっ……」


 俺は女子たちの前で、プールの中を泳ぎ回った。


 やっているのは単純なバタ足で、たまに両腕をかいているといった感じ。

 それだけなのだが、これがまたかなりのスピードが出るのだ。

 

「すごい悠二君!! まるで魚みたい!!」


「もしかして水泳教室通ってた!?」


「いや……特に何も」


 女子たちのところに戻って来た途端、それはもうチヤホヤだ。


 俺は前世を含めて水泳教室に通っていない。

 では何故ここまで上手いのかというと、ソドム形態の遊泳能力を駆使しているから。普段の身体能力と同じく怪獣の力を使っている訳だ。


 普通「怪獣の力を使いました」なんて言える訳がない。

 言ったとしても冗談だと笑い飛ばされるだけだろうが。


「何もしなくてもそのレベル!? 絶対水泳選手になれるっしょ!」


「はぁ、こんな弟欲しかったなぁ……」


 怪獣に変身する弟なんですけどね。


 確かにこの間、大戸学院に来た時プールにおいでとか言われたし、舞さんから行ってみようと誘われた時は久々のプールかと楽しみにしていた。


 もちろん今でも楽しんでいると言えば楽しんでいるが、それ以上にスク水姿の女子に対して悶々中だ。


 皆、名門高校に通うお嬢様だけあって美人でスタイルもいい。

 そんなハイスペックな女の子にキャーキャー言われる……ライトノベルと言いたくなるくらいだ。……今更な話だが。


「いいなぁ、宝田さんの従弟。女子に囲まれてさ」


「しょうがないわ。男なのにかなり可愛いんだし……ほら、割と女子ってああいう子が好きじゃん?」


「ちくしょう! 俺も幼少の頃に若返ってハーレム作りてぇ!!」


 もちろん女子だけではなく男子もいるのだが、全員にもれなく嫉妬の視線を向けられていた。


「悠二君お待た……すごい集まってるね……」


 そこに舞さんがやって来た。


 着替えで遅れていたらしい彼女もまた、スク水を着こなしている。


 スク水のピッチリさが、彼女の良きスタイルを強調させている。

 色白の肌と黒のスク水というアクセントが互いを引き出し合って……かなり素晴らしい。


 ……と見惚れている場合ではない。

 俺は彼女が来たら、ある場所に行かなくてはならないのだ。


「すいません、僕はこの辺で……」


「そっかぁ、残念」


「でもお姉ちゃんの近くの方が安心するかもねぇ」


「はぁ……宝田さん羨ましい」


 俺は舞さんへと駆け寄った後、2人である場所へと向かった。


「大丈夫だった、悠二君?」


「何とか……そういや舞さんは女子達の間に入らないんだね」


「まぁ……私、大人数はあんまり苦手で……光ちゃんとか勇美ちゃんくらいの人数なら平気なんだけど」


 確かに舞さん、1人で本を読んでいるようなイメージだ。

 

「それよりも悠二君、やっぱりそのトランクス買ってよかったね。すごく似合う」


「ああうん、これなかなか着心地いいよ。悪くない」


「そっか。それにカイザーと同じ色だから尊い」


「うん、一旦怪獣から離れようか」


 たわいもない話をしているうちに、かなり長いプールへと到着した。


 さっきいたのが好きなように泳げる『自習向けプール』で、こちらは水泳部などが本格的に使用する『教育向けプール』らしい。

 

 自習向けが25メートルに対し、この教育向けはその倍の50メートルだ。


「見てて、悠二君」


 ゴーグルをかけた舞さんがプールに飛び込んだ。

 やっているのはクロールだが、そのフォルムは実に綺麗。ちゃんと真っすぐ進んでいるし、スピードもそれなりに速い。


「プハッ……どう? 実は小学生の頃、水泳教室通ってたんだけど」


「へぇ、すごいな舞さん!」


「ありがと。とりあえず一緒に泳ごう、水泳はいい運動になるよ」


「うん」


 俺も舞さんに続くようにプールに飛び込んだ。


 自由参加なのに来たのは運動目的からだ。

 舞さんは常にスタイルを維持すべく、こうして軽く運動したりプールで泳いだりしている。だからこそあの美しいスタイルが維持されている訳だ。

 

 俺もちょうど身体を動かしたいと考えていたので、時間のある限り彼女と泳いでいった。



 ********************************



「ハァ……結構泳いだぁー」


「だなー」


 帰路につきながらプールの感想を言い合う俺達。


 夏の日差しもあって、舞さんがそれなりの服装をしている。

 ズバリ彼女に似合った薄青のワンピース。履いているハイヒールも相まって良家のお嬢様といった雰囲気だ。


 人によってはどうでもいい事かもしれないが、舞さんほどの美人がハイヒールを履いているとそちらに集中してしまう。

 ひと昔は何で女性はハイヒールにこだわるかと思ったりもしたが、なるほどこれは推したくなる。


「さてと……そろそろ玲央ちゃんに……」


「…………」


「悠二君?」


「えっ? あっ、ごめん!! 玲央ちゃんね!!」


 生足に夢中で聞きそびれそうだった。

 バレなくてよかった……。


「そろそろあの話をしないとな! ほらっ、アパートが見えてきた!」


「う、うん……」


 彩木兄妹の住むアパートへと必死に駆け込む。

 真っ先に目的の部屋に行きインターホンを押すと、扉から晃さんが出てきた。


「おっ、君達か。玲央もいるから入りなよ」


「あっ、どうも。実はその玲央ちゃんに話がありまして」


「そうなんだ。おい玲央、悠二君達が話があるってさ!」


 俺が用件を話すと、晃さんが奥へと声をかけてくれた。


 そこから玲央ちゃんが現れるが……酷い。

 いや冗談抜きで酷く、髪はぼさぼさ、目には若干の隈、全然丈が合ってないTシャツと、女性としてどうなの的な格好をしていた。


「おお、ユウ君、舞さん。実は昨日からゲームやってて夜更かししちゃって……」


「だろうと思った……実は話があるんだけどいいか?」


「もろちん。中に入って」


 仮にも女の子が「もろ『ちん』」と口にするのはどうかと思う。


「お邪魔します」


 俺達は玲央ちゃんの部屋へと進む。

 中は相変わらずオタクグッズの山ばかりだ。量が増えているのは気のせいだろうか。


「さてと……お話しって何? ユウ君と舞さんの結婚報告?」


「何で結婚だよ!? まだ早いよ!!」


 テーブルに座った途端、玲央ちゃんにこんな事を言われてしまった。

 なお舞さんは顔を赤くしながら苦笑している。


「例の機械目玉の事なんだけど、アイツの言葉が本当ならまた俺達の前に現れるはずなんだ」


「アレか。そう言ってたね」


「だからむやみやたらと街中を歩いたら、アイツが現れて戦闘なんて事もあり得る。そうなったら周りに被害が出てしまうから、あえてある場所へとおびき寄せようって事になったんだ」


「ある場所? 何教えてよ」


 このもったいぶった言い方の影響か、玲央ちゃんが食い付いてくれた。

 俺はほくそ笑みながら用件を伝えた。


「無人島だよ。そこで奴を迎え撃つ」

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