【二】

「――駄目だな。ここは、もうお終いだ」


 ――いつかの昔。

【調停団】と呼ばれる秩序の守護神たちが、その地に足を運んだ。


 そこは魔物の巣窟だった。

 陸の孤島の如く隔絶されたその地には、もはや村とも呼べぬ成れの果てがあるだけだった。


「やるしかないでしょう、団長」


 軍団を率いる、先頭に馬を付ける男に、まだ少年から脱したばかりのように見える若い男が、皮肉な口調でそう返した。


「でしょ? 副長」


 若者は、団長と呼ばれた男の後ろに控えた壮年の男に視線をやった。

 副長と呼ばれた男は、言葉を発することなく、ただ頷いた。


「女神様、行けますか?」

「……なーんでお前が指揮を取ってんだよ」


 若者に呆れた表情を浮かべながらも、団長と呼ばれた男は首を回し、女神様と呼ばれた女性へ視線を向ける。

 ――透き通るような青みがかった髪を持つ美しい女性は、団長と呼ばれた男に頷きを返した。


「いつでも行けます。――でも、あの子は……」


 騎乗した馬ごと振り返り、青色髪の女性は一人の少女を見つめた。

 女神様と呼ばれた女性と同じ髪を持つ少女に。


「すまんが、行くしかねえ。リーラ、お前は逃げ回ってろ。いざとなったら俺が守るさ」


 団長の言葉に、リーラと呼ばれた少女はこくりと頷いた。


「――お役目ですよね。こんなん勝てるわけないのに」


 若い男の言葉に、団長はニヒルな笑みを浮かべた。


「死ぬ準備だけしとけ。所詮、鎖付きの公僕だ、割り切って挑め」

「はいはい」


 団長と呼ばれた男は――剣を引き抜き、その切っ先で、魔物の巣窟と化した成れの果てを示した。


「――全員、先陣の覚悟を決めろッ! 死ぬのはまだ先、天国など見つめず今この時を進めッ! ――行くぞッ!」


 ――平原に、鬨の咆哮が轟いた。


「ミュルヘン、リーラを守れ。生き残るとしたらお前だろ」


 馬を飛ばしながら、副長と呼ばれた男にしか聞こえぬ声で、団長はそう囁いた。

 副長はそれを受け――ただ寡黙に、頷いた。



 戦いは熾烈を極めた。

 無限と思われる程に湧き出る魔物。

 一人、また一人と倒れて行く。

 それでも【調停団】は抵抗を続け――そして、ついに最後までその地に立ち続け、空に向け剣を掲げた。


 ……ただし。

 血溜りとなったその地に立ち続けていたのは。

 たった、二人だけであった。


「……エルヴァン」


 ミュルヘンは血溜りの中でリーラを胸に抱き締めながら、ぽつりと小さく、今はもう遠い所へ消えた友に、言葉を向けた。


「約束は守ったぞ――」



 

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