第48話 おじさん、マジカルスポーツチャンバラにハマる②

「シィッ!」

「――くっ!」


 至近距離で放たれる二度目の牙突を弾き上げ、バックステップで距離を取る。

 慢心をやめ、守りの意識を固めたことで、相手も気配の変化に気づいたようだ。

 同じ正眼の構えを取り、向かい合うことになった。


「マルちゃん、その青い炎は――」

「夜見さん違うモル! あれはあの子の固有魔法の力モル!」

「でも……!」

「……いえ。その聖獣さんが、合ってます」

「「!」」


 マルちゃんの口が動き、掠れた声を漏らした。


「ど、どういう――」

「陰と陽。光あるところに、漆黒の闇ありき。彼の力は世界に二つ、存在しなければならない定めなんです」

「ホントにどういうことですか!?」

「じゃないと、貴方に勝てる人が居なくなるから、です」

「な、なるほど?」

「……嘘です。見栄を張りました。ホントはオープンキャンパスでここに来たとき、中央校舎でたまたま出会って、エモ力をあげる代わりに、お礼として力の一部を貰っただけです。本来の固有魔法が弱すぎたので、聖獣さんに固有魔法枠として追加してもらいました。あはは、私、凄いみじめ」

「な、なるほど……話、聞きましょうか?」


 同情心を隠さずに出すと、マルちゃんの瞳に涙がにじんだ。


「ちなみに夜見さんが陽の力を、私は陰の力を受け継ぎました。そのせいで、クラスで、目立たない。何をしても。自分より目立つ人が居るかぎり。ふふ、ふふふ」

「ま、マルちゃん?」


 ぷるぷる、と震えるマルちゃんの手。

 私は心配が隠せなくなって、デラックスセイバーを下ろした。


「大丈夫ですか? 辛いなら私の胸に飛び込んできても――」

「うううっ、その優しさと眩しさを私は妬む! なので身勝手に宣言します! 陰キャに優しい魔法少女なんて実在しない! しないから貴方を倒すッ!」

「そんなメチャクチャな!?」

「おのれカースト上位の陽キャ魔法少女め絶対に許さん! キエェエエエ――――ッ!」


 迫真の掛け声と共に、大上段で突っ込んでくるマルちゃん。

 だがそれは、彼女本来の技ではない。対応は容易かった。


「夜見さん! 今モル!」

「はい! ――マルちゃん、ごめんなさい!」


 ガッ、ドンッ! ビュァッ――

「え、あ……」

 負の感情のこもった重い一撃を、デラックスカリバーで受け止めながら、逆に弾き飛ばして横一文字斬り。

 その一刀で、相手のシールドを全破壊した。

 マルちゃんはその場にへたり込んでしまう。


「負けちゃった……」

「ごめんなさい、コンプレックスを感じさせてしまって。でも、負けられなかったので倒しました」


 私はスッと手を伸ばす。


「だからこれも私のわがままです。今日から友達になりませんか?」

「とも、だち……?」

「はい。辛い気持ちは共有した方が楽になれますから。ね」


 マルちゃんは理解できないとでも言うようにキョトンとしたあと、顔をくしゃっと歪め。


「う」

「う?」

「うわぁあぁぁあぁあん! 陰の者にも優しい魔法少女なんてみんな嫌いだあああああ~~――――……!」

「ああ、マルちゃん! 待って!」


 授業中なのにも関わらず、大泣きしながら逃走してしまった。

 彼女が通った道には大粒の涙の痕だけが残される。

 事件を見ていた幾人かの生徒が不安そうにあわあわとしていたが、体育の先生がマルちゃんをダッシュで追いかけていったので、多分なんとかなるだろう。


「……マルちゃん、か」

「初めての夜見さんアンチモルね」

「ね。私は負けるべきだったんでしょうか」

「そんなことないモル。横綱相撲してなんぼモル」

「そう、ですよね」

「……ねえ夜見、あの子と何があったの?」

「ああ、いちごちゃん。実は――」


 事情を話したことで、まあそうよね、普通は、と納得された。

 表沙汰にならないだけで、私含む「中等部一年組」と呼ばれるエモ力上位五名は、かなり嫉妬されているようだ。

 アンチの集まる裏掲示板では、一挙手一投足全てに批判が殺到するとのこと。

 今回の事件はその一端があふれたんだろうと、いちごちゃんは語った。


「でも、夜見は何も知らないまま生きて。その純粋さがファンの癒やしだから」

「は、はい」

「アンチはそれが悔しくて羨ましいみたいモルね」


 ネット社会って怖くて不思議だ。


「……でも、マルちゃんとの戦いは楽しかったです。突きの腕前が凄くて、緊張感があって良いな、一緒に高め合いたいな、と思ったので。彼女と友達になりたかった」

「うーん、僕は、相手が吹っ切れるまではどうしようもないと思うモル」

「ですかね……。嫌いの反対は好きですから、どうにか出来そうと思うんですけど」

「だとしても、今は下手に触れない方がいいモル。時間が解決してくれるモル」

「ああ、ですね。確かに。うん」


 人間関係の悩みは、結局のところ、忘れることが一番なのだ。

 また絡む機会があれば、同じように友好的に振る舞おう。


「大事にしていきたい、テイクイットイージーゆっくりしていこうの精神」

「……ええなぁ、それ。うちも大切にするわあ」

「ああ、おさげちゃ――」


 振り向いた先に居たのは、息切れして完全にへばっているおさげちゃんと、彼女を肩に抱えたまま、元気に満ち溢れているミロちゃんの姿だった。ミロちゃんは言う。


「あの、いちごさん」

「な、なによ」

「一戦お願いしていいですか」

「絶対に嫌! 夜見かサンデーとやりなさいよ!」

『みんなごめんねー! 先生が帰ってきましたよー! それじゃあ次のマッチングですね……はい! 番号を入れ替えたのでチェックしてくださいね!』


 タイミングよく帰ってきた先生によって、二戦目のマッチングが行われる。

 私の番号は一番だった。


「あの、一番は誰でしょうか?」

「あ、うち。あんな、今、ほんまにキツイし、手加減してな?」

「ああ、はい。分かりました」

「あはは、夜見はんはほんに優しいなあ……」


 べたん、と地面に崩れ落ちるおさげちゃん。

 私は慌てて抱え込んだ。全体的に線が細く、ほんのりとお香の香りがする。

 彼女の聖獣さんがおでこに冷えピタを貼ろうとしていたので、前髪を除けるのを手伝った。


「おさげちゃん、大丈夫ですか? もう壁際で休んだほうが」

「うん、せやね、そうしよかな」


 でも動けへんからもう少し待って、と言われ、その場で待機することとなる。

 僅かな沈黙ののち、発言したのはミロちゃんだった。


「いちごさん」

「なによ」

「私は三番でしたが、貴方は」

「――(いちごちゃんの絶句した顔)」

「三番なんですね」

「ひっ、やだ! おさげみたいになりたくない! 夜見助けて!」

「え!? はい分かりまし――」


 ガシッ!

「え、おさげちゃ」

 いきなり抱きつかれて動きを止められる。

 その目はいちごちゃんに向かって見開かれていた。


「くふふ、夜見はんはうちのものやで……あんたはんも道連れや、いちご」

「このための演技だったのねおさげええええっ! あとで覚えてなさいよおおおお――――!」


 いちごちゃんは抵抗虚しくミロちゃんに引きずられていった。

 身体を起こしたおさげちゃんは、ふう、と一息つく。


「おさげちゃん、どうしてあんなことを」

「だって、さっきから夜見はんの彼女みたいに振る舞ってたし。うちと夜見はんの仲を考えたら、許せへんよね?」

「それは、まあ、そうだと思いますけど」

「ほかにも、七割くらいは過去の因縁や」

「残り三割は」

「嫌がらせ」

「……やめましょうね? また関係が悪化して喧嘩になりますよ?」

「うちの夜見はんに粉かけたんが悪いー」


 ぷく、と頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。

 はあ、仕方ない。


「じゃあ、そろそろ」

「あ、壁際までお姫様抱っこしてくれるん?」

「いえ、いちごちゃんへの、せめてもの手向けとして。軽く決闘しましょうか」

「……あの、ほんまに疲れてるから半分くらいは演技ちゃうよ? ミロはんと戦うの、ほんまにしんどいんやで?」

「でも副会長は言っていました。喧嘩両成敗だと」

「ふゅ(おさげちゃんの絶望する音)」

「戦い終えたら一緒に頭を下げましょう。ちゃんと責任、取りますから」

「そんな心中みたいな責任の取り方いらん! いやや! 持久力お化けの夜見はんと戦うのいややあああっ――――」


 その後、私との軽い決闘で完全にスタミナ切れしたおさげちゃんと、ミロちゃんに翻弄されきったいちごちゃんは、壁際で仲良くダウンしていた。

 そこはクールダウンエリアと呼ばれていて、スポーツドリンクや回復ゼリーのほか、簡易ベットや保冷剤などが用意されているので、おそらく大丈夫だ。


「――で、あなた達は鬼ですの?」

「いやあ、その」

「スポーツチャンバラ楽しかったので、つい……」

「体力があり余っているなら、わたくしのように出張すれば良かったのに」

「「おっしゃる通りです……」」


 他グループへの遠征を終えたサンデーちゃんにそう言われて、私とミロちゃんは反省すると同時に、「ああ、いつもミロちゃん夜見さんと同じペアにさせられるのってこういう理由があるからなんだ」と、心でようやく理解した。

 なお、クールダウンエリアに運ばれた生徒の八割は、目の前にいるサンデーとの戦闘が原因で倒れたのだと、二人はまだ知らない。

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