HappyMerryChristmas 第2話

「今日もありがとう。何時も本当にごめんね。痛くない?」

 

 琉生の手の甲を撫でながら謝罪の言葉を述べると、彼は私の唇にそれを宛てる。

 

「大丈夫だよ。ほら、此処にキスして」

 

 琉生の手の甲に唇を寄せれば、私の顔に指先が触れて唇を触る。

 口の中に指先をゆっくりと差し込みながら、琉生が甘ったるい声で囁いた。

 

「シュリーとは痛い事するのも、気持ちいいことするのも俺は好きだから大丈夫だよ」

 

 琉生はそう言って、私の首に喰らい付く。

 琉生は私の身体を抱き締めて、身体に噛み跡を刻みつけてゆく。

 琉生の魅せる夢に溺れながら何処までも沈む。

 このまま甘い地獄の中で、死にたいと心から思う。

 けれどこんな業を背負っている私でも、これだけは思っていることがあるのだ。

 旭君には私がどうしようもない駄目な人間であることを、正直知られたくない。

 あの子の中にある「強い志優里」のままでいたいのだ。

 

 首から腕、背中や肩が琉生に噛まれた痕でいっぱいで、嬉しい反面ほんの少しだけ後悔する。

 暫く首周りにも、ファンデーションテープを貼らなければならないなと思った。

 

「これだけ俺の噛み痕まみれになるとさ、所有物って感じしない?」

 

 琉生がそう言って私の首元を撫でる。琉生から貰ったネックレスに、琉生の付けた痣。

 私の身体は全て琉生で今満ちている。

 クリスマスソングが流れる街を横目に、琉生と二人で手を繋ぐ。

 もうすぐ琉生と離れなければいけない時間だ。

 すると琉生がとある事を言い出した。

 

「シュリーはさ、子供の時サンタクロース来た?」

 

 琉生の言葉に私は過去の記憶を巡らせる。

 そして、とある事を思い出した。

 

「お父さん居なくなっちゃった年迄と、お母さん再婚してからなら来た。

……家上手く回らなくなった時に、お母さんに『もうサンタクロースしてあげられないごめんね』って言われた」

 

 そう言って笑い飛ばせば琉生も複雑な表情を浮かべる。

 

「俺もね、来たことはあるんだ。

……三人来た年もあるし、来なかった年もある。

でも俺、来なかった年のが好きだったよ。

お母さんが俺を置き去りにして出掛けたりしなかったから」

 

 琉生の言葉に思わず足を止め、琉生の目を見つめる。

 琉生は寂しそうに笑いなら、私の手をきつく握り締めた。

 

「大丈夫だよ。俺たちは同じ地獄で生きてるんだ」

 

 イルミネーションに照らされた琉生が余りにも綺麗で心臓が苦しい。

 琉生の言葉で私はなんとなく、琉生がどうして私なんかを受け入れることが出来るのかを理解した。

 この人には形は違えども、自分と同じ様な傷跡が心の中に存在している。

 愛しさを噛み締めながら、琉生と二人で見つめ合う。

 

「またねシュリー。素敵な夢を観て」

 

 琉生が私の瞼にキスをして、夜の街の中に消えてゆく。

 琉生の手の熱がなくなった手のひらが、なんだかとても冷たく感じた。

 

***

 

 クリスマスイブ当日。

 今日も私たちは緊急の仕事に追われている。

 そんな中で私は一人、ちょっと浮き足立っていた。

 首周りにファンデーションテープを貼れど、余りにも広範囲に噛み痕が付いていて隠しきれない。

 辛うじてハイネックの肌着を着てから、作業着を着て上手く誤魔化す。

 これなら首周りの噛み痕は、きっと目立たない筈だ。

 

「……おはようございます」

 

 珍しくどんよりとした声色で、旭君が事務所に顔を出す。

 基本的に暑苦しいくらい五月蝿いのに、今日は自棄に静かである。

 

「おはよう。どうしたの?今日元気ないね」

 

 私が旭君にそう言うと、旭君は一瞬泣き出しそうな顔をする。

 そして必死に表情を取り繕ってから、無理に微笑んだ。

 

「や……多分ちょっと……飲みすぎちゃったんですよ俺……昨日武市さんと呑んでたから………」

「お前等本当に何時も一緒にいるのな!?」

 

 思わず突っ込みを入れると、旭君は空元気な様子で笑う。

 そして突然旭君の表情が真顔になった。余りの表情の切り替わりに私も動揺を隠せない。

 すると旭君は私から珍しく目を逸らした。

 何時も穴があくのではないかという位に、旭君は人の目を観る。

 その旭君が私から目を逸らすなど、何か良くないことでもしてしまったのだろうか。

 

「……ちょっと………準備してきます……すいません…………」

 

 旭君がそう言って私の横をすり抜けて、更衣室に走ってゆく。

 余りの態度の急変に、私も戸惑いを隠せないでいた。

 頭の中で色々な事を考える。彼に対してしてしまったことで、彼が不快だった事があったのではないか。

 懸命に考えても考えても答えが見えてこない。

 

『あの、差し支えなければ……志優里さん今度出掛けませんか?』

 

 一番避けられているであろう理由があるとしたなら、この時なのかと思う。

 もしかしたら口約束のつもりだったのが、旭君にバレているのかもしれない。

 色々な不安が頭を過り初めて怖くなる。

 頭の中が不安でいっぱいになる寸前で、後ろから声がした。

 

「硲!少し良いか!?お前に任せたい仕事がある!!」

 

 郷田さんだ。郷田さんの声に冷静になり、平静を取り戻した。

 

「はい!」

 

 条件反射の様な返事を出して、通常通りに動き出す。

 動きを止めたら病んでしまう。

 深く深呼吸をして、感情を平淡にもってゆく。

 そして自分が何をしたのかは正直解らないけれど、旭君に話をして自分が悪かったらきっちり謝ろうと心に決めた。

 

***

 

「すいません……急な依頼をしてしまって………」

 

 なんとなく気の強そうな雰囲気の女性が、深々と頭を下げる。

 

「はじめまして。塚本クリーンサービスの硲志優里です。山本遥花さんですね?」

 

 すると彼女は小さく頷く。

 

「はい。今日は宜しくお願い致します」

 

 私は山本さんに出迎えられながら、1DKのマンションに足を踏み入れる。

 依頼人がちゃんと出迎えてくれる事が、なんだかとても新鮮に感じられた。

 今日の仕事は依頼人の父親の部屋の遺品整理。特殊清掃はない。

 

「私の家は私が幼い時に両親が離婚してしまって、長らく父とは会ってなかったんです。

父に身寄りはもういないのですが、病院で息を引き取る事が出来たそうです。

母も去年他界したばかりで……なんだか今私とてもしんどくて」

 

 山本さんはそう言って、深く溜め息を吐く。


「そんなに長く会えなかったら、他人同然じゃないですか……。

だから私に財産が相続されると言われても何をとっておいて、何を捨てるべきなのかも解らないんです」

 

 山本さんのお父さんの部屋を見回す。

 荷物は少し多いけれど、それなりにわかりやすく綺麗に整えられた部屋で良かったと少し安心した。

 

「大丈夫です。これなら作業は早いと思います」

 

 遺品整理で残さなければならないものは見て解る現金、貴金属や通帳・クレジットカード等のお金に直結するものや、美術品と骨董品のような相続品になるものだけではない。

 身分証明書になるものは返還をしなければならないので、当たり前に必要になる。

 正直遺品整理をするにあたり、残さなければならないというイメージがないものは書類の類いなのではないか。

 大丈夫だろうと思い故人が勤めていた会社の書類を捨てたあと、その会社直々に必要であるという報告が入りトラブルになった話はよく聞く。

 それに土地の権利書や有価証券は、その紙一枚で財産だ。遺書も公的な権力を持っている書類だ。

 公共料金の領収書や年金手帳に不動産の契約書の類いも、解約や解除の為に必要になる。年金は年金受給者死亡届の提出がない場合は不正受給になってしまう。

 そして書類に伴い印鑑だ。これは本当に大事になる。

 そしてその類いが入っているものは、大体が鍵の掛かった場所だ。

 なので鍵が出てきた場合には、全ての鍵を保管しなければならない。

 大切なものは絶対に、鍵を掛けて保管することが大事だ。

 

「専門の方がいると、本当に作業が早いですね」

 

 山本さんと二人で片付けを進めながら、要るものと要らないものを分けてゆく。

 

「正直遺品整理って、知識が無いと簡単に進められるものではないですよね」

 

 遺品整理をしなければならない時は大体が人が亡くなったばかりの、正常ではない精神状態の時である。

 それに畳み掛けるかの様に、何処から手を付けていいのか解らない遺品の山が押し寄せてくる。

 正直そんなもの、対処の仕様がない。

 

「この家賃貸なんで、出ていかなければならないんです。

なので父の遺品は後で私の今の住まいに送って欲しくて。

そうなると荷物の量はなるべく最小限に済ませたいんです」

 

 山本さんは疲れた表情を浮かべて、深く溜め息を吐く。

 私たちの様な仕事の人間ならまだしも、クリスマスイブだというのに遺品整理は辛いだろうと感じた。

 

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