二章 聖ソレイユ女学院入学式編

第11話 おじさん、変な噂が立つ

「進まへんの? はようクラス確認して行かな、先生に怒られるで?」

「そ、そうですね! 行かなきゃ、ダメですよね!」


 ハッと気がついた私は、同じ新入生らしき子たちの流れに加わった。

 在学生との身長差があるので分かりやすい。

 校舎前ではクラス分けを示す掲示板が大々的に張られていて、私は中等部一年A組だと分かった。おさげの子も同じ組だと言う。


「校舎はどこやろか」

「あ、あっちに案内板を持ってる先輩が立ってます」

「ほんま? うちも連れてってー」


 私はおさげの子に付き添いエスコート役のように扱われつつも、初々しさと無邪気さの残る集団の中、私だけ頭一つか二つほど抜けた身長と精神力があると分かっているので、こういうのは必然、仕方ないんだろうな、と自分なりに納得した。


 校舎に入ってA組に入ると、座席表が黒板に貼ってあった。

 私の座席は一番後方の窓際だ。大体の生徒が大当たりだと喜ぶ位置だと思う。

 おさげの子は前の方の席だったようで、残念そうな顔で私から離れた。


「ねぇ」

「はい?」


 私が座席に着くと、隣の席の女の子が話しかけてきた。

 黒髪の美少女だ。


「さっきの子とはどういう関係?」

「ただの顔見知りです」

「嘘言わないでよ。本当のことを言いなさい」

「ええ……?」


 一体何だと言うのだろう。


「バスで出会って仲良くなっただけですよ」

「どんな風に?」

「ハンカチを貸してもらって、少し話をしただけです」

「ふーん、よく嫌われなかったわね。あの子、意地悪で有名なのよ」

「へぇ」


 あのおさげの子、そういう風に捉えられてるわけだ。


「私は好きですよ、ああいう子。正直になれないところが」

「えっ、あんた変わってるわね」

「もちろん、あなたみたいな子も好きですよ」

「……っ! へ、変な人っ」


 隣の子は机に突っ伏して黙り込んでしまった。

 よし、うまく話せたな。


「女たらしモルね」

「噂話が苦手なんですよ」


 そしてテーブルの上のダント氏に煽られる。

 何にせよ、時間はまだあるのでトイレに向かうことにする。


「あの、お隣さん。一緒にトイレに行きませんか?」

「い、いいけど……? でも変なことしないでよね」

「しませんよ」


 何を考えてるんだこの子は。

 顔が真っ赤じゃないか。


「あと、あのおさげの子も誘って良いですか?」

「え? まぁ、あなたがそう言うなら構わないけど……どうして?」

「誤解を問いておきたくて」

「ゴカイ? ゴカイって何?」

「相手のことをこうだと思いこんでるってことです。でも本当は違うんですよ」

「? よく分かんないけど、あの子がさっきからこっち見てるわよ」


 え、と不審に思って顔を前に向けると、おさげの子が、もの凄い嫉妬ジェラシーの籠もった瞳でこちらを見ていた。

 思わず心の底から震えるような何かを覚えたが、ちょいちょいと手招きするとぱぁ、と笑顔に変えて近づいてくる。


「えらい仲がよろしおすなぁ。やっとうちも混ざれるん?」


 怖い、笑顔なのにめちゃくちゃ怒ってる。

 君のためなんだよ怒らないで……


「一緒にトイレに行きませんか? 話し合いの場を設けたいんです」

「ええよ。話し合うのは大事やもんな」

「え? あんたが素直なんて意外ね……」

「うちも予想外や。トイレに行こか」


 私は二人を連れて教室近くのトイレに入る。

 そこでまず、おさげの子に向かってこう言った。


「おさげちゃん。私は君のことが好きです」

「はぁ!? えっ、な、何言ってるん!? あんたはん何言ってるん!?」

「それと同じくらいにお隣さんの君も好きです」

「ふぇぇぇぇっ!? 突然なにを言い出すのよ!? バカ! 変態っ!」

「いきなり愛の告白とか、ほんま信じられへん! アホ! あんぽんたん! 大っきらい!」


 突然の告白に顔を真っ赤に染めた二人は、トイレから逃げ去っていった。

 隣で飛ぶダント氏からこう言われる。


「あえて火中の栗を拾うモルか……」

「仕方ないんですよ、あのおさげの子がこのクラスで生き抜くには、あのお隣さんとの仲を改善しなきゃならなかった。私はあえて先手を打っただけです。二人はこれから仲良くなれる」

「ん、何を言ってるモル? 本当のクラス分けは入学式のあとの魔力テストだモルよ?」

「え。つまり……」

「別に仲良くさせる必要なかったモル。ただ『夜見さんは女好き』という噂が広まるだけモルよ」

「嘘でしょ初手から間違えた……!」


 私はトイレの壁で嘆いた。

 間違いを訂正しようとクラスに戻ったところ、すでに噂は広まりきっていて、頬を赤らめて潤んだ視線を向ける者が多数を占め、しんと静まり返っていた。

 もはや否定できない雰囲気になってしまっている。


「わ、私はみんなを平等に愛しているつもりだから、困った時はいつでも駆けつけてきなさい! 以上です!」


 やけくそに放った一言で女学生たちはワッと湧き、校内に響き渡るほどの黄色い声が上がった。


 キーンコーンカーンコーン。

 しかも丁度いいタイミングでチャイムが鳴り響く。

 全員が座席に座り、少しして案内係の先輩がやって来て、体育館まで引率されることになった。

 身長順で並ぶことになり、最後尾になれたのが唯一の救いだろうか。


 体育館では式典用に飾られた紅白の横断幕をくぐり抜け、国歌斉唱や式辞、来賓紹介などの式典を行ったあと、担任紹介の前に新入生代表の挨拶が入った。

 ハキハキと喋る金髪の美少女で、とても上手いスピーチだった。

 彼女が教壇から降りる時、ふと視線が合った。

 相手は驚いた上に、恥ずかしがるように視線をそらした。どうして。


 次は担任紹介で、校長や教頭先生も含めて全員女性だったのが印象的。

 彼女たちは『オリジン』と呼ばれる魔法使いの始祖らしく、光の国ソレイユから派遣された賢人でもあるようだ。

 そしてこの女学院を百合園に仕立て上げている元凶でもある。


「ねぇ」

「はい?」

「同性の子が好きって、ほんと?」

「……君は私のことが好きかな?」

「いや、やだごめんなさい、変なこと聞いちゃった……!」


 なんたることか。

 私の噂も入学式のうちに広まりきってしまったようだ。


『――以上を持ちまして、聖ソレイユ女学院の入学式を閉会いたします』


 入学式は教頭先生の閉会の辞で閉められて、私たちは列ごとに順番に退場しクラスに戻ったあと、体育館での魔力テストが始まるまで、つかの間の自由時間を得ることとなる。するとどうなるのか。


「夜見さんおかえりモル」

「ダントさん逃げましょう」

「だめモル。諦めて全てを受け入れるモルよ」

「はぁ~……」


 私はキラキラとした瞳でクラスを覗き込む新入生たちの期待に答えるため、適度なファンサービスを行わなければならなくなるのだ。

 某財宝の塚のパリジェンヌのような訓練は受けていないが、とにかく顔が良いのでこれがまた受ける。笑顔で手をふるだけで声が上がる。


「どうしてこんなことに」

「人の噂なんて七十五日。気にせずに魔法少女らしく振る舞うモル。夜見さんなら出来るモルよ」

「そんなぁ」


 あと二ヶ月半もこの状況が続くのかぁ……

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