第9話 おじさん、通うべき学校を決める

「まさか大量の書類の乗った机を見ただけでエモ力が急減少するとは」

「僕も夢にも思わなかったモル」


 ベッドに横になってダント氏と会話する私。

 山と積まれた願書の影響でエモ力と活動エネルギーがごっそりと削られたのだ。

 今は家政婦さんと執事さんに『この家系に見合わない学校』だけを除いてもらって十数校にまで絞られたので安定している。


「やっぱり記憶消したほうがいいと思うモルよ?」

「そんなことしなくても何とかなりますよ」

「分かったモル。でもいつでも受け付けてるモルよ」

「ありがとです。ねぇダントさん」

「どうしたモル?」

「私が選ぶべき学校って、どう考えても聖ソレイユ女学院だけですよね」

「そうじゃないモル。これは僕側の上層部からの謝罪を込めた最後の問いモル」

「と言いますと?」

「夜見さん、改めて聞くモル。本当に本当に、僕と一緒に魔法少女を続けるんだモルね? 今の上層部は大変なのを分かっているから、『元の姿では無理だとしても、せめて普通の女の子として過ごす道があるよ』と勧めてるんだモル」

「どうしてそこまで問いかけるんですか?」

「コンプライアンスを厳守しているんだモル……」


 ものすごい企業臭のする単語だ……


「光の国ソレイユって企業なんですか?」

「十五年くらい前まではそうじゃなかったらしいモル。闇の組織が現れて光の国が荒れて、この世界に干渉しなきゃいけなくなった結果、エモ力という資源を売買する一つのベンチャー企業連として成り立った、とは聞いたことがあるモル」

「ベンチャー企業連」


 給料はいいし激務だけどやりがいの予感がする単語だ……


「話が脱線したモルね。戻すモル」

「あっ、はい」

「とにかく、上は先の隠蔽工作をとても反省していて、黙って受け入れてくれた夜見さんに無理強いはさせたくない。でも、魔法少女として活躍してくれると期待しているモル。だから改めて選択して欲しいと言っているんだモルよ」

「なるほど……意外と期待されてたんですね、私」

「自己評価が地の底まで落ちてるモルね。期待されまくりモルよ」

「なんでです?」

「いやだって、夜見さんは大人だからだモル」

「そうですかね?」

「社会に入って十数年を仕事に費やし、不平不満を口に出しても表には出さず、休日出勤さえも受け入れて黙々と仕事をこなす夜見さんが大人じゃなかったら、この世から大人は消滅するモル」

「言われてみればたしかに大人だ……」


 私って凄い逸材だったのか……エモ力が湧いてきた。


「私は大人なんだ……」

「なんでエモ力が湧いているモル……?」

「人はね、一人前と認められると自尊心が回復するんですよ」

「えっ、まさか」


 ダント氏は慌てた様子で私の額に手を当て、青い魔法陣で何かを読み取った。


「そうか、そうだったモルか……」

「何がですか?」

「宇宙とは命モル」

「グッター線と同化してませんか?」

「ゲ、だモル。それよりも」


 とことことベッドの上を歩き、ぽすんと座ったダント氏。

 腕を組んで乗り出すように聞いてきた。


「元気になったんだからどの学校に通うか決めるモル」

「あの、それなんですけどね」

「なにモル?」


 私は寝返りをうってダント氏から目をそらしつつ、恐る恐る答えた。


「私って元おじさんじゃないですか」

「そうだモルね」

「だから、おじさんが女学院に通うのって、コンプラ的にどうかなぁって思う節があるんですよね……」

「記憶消したほうが良いなら先に言って欲しいモル」

「ああだめ消さないで……」


 怖がって小動物に縋り付いた私。

 ダント氏は意地悪そうに笑った。


「冗談モルよ。じゃあ、そんな夜見さんに僕から教えることがあるモル」

「教えるって、何を?」

「普通の女子はおじさんよりも下ネタの会話が多いモル。むしろおじさんの夜見さんの方が清楚に見えるほどに」

「えぇ……」

「ドン引いてるんじゃないモル。ともかく、夜見さん。あなたは女学院に行ったら逆セクハラを受ける側だモル。おじさんだからどうのとか、そういう悩みなんて容易く吹っ飛ぶ、女子が夢見る理想の容姿だと自覚して欲しいモル」

「そ、そんなに良い容姿ですか?」

「普通に生まれてたら青春を自惚れて過ごすくらいに顔の良い生物モルよ。そしてもう一度言うモル。普通の女子よりも夜見さんの方が清廉せいれんな性格だモル」

「えぇ……夢が壊れる……」

「だからドン引くんじゃないモル。それに、多少の欠点があったほうが友人ができやすいモルよ。ある意味チャームポイントモル」

「……!? そうか、そうだったんだ――」


 礼儀正しいこの性格は、今まで生きてきた辛い人生は、全てこの日の選択のためにあったのかもしれない。


「分かりましたダントさん。私、聖ソレイユ女学院に入学します」

「本当にその選択で良いモルか? 魔法少女は大変モルよ?」

「何度でも言いますよ、どこだって現実と大差ない世界です」

「分かったモル。じゃあ聖ソレイユ女学院の入学許可証以外は早く捨てて、執事さんに伝えに行くモル」

「はい!」


 私は必要のない願書をゴミ箱に捨て、聖ソレイユ女学院の入学許可証を持って執事さんの元に走った。

 執事さんは夜会と同じで、リビングで待っていた。


「執事さん!」

「お疲れ様でございます、夜見ライナ様。そのお顔を見るに、決心なされたようですね」

「はい! 私は聖ソレイユ女学院に通います! これを!」


 許可証を渡した。

 執事さんは優しい笑みで受け取った。


「承りました。私からライナ様が入学すると伝えましょう。今日はもう遅い時間ですので、このままお休み下さい」

「ありがとうございます! おやすみなさい!」


 深々と一礼し、自室に向かう。


「ああ、夜見ライナ様」

「わわっ、はい!?」

「最後に私からの質問がございます」

「はい、なんですか?」


 すると執事さんが最後にこう問いかけてきた。


「あなたはそこで何を成されますか? 願いを叶えたい? それともただ魔法を使いたいだけ?」

「ああ、簡単なことなんです」


 私は笑顔で返答した。


「私は最光の魔法少女になりたいんですよ。誰もが羨むくらいに眩しい、正義に燃える魔法少女に。だって、ずっと叶わない夢だと思っていましたから!」

「ほぉ……ふふ、素晴らしい心意気です」


 執事さんは今日初めての笑みを零すと、『私も、その夢が叶うことを誰よりも心より願っております』と答え、その場を後にした。


「さっきまで延々悩んでいた人が言うセリフとは思えないモル」

「私にだって理想の魔法少女像くらいはありますよ。ニチアサが大好きですから」


 私の腕に抱かれているダント氏が愚痴をこぼしたので、こちらは愛想笑いを返しつつオタクらしい一面をのぞかせて、共に就寝しに戻った。

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