36.考古学者は破天荒が基本ですか

 帰る支度万全だった僕たちは、医務室に引き返すのではなく、予定を続行することになった。

 ロベルトさんは、明日朝一で事務局に寄ってくださいね、とその人に何度も念を押してから職場へ戻り、そのロベルトさんの代わりに大男さんが夕食に参加である。キャレ先生から運転席を任されているのだから、信頼はされているのだろうけれど。

 とりあえず、この人、誰?


「彼が先ほど話していたレイン教授だ。発掘調査に行っていたはずだが、学生たちはどうしたのかね」


「まだ現地で予定通り発掘調査中ッスよ。子どもじゃないッスからね、任せて来ました。もう、学部会長が不祥事起こしたって聞いて超特急で帰って来たンスよ。そんな邪険にしないでください、先生」


 つまり、来月までの予定で遠出していたのに、俺の件で予定切り上げて戻ってきた、と。それはご迷惑をおかけしました。まぁ、責任の所在は俺じゃないけど。

 イキがった若造みたいな話し方をする毛むくじゃらの大男さん、レイン教授は、その見た目と言動に似合わず丁寧な運転で車を走らせている。

 向かう先はキャレ先生行きつけの店だそうだ。何軒かある行きつけのうちのひとつで、俺は連れて行ってもらうのは初めてだとか。キャレ先生の舌は俺の嗜好に合うから楽しみだ。


 車窓を流れていく景色に俺が気を取られている間に、レイン教授とキャレ先生の間で情報交換がなされていく。俺が何者でどんな立場かといった話がメインのようだ。キャレ先生の養子になったことについては、良いなぁ、と大変羨ましがられた。何でだ。実親いないのか、レイン教授。


「それで、いなかったオレが話題に上ったのは何でッスか?」


「学部会管理の魔道具を借りたいんだが、協力者が見あたらなくてね。君の帰りを待つ予定だった」


「それは、早く帰ってきて良かったッスね。先生が使うンスか?」


「いいや。使いたいのは、リツくんだよ」


 答えを聞いてバックミラーを見上げたレイン教授と目が合った。ちなみに、キャレ先生は助手席で、俺は後ろだ。


「何の魔道具使いたいの?」


「魔石に魔法陣を彫りたいです」


「魔道具工作機か。それなら教えられる。異世界から来たって聞いたけど、そっちの世界の魔道具を作るのかな?」


「いえ。魔法陣は書けるんですけど、魔法も魔術も全く使えないんで、魔道具にしたら動くかな、って半分実験です」


 俺の答えに、レイン教授は押し黙ってしまった。鏡越しに見える顔は実に不思議そうだ。この世界の人間の常識からすれば問題だらけの説明だったから、その反応はごく自然だと思う。

 そこから、俺の身の上話が始まった。異世界から来たため体内魔素がないことと、幼少時の体験に召喚魔法陣の出所から今後の展望まで。

 話は車内だけでは終わらなくて、店に到着して食事を注文して待ち時間までかかった。


「つまり君は、超古代文明時代の魔法師から直接魔法陣を教わったお弟子さんなのか」


「弟子、という自覚はないですが。血の繋がらない兄くらいの意識はあります」


「それで、お兄さんの研究所に行くために自分の価値を魔道具で代用させるべく魔道具開発を手がけるわけだね」


 そういうことになりますね。研究所へ行くための仲間集めや対外的な手続きの準備は進めているけれど、古代語が読める事実を面倒な筋にバレたら監禁もあり得ると未来予測が立っている。これが俺自身じゃなくて魔道具で代用できるなら、監禁の危険も減るだろうとは思ってる。

 ふんふん、と頷いたレイン教授は、まだ料理が来ていないので空いているテーブルに両手を着いて、いきなり頭を下げた。


「頼む。その研究所にオレも連れて行ってくれ。君の行動の全てに全面的に協力を約束するし、見つかった研究所の所有権も手配しよう。だから、どうか頼む」


「え、あ、いや。分かりましたから、頭上げてください。そこまでされなくても断りませんから」


「いや。君はその研究所の資産価値をもっと知るべきだ。期待している通りに保存が叶っているなら、世界に唯一と言って良い情報の宝庫になる。超古代文明の遺産はその土地の国家に接収されるのが基本だ。君に遺された遺産を国に取り上げられるのは実に面白くない。私なら遺跡調査の専門家だからね。必要な手続きは任せて欲しい」


 専門家。そう聞いて、そういえばこのレイン教授は何者なのかをまだ聞いていないことに気付いた。なんとなく、考古学の教授でキャレ先生の昔馴染みなんだろうな、としかわかっていないのだ。まぁ、一連の話にはこれだけ分かっていれば十分なのだけれど。

 そういえば自己紹介していない、とはレイン教授も気付いたようで、改めて身の上を明かしてくれた。


 キャレ先生が大病院の雇われ医師だった頃の患者として知り合って、それが超古代文明遺跡探検の最中に負った大怪我が原因で、元々はそういう遺跡探検を専門にした冒険者で、現在A級ライセンス持ちとか。ちょっと経歴が想像の埒外だったよ。

 だいたい、考古学者で冒険家とか。イン○ィ・ジョー○ズか。

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