第32話 ひやひや冷やかし丸〇

 高校生にとっての一大イベントである文化祭は、生憎の曇り空の中開催された。と言っても校門にすし詰めになる生徒やら一般客はみんながみんな楽しそうな顔をしていて、思い思いに出店を回ったり出し物のスケジュールが書かれたパンフレットを一緒に見たりしている。


 ……そして俺は、そんなお昼時の様子を教室の窓から眺めていた。


「皆川君! お好み焼きともんじゃ焼き出来た!?」

「もうすぐだから出来たら置いとく! あとデシャップもう少し回転上げてもらえるとありがたい! 鉄板にはまだ余裕があるし!」

「で、でしゃっぷ……?」


 うちのクラスの出店は予想に反してとんでもない大盛況を迎えていた。話を聞いてみるとどうやらみーちゃんやあー子、あと弓木野と世良氏がそれぞれインスタで宣伝したらしい。それでこの忙しさは嬉しいやらつらいやら……。


 とにかく料理を待ってくれてる人達に少しでも早く食べてもらうため、俺は忙殺されていた。


「っと、ごめんデシャップっていうのは……」


 働いてるとついバイトモードになってしまう。飲食店で働いてないと用語を使われてもわかんないよね。申し訳ない。


 そんな俺を見兼ねて、みーちゃんはすかさずフォローに入ってくれる。


「デシャップっていうのは要は注文したのが席に届いてるかとか何が出来上がってて何が作れてないとかの指示出しのこと。アタシも別にやったことはないけど……いつも見てるし」


 いつも見てるというのは多分ユキドケでの俺のことだ。厳密には俺が入ってない時のシフトだと別の人だけど……みーちゃんの目が言いたいことを物語ってる。


「調理班も一応出来るよね? 交代してもらえる?」

「わ、わかった!」

「皆川ー! 三番と五番がお好み焼き二枚で六番が一枚!」

「了解!」

「あー子! これとこれ二番にお願い!」

「はーい!」


 みーちゃんがデシャップを代わってくれたことによって滞ってた注文が回り出す。一度に焼ける数も把握した上で言ってくれるからありがたいことこの上ない。


「御代! 三番五番六番上がった! あと出来れば帰られた一番の掃除もお願い!」

「りょーかい! 終わったら列進める! あと四番がもんじゃ焼き一枚!」

「後は手の空いてる人に並んでる人にメニュー渡してもらってきて!」

「もう指示してるから大丈夫!」


 みーちゃんとの仕事は流石に慣れたもので、言い方は少し良くないけどさっきより何倍も効率が上がっていた。こっちのしたいことを既にしてくれてるっていうのは思った以上に助かる。


「御代さんと皆川君、凄い連携だなぁ……」


 ぼんやり呟かれた誰かの感嘆は、しかし異常な忙しさによって塗り潰された。



 それから大体四十分が経った。一番忙しいお昼時はひとまず落ち着き、これならもう交代しても大丈夫だろうと次のシフトのクラスメイトにバトンを渡した。


「いやー……めちゃくちゃ疲れたね、御代」


 俺は今クラスに用意された席の一つに座っている。正面にはみーちゃんも居て、この状態ですぐに文化祭を回るのは流石にキツいということでお昼を済ませようということになった。


「ユキドケより忙しかったし……」

「長蛇の列が人を呼んだんだろうね。店長も 開店当初はよくやってたし」

「アタシらみたいに二日だけならわかるけどさ、それで常連さんって出来るものなの?」

「そこは店長の腕だよ」

「あぁ……」


 料理の美味しさは勿論、店長は元々二日で二億を稼いだ超やり手のキャバ嬢だ。リピーターを増やすなんて訳ない。現にみーちゃんもそれだけで納得した。


 そんな会話をしてると、突然教室内がパニックになる。急に何だ……?


「だ、誰だよあれ!? めちゃくちゃ綺麗じゃないか!?」

「これフェロモンってやつだよな!? フェロモンすげぇ!!!」

「女の私でも見とれるんだけど……!」


 ……この感じはアレだ。いわゆる嫌な予感ってやつだ。


 俺は恐る恐る入口を見てみる。


「あ、やっち! まだクラスに居て良かったぁ」

「「「皆川ァ!!!!!」」」

「声揃えるなよ怖いな!? あと店長も火種をばら撒かないでください!」

「あ、うちあそこの席行くから大丈夫だよ。四人がけだし追加が二人なら良いよね?」


 訊かれたクラスメイトはどこか緊張した面持ちで頷く。まあ俺も最初はめちゃくちゃ緊張してたっけ……。


 ん? 追加が二人?


「よぉやっち! 有給取って遊びに来たぜ!」

「あ、弥太郎さん」


 店長の存在感に隠れて気付かなかったけど、後ろには私服の弥太郎さんも居た。意外ではないけど、やっぱりちゃんとオシャレなんだなという感想を抱く。


 二人は視線を一手に受け止めながら俺とみーちゃんの座る席の空いてる椅子に腰を下ろした。


「忙しそうだねーやっち」

「さっきは今の比じゃありませんでしたよ……マジで疲れた……」

「てかやっちよ、お前も中々やるな! そっちに居る子が彼女だろ? オレにも紹介してくれよ!」

「「あ」」


 声を揃えたのは俺とみーちゃん。そうか、みーちゃんは今学校モードだからバ先の姿と一致してないんだ。


 俺はアイコンタクトでみーちゃんに言っても良いか許可を取る。


「別に良いよ。隠すことでもないし」


 ……だとしたらどう説明しようかな。まあなるようになるか。


「弥太郎さん。ユキドケで泥酔した時のことは覚えてますか?」

「あの時はマジで悪かった。みーちゃんだっけ? あの子にもちゃんと謝らなきゃって思ってるんだけど……どうにも勇気が出なくてな……」

「じゃあ今謝りましょう。目の前に居ますし」

「え?」

「みーちゃん改め御代海侑です。あの時はお世話になりました」

「……はぁぁぁ!? 嘘だろ!? だって見た目全然……!」


 弥太郎さんは堪らず俺に目配せする。俺は声を出さずにコクリと首肯した。


「……マジか。女の子ってすげぇ」

「そうじゃないでしょ、弥太郎君」

「あ、ああそうっすね。……こちらこそ、改めまして。あの時は変に絡んでごめん。言い訳のしようもない」

「別に気にしてませんよ。……それに、やっち先輩が助けてくれましたし」


 久々に来た俺の中の爆上げテンション!!! やっぱりうちの彼女は可愛いなぁ!!! そう考えると弥太郎さんはキューピットだ! みーちゃんにナンパしたことは許されざるごうだけど!!!


 心の中で叫んでいると、店長は何かを思い出したのか俺の方を見た。


「注文もしないで話してるのは迷惑だよね。やっち達は注文した?」

「まだですね。でも自分達のクラスなんで適当に余ったやつで食べますよ」

「ふっ」

「えっ」

「ねえ店員さん! 今君達が使ってる鉄板って実はうちのなんだけどさ、だから使用料ってことでちょっとだけ細かい注文して良い?」

「何なりとお申し付けくださいませ!!!」


 何だその最上級敬語。それに店長も一体何を言い出すつもりだ。


「うちさ、やっちが焼いたお好み焼き食べたいんだよね! だし一瞬だけやっちに代わってもらうことって出来る?」

「店長何言ってんすか!?」

「かしこまりました! やっちって皆川のことですよね!」

「そうそう」

「オラ働け皆川!!! お姉様のために粉骨砕身の労働に身を捧げろ!!!」

「ちょっわかった行くから!」


 俺は無理やり調理スペースに押し込まれる。さっき休憩に入ったばかりだっていうのに……!


「やっちー! 美味しかったら時給上げたげるからねー!」

「誠心誠意作らせて頂きます!!!」


 まさかこんなところで時給アップのチャンスが来るとは!!! 行くぜ行くぜ行くぜ!!!


「あ、そうだ弥太郎君」

「何すか?」

「眞鍋呼んだけど大丈夫だよね?」

「事後承諾なのに何とんでもないことしてくれてんすか!?」

「弥太郎さん……」

「みーちゃんもそんな哀れんだ目でオレを見ないで! 大丈夫だから! どうせスーツフィルターの取れたオレなんて見向きもされないはずだから!」


 弥太郎さんはなんて悲しいことを言ってるんだ。というか自虐に走る程真鍋先生のことが嫌なのか……。


「先輩、お待たせしました」

「!?!?!?!?!?」

「弥太郎君驚き過ぎ」

「もー、私だって一応先生なんですからね? あんまり暇じゃない……ん……ですけど……」


 俺にあの席を見る度胸はない。なぜなら今も弥太郎さんからの視線のSOSがビンビン背中を刺しているから。すみません弥太郎さん俺お好み焼きを焼くのに忙しくてだから助けにはいけませんご愁傷様です。


「あ、あの! 私のこと覚えてますか!?」

「さ、さぁ……?」

「眞鍋です! ききき奇遇ですね! 実は私も今暇になったところでして!」

「そっそうなんですか! あっやべオレ仕事残ってんの思い出したかも!」

「であれば今夜は手伝いますので……、……一緒に文化祭、回りませんか?」

「先生が男と歩いてるのって絵面的にヤバくないすかね!?」

「だったらこれを付けてくだされば!!!」


 そう言って先生が渡したのは首に掛けるタイプの学校関係者用ラミネート。お好み焼きを焼いてる俺が何で見えてるか? そんなの焼いてる間は暇だからに決まってる。正直当事者じゃなかったら面白そうなことこの上ない。


「さ、行きましょう!」

「ちょっオレもやっちのお好み焼き食べたいんすけど!?」

「だったら後で来ましょう! まずは応接間に通させて頂きますね!」

「何で!?」


 弥太郎さんの抵抗も虚しく、なすがまま先生に連行されていく。弥太郎さんに合掌。


 俺は悲しいドナドナを横目で見ながら、時給アップチャンスのお好み焼きを仕上げたのだった。

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