限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです

蒼魚二三 >゜ )彡))二ヨ

一章 おじさん、美少女になる

第1話 おじさん、僕と契約して魔法少女になってよ

 月末近くの日曜日。

 一人のサラリーマンがぬったりと、コンビニから疲れ切った表情で出てきた。

 手に下げたビニール袋にはキンキンに冷えた缶チューハイとおつまみ。

 彼はゆっくりと歩いて、コンビニの対面にある冴えないおっさんの花園――公共語で言うなら公園に入り込んだ。

 十数メートル四方ほどの公共の場には、近くに会社がある夜勤か、サビ残を控えた社畜たちがまばらに点在している。彼も静かにその一員に加わった。

 しかし気分は良かった。彼だけ明日が休みだからだ。

 カシュ、という祝杯の音を鳴らし、乾いた喉に流し込む。


「はぁー……」


 度数が9%もあるストロング系のチューハイだったので、あっという間に酔いが回った。アルコールに弱い性分も影響している。

 彼はひさびさの高揚感を堪能しながら、ほろ酔い気分で本音を漏らすのだ。


「仕事辞めてぇなぁ……」


 そうしてベンチに座って、酒とつまみを食べていると、白い翼が生えたオレンジのモルモットが左からフラフラと飛んできてこちらを向いた。


「おじさん、僕と契約して魔法少女になって欲しいモル」

「は?」


 幻覚でも見ているのかと自分の顔を叩いたら、そのモルモットは目の前で止まっていて、『あ、自己紹介を忘れていたモル』と再び口を開いた。


「僕は光の国からやってきた聖獣ダントだモル! 今、この世界は闇の組織『ダークライ』に狙われているモル! 以下略」

「はぁ」

「とまぁ、僕がおじさんの前に現れた建前はそんな感じモル。あ、横に座らせて下さいモル」

「どうぞ」


 聖獣ダントと名乗ったモルモットは、明らかに疲れた表情でベンチに降りた。


「はぁー……」

「どうされたんですか?」


 何となく同類の匂いがしたので話しかけた。


「上から今日中に契約を取って来い、来るまで国に帰ってくるな、って言われてましてモル」

「ああ、ノルマ……」

「はい。先程は変なこと言ってすみませんモル。職業柄、挨拶代わりに言う癖が付いているんですモル」

「いえいえ、仕方ないですよ。分かります」


 どうやら彼は、今月分のノルマが未達成だったようで、こんな深夜まで営業に回っていたようだ。

 疲れた体を癒やすようにグッと伸びをすると、ぺたんと丸まってしまう。


「はぁ……」

「ダントさん、どういうお仕事をされてるんですか?」

「僕の仕事モル? 僕は魔法少女の勧誘を主にやってますモル」

「魔法少女の勧誘」

「そうモル。おじさんはどのようなご職業を?」

「私ですか? 私はIT系の下請け社員やってます。しかも名ばかり管理職を。三十五歳を過ぎて。ははは」

「はは……心中お察ししますモル」


 取って付けたような言葉だ。


「お互いに大変ですね」

「そうだモル。末端社員は辛いモル。上位聖獣になりたい……」

「あはは、ですね……」


「「はぁー……」」


 二人は、希望のない人生に嫌気が刺したようにため息をついた。

 気が滅入る会話ばかりだ。話を切り替えよう。


「そうだ、ダントさんの国ってどんな所なんですか?」

「光の国ソレイユと言って、正しい心を持った聖獣たちが住む国モル。女王様が国を収めているモル」

「いい国ですか?」

「いい国モルよ。国中に満ちる草原と、食べても食べても無くならない美味しい果物の木。ああ、女王様のお城の周囲にある色とりどりのお花畑は僕たちの誇りだモル」

「それは良かった」


 しかし、誇らしそうなダントの顔はすぐに暗くなった。


「でも、闇の組織が現れてから『エモーショナルエネルギー』を巡った争いが絶えなくて、綺麗な花畑も、この世界も、戦いの余波で荒廃してきているモル……」

「エモーショナルエネルギー?」

「この世界の人々が生み出す感情の力で、魔法少女の力の源だモル。光の国が繁栄したのもエモーショナルエネルギーのおかげモル」

「ああ、闇の組織と貴重資源を巡っての戦争を……」

「はいモル。でも、僕たちみたいな聖獣のほとんどは、無力でか弱い生き物なんだモル。この世界で暴れまわる闇の組織に対抗するためには、少女と契約し、魔法少女になって代わりに戦ってもらうしか方法がないんだモル」

「なるほど……」


 色々と重い事情がおありのようだ。

 ここは一つ、○ろゆき氏の論法に従って反論して、ダントさんの悩みに解決策を見い出させてあげよう。


「思ったんですけど、どうして魔法少女は少女じゃないとダメなんですか?」

「え? 賢人会議で『魔法を使うのは少女じゃないとダメ』と決まったからモル。だから少女に絞って営業を――」

「それって解釈間違えてますよね? 少女が魔法を使わなきゃいけないだけで、少女に変身させれば誰でもいいってことでしょ? 僕は大人が魔法少女になってもいいと思いまーす。以上」

「……確かに盲点だったモル。その発想はなかった」

「あはは、常識に囚われちゃいけないんですよ、常識に」


 ダントさんの凝り固まった思考を解せたようだ。

 目の前のモヤが晴れたような、とてもスッキリした顔をしている。

 オレンジのモルモットだけど。


 彼は改まってこちらを見た。


「おじさん、お名前は何モル?」

「ああ、私ですか?」


 そう言えばまだ名乗っていなかったことを思い出し、正式に名乗った。


夜見治よるみおさむです。年齢は三十六」

「僕はモルモットの聖獣ダント。夜見さん。あなたさえ良ければ、僕のパートナーになって欲しいモル」

「ビジネスパートナーですか?」

「はいモル。あなたには光の国の広告塔になって欲しい。具体的に言うと魔法少女そのものに。副業としてやらないモルか?」


 ……おっと、その提案は想定していなかった。


「魔法少女の副業……?」

「そうモル。魔法少女になって稼がないモルか? 成功は約束するモルよ?」


 闇バイトの勧誘のようだ。

 だけど私は酔っていたのもあって、勧誘に乗り気だった。


「どうして私を魔法少女に?」

「おじさんに可能性を感じたからモル。未来を切り開くだけの力を」

「具体的な説明をお願いします。メリットは何ですか?」

「マジカルステッキを召喚している間はセクシャルトランスシフトで……まぁつまり一日中12歳から14歳くらいの少女になれるし、活躍すれば沢山の幼女にもてはやされるようになるモル」

「やりましょう。雇用契約書は?」


 マジカルステッキさえ出しておけば若い体でいられて、魔法少女として活躍すればかわいい幼女先輩たちに慕われると聞いては、無条件で契約に同意せざるを得ない。


「この契約書にサインすればいいんですね?」

「はいモル。その前に労働条件を確認して欲しいモル」

「有給制度あり、残業なし、保険適用あり、日給三万円……」


 労働条件、ホワイトすぎでは?


「これで商売が成り立つんですか?」

「エモ力で何とかなるモル」


 なるほど、流石は貴重資源。

 きっと取れた分だけ売れるのだろう。

 高給なのも海外からのスカウトならではだ。


「では『夜見治』で契約、と……――――Zzz……」


 しかし、契約を結んだと同時に強い眠気に襲われて意識を失ってしまう。

 最後に見た光景は、オレンジモルモットの小動物らしい穏やかな顔だった。

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