第16話 国語(惚気)の時間

 時計を見る。やっぱりまだ残り二十分であり、見間違いじゃなかったことに心の中でため息をつく。


 みーちゃんと合法的に授業中でも話せるのは嬉しいよ? いや合法的って何だよ普段は違法なのかよ。


 一人でぼっち特有のクソ長思考を繰り広げていると、ふと弓木野が「ねぇ」と口を開く。


「プリントのここさ、全員の意見が必要らしいから聞いても良い?」


 どこの部分だろう。俺がそう言うよりも早く、弓木野は続けて説明をしてくれた。


「主人公いるじゃん。女子高生。何で主人公は秘密を友達にすら打ち明けられなかったの? ってのがあるんだよね」


 今回の授業は前半二十五分で先生が選んできた短編小説を先生自身が軽く解説して、そして残りの二十五分で今行ってるグループワークをするって流れだ。


 肝心の小説の内容は生徒に親しみを持ってもらう題材にしたのか、丁度俺達と同じ学年の主人公が告白されるところから始まる学園内での物語。しかし主人公にはバイト先で既に出来た彼氏が居るので断るという……。


 ……これみーちゃんの状況とめちゃくちゃ似てない!? バ先の彼氏でしょ!? 友達にも秘密にしてるんでしょ!?


 ししししかも別に心配してないとはいえ告白されてるんだよな? みーちゃんはあー子と並んで告白されまくる二大巨頭の一角……こういうことが起きてもおかしく……おかしく……。


「お、俺は恋人のことを大事に思ってたからこそ打ち明けられなかったんじゃないかと思うよ! べべ別に自画自賛じゃないけど!」

「自画自賛? よくわかんないけど普通に読んだらそうだよね。変なこと言うと迷惑がかかるかもしれないし」


 普通に? 引っかかるワードチョイスを補足するかのように、弓木野は一度プリントに目を落とす。


「だけど周りに、それも友達にまで隠すってことは何かやましいことがあったんじゃないかな。本当はもう恋人のことは好きじゃなかったけど、ちゃんと別れるまでは筋を通したくて断ったとか」


 ……え? う、嘘だろ? みーちゃんがそんなこと考えてる……?


「み、海侑はどう!? こういうの得意そうだもんね!」


 呆然とする俺を見てかあー子はフォローに入る。優しい……これが光のギャル……。


「……好きすぎたんだよ、この子」

「そ、そうなの!? 詳しく教えて!」

「朝はラインでおはようって送って、おはよつって誤字ったメッセージを見て通知音で起こしちゃったかな、でも返してくれて嬉しいなって気持ちになる」


 そう言えば今日変な誤字したな俺。そう考えながら、口は挟まずにみーちゃんの話を聞く。


「お昼は作ったお弁当を食べてくれてるかな、喜んでくれてるかなって悶々としてるんだけど、お弁当箱を返してくれる時に必ず美味しかったよ、いつもありがとうって言ってくれるのが本当に嬉しい」


 みーちゃんはまるで自分のことを振り返るかのように言葉を並べていく。語り口があまりに優しくて、俺を含めた四人は気付けば聞き入っていた。


「夕方になると一緒に帰るんだけど、知らない間に自分ばっかり話してることに気付いちゃう。……だってさ? 彼氏が聞くの上手なんだもん。それにアタシが今日あったことを話すとすっごい嬉しそうな顔をするの。この人本当にアタシのことを好きでいてくれるんだなぁ、アタシもこの人のことが本当に好きだなぁって……そう思わせてくれるんだよ」


 みーちゃんは秘める気持ちの一部を、それは大切そうに俺達に教えてくれる。途中から視点主が主人公じゃなくてみーちゃんに変わってたけどそれはもうむしろ何というか俺のことというかねぇ? とりあえずここが教室じゃなかったらみーちゃんを抱きしめてる。まだハグもしたことがないチキンだけど。


「……あ、ご、ごめんね!? あくまで主人公がね!? 何かそう思ってそうな感じだったからちょっと感情移入しちゃったというか、別にアタシがって訳じゃないというか!」

「……ッスー……違う……?」

「ち、違わないけど! 皆川何言ってんの!?」


 そう言って裾を握る手が離れる。悲しい……でも違わないって言ってくれて超嬉しい……。


「……何かアタシまた入っちゃったかも」


 そう言ってみーちゃんは机の下で俺の手を握り、指を絡めてくる。みーちゃん!? それは流石にちょっと大胆過ぎないかなぁ!? 入ったってもしかして乙女スイッチってこと!?


 まあ繋ぐんだけどね!!! 彼女に手を繋がれて嫌なヤツとか居ねえよなぁ!!!


「皆川氏! 皆川氏!」

「……ごめんちょっと忙しい」

「何その嘘!? いやそうじゃなくて、今の海侑マジ可愛くなかった!? カプ厨センサービンビンだよ!!!」


 可愛かった。いやマジ可愛かった。そして今! 気持ちが抑えきれずに手を繋いでくるこれこそ!!! めちゃくちゃ可愛い!!!!!


「あ、ちなみに私はその解釈で良いと思うよ? 少年漫画少女漫画青年漫画一般文芸ラノベドラマ映画を摂取してる私から見てもですねぇ皆川氏!」


 何で俺? やだ怖い。


「カップルって……超尊いの……」


 そう言って恍惚な表情を浮かべる。変人とは聞いてたけど実際に話すと極まってるな……。


「例えばはいそこ皆川氏! 今恋人が居るんだよね!!! どんなところが好きなの!?」

「「はぁ!?」」


 同時に驚いたのは当然俺とみーちゃん。い、いくらその恋人の張本人がここに居ることを知らないからっていっても、それは流石に恥ずかし過ぎないか!?


 ……おいあー子何だそのにやにやした顔。何をする気だてめえ。


「ねー海侑! あたし大和君の恋人の好きなところ聞きたいんだけど、海侑もそうだよね!」

「え、え?」

「私も聞きたいかも。さっきの話、私には無かった解釈だから新鮮だし」

「……い、良いの? 皆川」


 みーちゃんは真っ赤になりながら涙を潤ませた上目遣いでおずおずと訊ねる。繋がれた手の力が心做しか弱まった。


 俺はその手を離すまいと強く握る。


 恋人に言われちゃあしょうがないよな!?!?!? 語るぜ俺の惚気をよォ!!!


「まず俺の恋人は超可愛い。俺実はお弁当を作ってもらってるんだけど、そのせいで早起きしちゃってるんだよ。俺がそのことについて申し訳ないって言うと、その分先におはようを言えるから気にしないで、嬉しいよって。ヤバくないかこれ。どんなこともポジティブに捉えられるところとか、その上でこんな俺なんかのことを一途に思ってくれてるところとか!」

「良いねぇ皆川氏! その調子でもっとよろしく!」

「学校ではよくラインをするんだけど、その時もまあ可愛いんだよ! 先輩は今何してますか? とかさっきの授業退屈でつい寝ちゃうところでした笑とか! まあ俺はぼっちだからさ? あんま話せることはないんだけど、時たまあー子と話したりするんだよ。そのことを話すと嫉妬したのか文面がちょっと無愛想になるんだよそれも可愛い!!! 不安にさせてしまうってことでそれ以来あー子のことは二度と話してないけどな!」

「な、何であたしが巻き添え食らってんの!?」

「……まあ、長くなるのも申し訳ないし、あとは一つだけ。俺が一番好きなところは、俺の好きを信じてくれるところでさ」


 これは本人にもまだ言ったことのない話。みーちゃんは予想外だったのか大きな目を更に丸くしていた。


「付き合うきっかけは相手が告白してくれたんだよ。だから実はいくら俺が好き好き言っても結局は告白された側のリップサービスに思われたらどうしようって二日くらいは悩んでてさ」

「……そうなんだ」

「だけど俺の彼女はよく信じてるって言ってくれるんだよ。無意識なワードチョイスだろうけど、俺はそれが何より嬉しくて。だから安心して好きを伝えられるし、そこが一番好きなところって言って差し支えないんじゃないかな」


 いかん。思わずクソ長セリフを口走ってしまった。四人は呆気に取られた様子で、少しの間沈黙が流れた。


「……そ、そんな感じ! 参考にならなかったよね!? ご清聴ありがとうございました!!!」

「……良い」

「せ、世良氏?」

「良いよ皆川氏!!! 皆川氏の惚気めっちゃ良いよ! 恋人のことを大切に想ってるのがすっごく伝わった!」

「そ、それは良かった」


 世良氏はバンと机を叩いて身を乗り出す。繋いでる手を咄嗟に見えない位置に隠した。


「愛だね! 皆川氏!」

「……そうかな?」

「そうだよ!」

「そっか!!!」


 なるほどこれは愛だ! 恋愛って恋に愛って書くもんな! 俺はみーちゃんを愛していたんだな!!!


「……も、もうやめて。恥ずかしくて死ぬ……」

「あはは、海侑はそういうの意外と苦手だもんね! ごめんよ海侑!」


 多分そういう意味じゃないけど言ったら墓穴だし別に良いか! みーちゃんが可愛いことに変わりはない!


「……とりあえず、私適当に書いとくよ?」


 弓木野がどこか疲れたような顔でそう言う。お手数お掛けして大変恐縮です。


 後は適当に雑談をして、俺達は残り時間を潰したのだった。

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