第60話 悠二軍団VSアラクネ軍団 2

「ちょっ、玲央チャン!!」


「本屋のありがたみも知らねぇとはぁ!! テメェらの血は何色だああああ!!」


 光さんの制止もむなしく、玲央ちゃんが2体のアラクネへと突撃した。


 アラクネ達が口から糸を吐き、玲央ちゃんをぐるぐる巻きの雁字搦がんじがらめにしてしまう。

 しかしすぐに≪Swordソード≫で巻き付いてきた糸を切り裂く玲央ちゃん。


 アラクネの1体が爪を振るう。

 爪先から黄土色の液体が飛び散ったので、玲央ちゃんがそれをかわす。すると液体がかかった床が煙を上げて溶けてしまった。


 糸だけではなく強酸性の毒液も操るらしい。


「これはライトノベルの分!!!」


 玲央ちゃんが1体の懐に入り、ハルバードを突き上げた。

 ハルバードの光刃がアラクネの腕を斬り落とす。


 ――ギャアアアアア!!


「そして漫画と愛すべき美少女とエッチシーンとそれらを描き続けた作者さんの分!!!」


「詰め込みすぎだろ……」


 俺の突っ込みは玲央ちゃんの怒号にかき消され、さらに斬り刻まれたアラクネの悲鳴も重なってくる。


 結果、アラクネはスライスされて絶命するという、もうどっちが悪役なのかと言いたくなるくらいな死に方をした。


「ユウ君、光さん!! コイツ八つ裂きにするから先に行って!!」


「変身ヒロインが八つ裂きって言うなよ……」


「と、とにかく、先に行こう!!」


 動揺しつつも、光さんが糸をアルマライザーで斬りながら進む。

 俺も糸が絡まないよう注意しながら斬り続け、辺りを捜索する。


 中は地震にでもあったみたいに滅茶苦茶だ。

 床には本が散乱し、本棚は蜘蛛糸に包まれていたりと、玲央ちゃんが見たら発狂するのではという有様。


 人の痛々しい遺体が転がっているかもしれない……という考えがよぎってしまったが、どうもその様子はない。

 しかし前に進んでいた光さんが、何かを目撃したようにピタリと止まった。


「ゆ、悠二クン……」

 

「…………」


 俺達の前には、蜘蛛糸に巻き取られた人々の姿があった。

 全員気絶しているが、何とも無理な体勢で宙づりされている。蜘蛛の巣に捕らわれた獲物のような見た目だ。


「酷い……早く助けないと」


「ああ……」


「ここはわたしがするから、悠二クンは波留チャンって子を捜しに行って。もしかしたらあの子……」


「……分かってる」


 躊躇はせず、俺は光さんから離れた。


 波留ちゃん……君は今……。


 焦燥感が渦巻いてしまう。

 どうか無事であってほしい……俺はそう祈りながら先に進んだ。


「い、いや……」


「……!」


 倒れた本棚の山の向こう。そこに女の子の声がした。


 覗いてみると……間違いない、声の主はまさしく波留ちゃんだった。

 彼女は生きていた。思わず安堵をしてしまったが、しかし油断は出来ない。


 彼女もまた蜘蛛糸によって拘束されていた。

 さらに周りには数体のアラクネと、赤い目をした機械目玉が集まっている。


 あの目玉は……忘れようがない。

 以前光さんの家で目撃して以来、俺達が追っていた謎の化け物だ。


「……ヒッ!」

 

 機械目玉から赤い光が放射される。

 その光が波留ちゃんの上から下を舐め回すように当て、やがて消える。


『情報が足りない。今からこのサンプルの生体検査を行う』


 生体検査……人間を調べているのか?

 さらに目玉と相槌を打ったかのような仕草をしたアラクネが、波留ちゃんへと手を伸ばしていく。

 

 恐怖に怯える波留ちゃん。彼女の目元から雫が流れる。


 ――波留ちゃんを助けないと。

 俺が発作的に、その場所に向かうのは必然だった。


「波留ちゃんっ!!」


「……! 悠二さん……!!」


 俺の叫びに、波留ちゃんもアラクネ達も振り向いた。


 機械目玉は戦闘能力がないのか、応戦せずに上へと昇っていた。

 逆に波留ちゃんに張り付いた個体以外のアラクネ達が襲ってくる。


 俺はがむしゃらに右手にエネルギーを込めた。今度は≪サルファーブレス≫ではなく≪暴龍雷撃≫の方だ。

 右手から電撃で形成された3本爪が伸びる。それをさらにリーチを伸ばし、大きく振るった。


 先行してきた2体が電撃の爪によって、半身が泣き別れになる。

 後ろからやってきたもう1体には、頭を掴んで握力で捻り潰しておいた。


「あとは……」


 残るは波留ちゃんの近くにいた個体1体。


 俺の視線が奴を捉えると、次の瞬間その下半身が泡立つように膨れ上がった。  

 徐々に下半身は形を変え、最終的にオーソドックスな蜘蛛の形となる。


 要は人型の上半身と蜘蛛の下半身を組み合わせたような姿だ。

 奇しくも名前のアラクネと全く同じ。


 ――ギイイイイイ!!


 アラクネ進化態の8本足が振り回される。その都度吹っ飛ばされる周りの本棚。


 俺は迫り来る本棚を避けつつ、アラクネへと急速に接近。

 アラクネが爪から強酸性液を放つが、そんなのは《暴龍雷撃》を放って蒸発させる。そして奴の懐に潜り込んだ。


 所詮図体がでかくなっただけの雑魚。

 俺はアラクネの身体にしがみついた後、口を開けていた。


「ガア!!」


 ――!? ギャアアアアア!!


 爪を振るうでもなく、蹴りを入れるでもない。

 俺がアラクネに仕掛けたのは、首元への噛み付き攻撃だ。


「悠二クン、そっちは……って絵面エグッ!!」


 光さんがやって来たらしいが、俺の攻撃にドン引きだ。

 第三者からすれば男の子が怪人の首元に噛み付いているのだ。異様極まりないだろう。

 

 それでも俺がこういう事をしたのは、波留ちゃんを怖がらせた奴らへの怒りから。


 コイツらは許さない……徹底的にってやる!!


 ――ブチイイイイ!!


 激情のままに、アラクネの頸動脈を食い破る。

 噴水のように噴き出す血と共に、アラクネがうめき声を上げながら痙攣している。そこから段々弱くなってうなだれていった。


「……怪人が怪獣に敵うはずないだろ」


 口に付いた血を拭きながら、俺は文字通り見下したような目をする。

 怒りも段々と収まっていくのも感じた。すぐに俺は拘束された波留ちゃんへと向かった。


「大丈夫? 今外すから」


「……は、はい……」


 怯えた顔をする波留ちゃん。今まで酷い目に遭ったせいか、それとも自分のせいか。

 尋ねる事も出来ないまま、彼女に纏わりついた蜘蛛糸をほどく。何とか解放できた彼女の身体には怪我1つなかった。


 無事でよかった……。でも何故か、妙な虚無感が俺を襲う。

 原因があるとするなら、やはりさっきの攻撃だろう。咄嗟だったとはいえ、この姿でも噛み付き攻撃をしてしまった。


 怪人を噛み砕くなんて、やはり自分は化け物でしかない。

 

 真の姿が怪獣なのだから事実とはいえ、背中に重いものが乗っかっていく感触を味わう。

 こんな自分が、果たして波留ちゃんに向き合う事なんて……


「……!」


 ドサッと前面に重みが増す。


 さっき背中に感じた重みの方ではない。

 何と波留ちゃん自身が、俺の胸に飛び込んだのだ。


「……ありがとうございます……助けて下さって……」


 俺は波留ちゃんを見た。

 消え入るような声をした彼女の顔は、俺の胸に隠れている。


「波留ちゃん……」


「……大丈夫です……」


「えっ……」


「大丈夫ですよ……だから、こうさせて下さい……安心するんで……」


 さっきの攻撃とか波留ちゃんが見ていないはずがない。

 それを知ってもなお、こうして胸に飛び込んでくるなんて……。


 胸から熱いものを込み上げてくる。

 

 さすがに抱き締める事は出来なかったが、しばらくこうさせようと思った。

 波留ちゃんの気が済むまで。


『光、声をかけなくてよろしいのですか?』


「シッ、今は黙っておこ」

 

 背後から光さんとフェーミナの声が聞こえてくる。

 俺は申し訳なさを思いつつも、彼女達に感謝した。




「シマを荒らしたツケは重いからなぁ!! 1本!!」


 ――ギャアアアア!!?


「2本!! 3本!! 4本5本!! そして6,7,8本!! これでお前はダルマあああああ!!!」


 ――ギイイイイイイイイイイイ!!


 不意に叫びと悲鳴が聞こえてきたので、驚いた俺達が一斉に振り返った。

 そこには下半身を蜘蛛にしたアラクネ進化態と、8本足を順に斬り落とす玲央ちゃんの姿があった。


 ……だから怖すぎだろっ!!

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