第58話 波留ちゃんと別れた後に

「ちょっとごめん、離れるよ」


 俺は群衆から離れて本屋へと向かっていった。


 波留ちゃんはというと、手に取った小説を買おうか悩んでいる様子だ。

 俺が接近しても全く気付いていない。


「波留ちゃん」


「……! 悠二さん……」


 俺が声をかけたところで、やっと彼女がこちらに振り向いた。


「……えっと……その……」


 よそよそしいと言うべきか。彼女は目を泳がせて口ごもっている。

 これはそう、どう対処すればいいのか分からない相手と出会った際の反応。


 俺が怪獣だと分かったから、彼女は今までの接し方が出来ないのかもしれない。

 分かりやすく例えるなら、親しかった相手が実は醜悪な怪物だったと言えばいいか。俺が逆の立場だったらなるほど、確かに対処に困る。


「……波留ちゃん、ごめん。やっぱり今会うべきじゃなかったよ」


「えっ……?」


 なので俺が先に切り出した。

 皮肉にもそれで、波留ちゃんがやっとこちらを見る。


「波留ちゃんにだって考えたい時間があるってのに、それを分からず来ちゃって……本当にごめん。だから話とかは次の日にするよ」


「悠二さん……」


「でも俺、待っているから」


 しかしここで終わらせず、俺は付け加えた。


「俺、波留ちゃんの事を信じてる。もちろん強制じゃないんだけど、もし決心が付いたら……ゆっくり話できたら……なんて」


「悠二クーン!」


 光さんの声が聞こえてくる。

 振り返ってみると、アパレルショップ前の人だかりが散り散りになっていくのが見えた。その中から舞さん達が掻い潜るように現れる。


「冴香さんは?」


「バッグヤードに入っちゃったんだよ……今回はサインとか握手の予定ないんだって」


「ひくっ……冴香ちゃんの綺麗なお手々スリスリしたかった……」


「よしよし玲央チャン、まだチャンスはあるって」


 光さんが落胆していたものの、すぐにすすり泣きする玲央ちゃんの頭を撫でた。相変わらず優しい。

 その玲央ちゃんが今になって波留ちゃんに気付いた。


「ぐす……波留ちゃんじゃん。本でも買うの?」


「う、うん……小説が欲しくて……」


「俺はその時にたまたま会っただけだよ。じゃあ波留ちゃん、俺はこれで」


 波留ちゃんの返事を待たずして、俺は舞さん達と合流した。

 それからは振り返らないようにしている。多分、今の彼女の表情がどうなっているのか、確認するのが怖かったのかもしれない。


「いいの悠二君? 別に今話しても……」


 これには舞さんが不安そうな面相を見せた。


「いや大丈夫、そういうのはちゃんとした場でしたいから。……ところで玲央ちゃんと晃さんはこれからどうすんの?」


「アキ君が『シンリン』のデパ地下に行きたいんだって……途中まで付いてく」


 とすると、波留ちゃんを除いたメンバーで『ソヨカゼ』を離れる訳だ。

 玲央ちゃんが波留ちゃんに手を振ったのを皮切りに、俺達は完全にその場から離れた。


 これでいい。ここから先は波留ちゃんにゆだねた方がいいのだ。

 俺は彼女がどう判断するのかを黙って待つだけ。


『ソヨカゼ』から『シンリン』に向かう際には、建物間の連絡通路を使うとの事。

 連絡通路の周りや足元には透明ガラスが張られていて、交渉恐怖症の人にはキツいものがある。


「うわぁ……すごい。悠二君は高いところ大丈夫だっけ?」


「ああ、別に」


 舞さんに出会った当初は高所恐怖症だったが、高い身体能力によってとっく克服済みだ。

 その通路を光さんが先に進む。


「ここを渡ってすぐに化粧品売り場があるんだよ。ただ転んだらガラスガッシャーンするかも」


「「いや、それはないと思う」」


「ありゃあ、2人に突っ込まれちゃった。まぁ、そりゃあそうだよね」


 思わず晃さんとハモってしまった。

 ともかく連絡通路から『シンリン』へと到着。そこから化粧品売り場に行こうとした瞬間、建物内が不意に暗くなった。


「えっ? 何?」


「停電?」


 全部の電球が切れてしまったのだ。周りが騒がしくなる。


 俺も思わずキョロキョロしてしまったのだが、すぐに波留ちゃんの事が頭に浮かんだ。

 彼女もこの状況に困っているはず。


「波留ちゃんのところに行ってくる!」


「あっ、悠二君!」


「大丈夫!」


 舞さんに返事してから『ソヨカゼ』の建物に戻った。


 そこでもやはり停電していて、客の不安そうな声がそこかしこに響いている。


「……ん?」

 

 客の声に紛れるように、足元に何かを壊すような音がするのを俺は聞いた。

 この感じ……誰かが電線か何かを破壊したのかもしれない。それに音が徐々に迫ってくるのも分かった。


 周りが反応していない事から、これもまた怪獣ゆえの感知能力か。

 ……それにどうやら俺自身に迫っているようだった。


 ――ドオオンン!!


 自分近くの床から何かが出てきたので、すかさず爪で掻っ切った。

 見事、敵を打ち首にする事に成功し、ぐらりと首から下の身体が倒れる。


 アホだな……自分に襲いかかってくるなんて。

 しかも真っ暗だから周りに気付かれていない……


「――ガアアアアアアア!!」


 なんて愉悦感を思っていたら、すぐに増援の別個体が出てきた。

 やはり1体だけではないらしい。

 

「ヒッ!? 怪物!?」


「うわああああ!!?」


 周りも招かれざる客の存在に気付き、逃げ惑い始めた。


 床から出てきたのは、言うまでもなく怪人だった。俺が先ほど気付いた物音は、奴らの動きだったようである。

 ただその姿は実に面妖なもの。なにせ蜘蛛が人型を成したようなグロテスクなものだから。


 背中から生えた蜘蛛を思わせる8本足、赤と黒のまだら模様、細長い手足、蜘蛛そのものな顔つき。

 まさしく変身ヒーローご用達『蜘蛛男』のような姿だ。


「ますますライダーっぽくなったな……」


 と愚痴ってしまった矢先、後ろの床からもう1体が這い出てきた。

 要は挟み撃ちだが、相手は怪人なのでどうとでもなる。思う存分暴れてもらおうか。


「やっぱり怪人か。これよく反応するねぇ」


「……!」


 すると声が聞こえてきて、俺も怪人もそちらに振り向いた。

 立っていたのは玲央ちゃんだ。彼女が右手のマレキウムドライバーを覗いていたが、それがランプのように光の点滅を放っている。


 あれで怪人を感知していたようだ。それにここにいるという事は。


「いけるか?」


「もちろん。じゃあ……魔装」


 彼女が右腕にはめたマレキウムドライバーを掲げた。

 直後ドライバーの光が増し、そこから順に白銀の鎧がまとっていく。右腕、身体、左腕、両足、最後に頭部。


 そうして玲央ちゃんが変身し、マレキウムが姿を現した。


「ソイツらは私がやっとく! ユウ君は波留ちゃんを見つけてきて!」


 玲央ちゃんがハルバードを持った後、蜘蛛型怪人めがけて振り下ろす。

 それを受け止める相手。


 基本おちゃらけな彼女だが、やはり友達を想う優しさはあったようだ。

 俺は彼女に奴らを任せる事にした。


「ごめん、ありがとう!!」


 俺は目の前の怪人に向かって走る。


 奴は攻撃すると思って身構えていたが、俺はその肩を踏んづけジャンプ台代わりにした。

 驚く怪人が振り返るも、そこに玲央ちゃんのハルバードが襲う。


「ふん!!」


 轟音と共に怪人が叩き潰され、床にめり込んでいった。体液も見えたような気もする。

 かなりバイオレンスだが、しかし心強い。すぐに歩を進めた俺だが、


「いや……こ、来ないで……」


 前方において、ある女性が後ずさりしていた。


 暗くてもよく分かる。あれは間違いなくモデルの冴香さん。

 そして彼女の前には、もう1体の蜘蛛型怪人がにじり寄っていった。

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