第23話 おじさん、魔剤とセクハラ合体で無敵になる

『Z組の様子はどうだ?』

『ハッ、変わりありません』

『分かった、五分後に決行だ』

『了解であります』


 外では敵の会話する声が聞こえていて、刻々と突入時間が迫っている。

 私は未だにまともに動けず、座って安静にしているのが精一杯だった。


「ね、ねぇ、私たちも何かしなきゃ……! これじゃモモちゃんがプリティコスモスに変身する前に死んじゃう!」


 するとようやく、一人のクラスメイトが声を上げる。

 このクラスで最初に私に話しかけてくれた子であり、襲撃直後でも声を張り上げていた子、ソウちゃんだった。


「だ、だめだよソウちゃん、危ないから」

「違うよ! モモちゃんの方が危ないよ! 無茶しすぎだよ!」

「でも、私がやらなきゃ」

「でもモモちゃんが死んじゃうなんて嫌なのっ! だから何とかしようみんな!?  ねっ!?」

『うんっ!』

「うっ、や、やめ……」


 私が止める間もなく、クラスメイトたちは自ら立ち上がった。

 机でバリケードを築いて、掃除用ロッカーから取り出したホウキやチリトリを手に、勇気のある子は敵の銃を持ってしまう。

 だめだ、違うんだ、そうじゃないんだよ、みんな。


「私は、私はそんな勇気が見たくないから、頑張って……!」

「夜見さん……ごめん、僕は無力モル……」

「うっ、ぐすっ……」


 悔しくて涙が止まらなかった。

 ダント氏だけが優しく寄り添ってくれた。


『その必要はないのだ、一年生』


 声がする。

 割れた窓から風が吹いて、緑腕章の女学生が現れた。


「我輩がきた、のだ」

「あ……青メッシュ……先輩」


 昨日見た、黒髪青メッシュの先輩だった。

 彼女は、別の上級生におんぶ紐で固定されていて、その人の胸を優しく揉みながら強く言い放った。


「一年生、銃だけは捨てるのだ。そんな暴力を振りかざしたら敵と同じなのだ」

「……あっ、ひぃん、そこはっ」

「私の感動を返して」


 当然ながら私はそう言わざるを得なかった。

 衝撃を受けたクラスメイトの一部は銃を投げ捨てたあと、罪滅ぼしか、胸を揉みしだかれていた上級生の救援に入り、青メッシュ先輩はおんぶ紐を片手に私の元に来る。


「またせたのだ、期待の後輩。君のおかげでここまでこれたのだ」

「あ、ありがとう、ございます……」


 感謝すべきところなのかとても疑問だ。

 すると青メッシュ先輩は缶ジュースを取り出す。


「とにかくこの魔剤『エモーションエナジー』を飲むのだ。また動けるようになる」

「あ、私が愛飲してたエナドリ」

「そうなのだ?」

「はい。これを飲むとすっごい元気が出――」

「御託は良いから早く飲むのだ」

「あっ、はい」


 プシュ、と蓋を開けてごくごくごくと飲む。

 炭酸には慣れているのであっという間に飲み干した。

 じわ、と体が温まり、再び動けるようになる。


「おお、動く! 体が! 軽い!」

「ふふん、それが吾輩の開発した魔剤『エモーションエナジー』の効果なのだ。シャインストーンのエモーショナル果汁で、脳と全身に沢山のブドウ糖を迅速に供給出来る。それで後輩」

「はい」

「吾輩をおんぶしろ」

「嫌です……」


 私は、おんぶ紐を差し出す青メッシュ先輩からすすす、と離れた。


「どうして逃げるのだ? 君は僕の出す魔剤で何度でも戦える。僕は君からエモ力を得て無限に力を使える。悪い話じゃないのだ」

「で、でも……!」

「夜見さん、あの人の言う通りにした方がいいと思うモル」

「だ、ダントさんまでどうして!」

「今、マジタブでデメリットを確認したモル。夜見さんの『ギフテッドアクセル』は強力モルけど、使用するたびに体内で大量のエネルギーを消費するタイプの力。使用後にエネルギー補給しないと、さっきのようにまた戦えなくなるモル」

「そんな……!」

「即座に回復するには吸収率が無類の果糖がベスト。そして市販のエモーションエナジーは果糖たっぷりモル。一般の方には使用制限があるモルけど、魔法少女ならエモ力のおかげで問題ないモル」

「うう、それは、ありがたいんですけど……!」

「安心するのだ。沢山揉むけど痛くしないよ」

「ひ、ひぃ」


 ワキワキと指を動かす青メッシュ先輩。

 私は教室の角まで追い詰められ、強制的におんぶ紐で先輩と合体させられた。


 もみもみ。ふにふに。

 むにむに。むにゅぅ。


「ああ……うっわ、すっご、エモ力の鉱山かよ……暴力的なまでにでかいね……吾輩に揉まれるために生まれてきたのだ?」

「あっ、ふぁぅっ、ぅん……変なセリフ言わないで下さ、んっ」


 エロい言葉を漏らす青メッシュ先輩を背に乗せて、私は作戦を聞いた。


「はぁんっ、それで、合体したのはいいんですけどっ、何をするんです? んっ」

「作戦目標は三つあるのだ。一つ、マジカルステッキの奪還。二つ、一年生の救助。三、敵の殲滅なのだ」

「どうして、んっ、です!? 先輩は持ってるっんじゃ!?」

「奴らが集まる中央校舎には、歴代の魔法少女の武装が眠っているのだ。特に一桁台シングル世代の武器は、エモ力に適正が無い人間を対象にして造られているから、奴らでも使いこなせてしまう。それを防がないと高等部での籠城が崩れてしまうのだ」

「なるほど、そういう意味での奪還なんですっ、うぅんっ、ですね!」

「なんてやらしい喘ぎ声だ誘ってるのか……君のマジカルステッキもその時に回収するのだ。順位は一番が最優先、三番が最後なのだ」

「せめて人格は統一して下さいせんぱ、いんんっ……分かりました。ではクラスメイトの保護は、あんっ、誰が?」


 青メッシュ先輩は私の問いに少し悩んだあと、こう答えた。


「Z組の保護は私が連れてきた子、州柿すがき井鶴いすみちゃんに任せるのだ」

「突入攻撃が近いですが」

「彼女は『テリトリー』という侵入妨害の力を使えるのだ。しかも大人の男ほど効果が高いタイプの」

「なんて都合のいい能力」

「そのために頑張って見繕ったのだ。吾輩を褒めろ」

「ふぁんっ、あんっ、ありがとです、んっ、揉まないでっ……」

「あ、聖獣のダントくん。君はここに残って州柿すがきくんに戦況を伝えて欲しいのだ」

「でも、僕が離れると君たちの連絡手段が」

「ほれ。通信用のヘッドセット。聖獣用の特別製だよ」

「うわぁ凄いモル」


 すると青メッシュ先輩からダント氏に向けて、青く光る無線ヘッドセット――マイクとヘッドホンが一体になったものだ――が手渡される。


「それを付ければいつ逃げれば良いかも分かるのだ。そしてこの場は君の判断力に任せたい」

「ど、どうしてモル?」

「これだけエモ力満ち溢れる後輩くんの聖獣だ、きっと君にも優れた才能が眠っているのだ。だから任せる」

「僕に、才能が……!?」

「吾輩が言うんだから間違いないのだ」

「――ふっ、分かったモル。夜見さん!」

「はいダントさん!」

「ここからは別行動で頑張るモルよ!」

「ええ! 期待してますよダントさん!」


 私とダント氏は小さく拳を突き合せた。

 青メッシュ先輩は州柿先輩にサムズアップをしていた。


『突入三十秒前! 銃、構え!』

「ッ、敵が動くモル! 夜見さん先手を打つモル! カウント無し! ゴー!」

「ブーストッ!」

「え、え? なんなのだ!? なんなのだこれ!? うお速――」


 キィィイイン――ィィィイイイイ――!

 私の中で、思考の加速する音が正しく鳴った気がした。

 予感がする。今回の加速世界への入門はきっと長いだろうと。


「ありがとうエモーションエナジー。翼を授けてくれて」

「うおお、目と口だけが動くのだ。でも他は動かせないし景色が止まってるのだ。わけが分からないのだ」

「先輩この中で喋れるんですか!?」

「後輩くん! これが後輩くんの力なのだ!?」

「はい。詳しくは分かりませんが体感時間が加速した世界です。私だけが動けます」

「ち、チートすぎるのだ! だったら作戦変更! 一階の制圧に動くのだ!」

「待ってました!」


 先輩をおぶって廊下に躍り出た私は、持っている警棒で突入直前のテロリスト部隊をぼこぼこにして行動不能にしたあと、一階の制圧に乗り出した。

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