第46話 何番目?
「婚姻での誓約魔法が無しでいいって、殿下のお立場が悪くなりませんか。もしかして私と結婚するの、命懸けだったりします?」
「それほど大袈裟なものではないよ」
とさらりと言う。
「なんでそこまでしてくれるんですか?」
するとユリウスが顔を赤らめる。
「お前が好きだと言っているだろう。何度言わせるんだ」
「友情ではなく?」
彼は友情に篤いので、一応確認しておく。
「愛情に決まっているだろ」
やるせなさそうにユリウスが言う。
「えっとそれはいつごろからですか?」
彼は眉根をしかめる。話したくなさそうだ。
「そんなこと覚えているわけがないだろう。子供の頃からかも知れないし……。そうだな。強いて言えばお前が私のそばから消えてブラットとよく一緒にいるようになって、自分の気持ちに気づいたというか。どうしようもなく、いらいらしたんだ。お前はブラットと仲良くしているし、私を避けているようだし」
「そんなに一緒にいましたっけ?」
シャロンにはあまり覚えがない。
「いた! それから、シャロンが気になって気になって仕方なくなった」
といって俯いた。金色の髪からのぞく耳が赤くなっている。
「ち、違いますよ。友人としては好きですけれど。あの、もしかして、やきもち焼いてたんですか?」
「うん」
素直に頷くと黙ってしまった。なんだか、シャロンまで赤くなってしまう。
「私もあの香水の影響を受けてたように思う。お前と過ごしたあの一夜ではっきりと目が覚めた気がした」
「だから……その話はやめてくださいって」
そこで、ふとひっかかりを覚える。
「そういえば、あの時『遺憾だが、君と結婚せざるを得ない』とか言っていませんでしたっけ?」
「当然だ。あんな形で求婚などしたくなかった。もっと普通に告白してから……」
「なんて紛らわしい言い方をするんですか」
シャロンは怒るより、脱力してしまった。圧倒的に言葉が足りない。この人は器用そうに見えて、どこか不器用なのかもしれない。
「それで、シャロンにとって私は何番目なのだろう?」
「は?」
シャロンが顔をあげるとユリウスの美しいサファイアの双眸に見つめられていた。
「母に言われたんだ。君が一番大切なのは家族だと。私はどうしたって、三番手以下にしかなれないと。それは分かっているし、当然のことだと思う。だが、不思議なことに君がそばにいるだけでいいと思いながら、一番愛されることを望んでしまう。私も結局あの人と同じなのかもしれない」
彼の言葉が胸を締め付ける。ドキドキするよりも切なく悲しく感じられるのはなぜだろう。
しかし、何か言わなければと、慌てたシャロンの口から出てきた言葉は……。
「そんな。順番だなんて……犬みたいに」
「おい、犬とはどういう意味だ」
言い方が悪かったとシャロンはさらに焦った。
「ほら、犬って群れの中で順番決めたがるじゃないですか?」
「まあ、確かに、それと同列に比べられるのは不本意ではあるが、狼でもいいわけだし、なんで犬なんだ」
ちょっと不満そうにユリウスがぶつぶつと文句をいう。
「それって引き算だと思います」
「引き算?」
「はい、引き算です。たとえば、子供が5人いるとして、そんな風に順位をきめていったら、それこそ5番目なんて愛情残ってないと思うんです」
「まあ、極端ではあるが、そういう考え方もあるかもしれない」
「だから、愛情は足し算なんです。たくさん大切な人が増えていって。その人達を絶対守るって思って、頑張れるんです」
「シャロン、君は……」
ユリウスが驚いたように目を見張る。
「偉そうにいっていますけれど、母からの受け売りです。実は弟が生まれたばかりの頃とても病弱で母がつきっきりだったんです。そんな母が大変なときに私ったら、やきもちをやいたりして。
でも母に愛情は増えていく素敵なものなんだって言われたら、すっきりして。弟も天使みたいに可愛いし。ああ、大好きな家族が一人増えてすごく幸せだなって……。そこで学んだはずなのに、バンクロフト様と仲良くする殿下を見てすっかりやきもちを焼いてしまいました」
シャロンは少し気恥ずかしかった。短命だった前世でも、今世でも家族に愛された彼女には、ユリウスの孤独は計り知れない。
「なるほど、お前も犬だな」
といってユリウスが眩しい笑みを見せた。そしてそっとシャロンの手を取ると、まるで壊れものでも扱うように大切に包み込んだ。
「それで、バンクロフト様はどうなったのですか?」
シャロンはそれが気になっていた。
「ああ、彼女は修道院送りになったよ。媚薬の件は母と結託していたからね。庶民であれば本来絞首刑だけれど、光の魔力を持っているものは処分も特例なんだ」
シャロンにはそれほど甘い処分とは思えない。
「なぜ、バンクロフト様は、そんなリスクを冒したのでしょう?」
「自分は騙されたと言っていた。疲れが取れる薬だといって渡されたと主張している」
ふとそれが本当だったらとシャロンは思う。ララはどこか、掴みどころのない少女で、心の底に悪意があるのか、ないのか、いまだに判断しかねている。普通の人と心のありようが違う気がしてならない。
「あのバンクロフト様とお話しできないでしょうか?」
「それはやめておいた方がいいだろう、お前が不快な思いをするだけだ」
ユリウスが柳眉をしかめる。
「それでも。もしも、バンクロフト様のおっしゃる通りだとしたら? 今はどちらにいらっしゃるのですか?」
「明日の夕刻、修道院に移送されるから、それまで城の地下牢にいる。シャロン、私はすすめない。実家に帰って少し休んだらどうだ? ショーンが心配なんだろう。それと、しばらく学園の寮にもどるのはやめたほうがいい」
ユリウスがぎゅっとシャロンの手を握る。心配が伝わってくるようだ。彼の気持ちは痛いほど分かるが、どうしてもたしかめたいことがある。
「あの修道院と言ってもどういう場所でしょう? 貴族が行くような場所でしょうか? いろいろとありますよね」
シャロンが問うと、ユリウスが口元を微かに歪めた。恐らく劣悪な場所だろう。多分、牢獄並みかそれよりも悲惨な……。
「もし知らずにしたことなら、少し重い罪のように思えますが」
「シャロンは優しいんだね。それから、母はあれだけのことをしたが、領地に幽閉だ」
「え?」
ユリウスが皮肉な笑みを見せる。
「表向きには病気という事で話が付いている。当然、君の父上は納得してはいないだろう」
つまり、王妃が毒を入れたという事実は伏せられるのだ。
王よりも強い存在感を放ち、王宮に君臨していた王妃が城にいなくなるという事が、シャロンには不思議だった。
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