第8話 広すぎるパーソナルスペース
その後、シャロンはユリウスとその仲間たちとエンカウントしないように最大限の注意を払った。
彼の様子も少しおかしいうえに、いつでもララがそばにいる。そのうえシャロンを煙たそうに扱うご学友という名の取り巻きたちも嫌だ。
だいたい王子にシャロンと距離をとるようにしつこく言っていたのは、宰相の息子のパトリックだ。そしてララを新たにグループに加えたのはこの国の軍部をつかさどるホーキンス家の息子ニックと富豪伯爵の息子ロイである。
ララがきてからはとてもいづらくなって、ここが乙女ゲームの世界と酷似していることに気づいてからは、彼らから離れるようにしていた。
つまりグループを出てから一週間以上が経過したが、誰も呼び戻しに来ない。シャロンはそんな存在だ。
幸い彼らは、魔法の実践が得意でアドバンスクラスをとっているので、授業は必修のマナークラスと魔法基礎実践しか被らない。
だが、一番辛いのは王子とララが仲睦まじげにランチを食べる姿をみること。
もちろん二人きりではない。取り巻き達もいる。この国の第二王子であるユリウスは、女性と二人きりにならないようにいつでも細心の注意をはらっているし、パトリックたちもそれがわかっていてフォローしている。
しかし、ララがいたあの場所に今まで自分がいたかと思うと辛くて悔しい。
思い余って、いつもの食堂で昼食を食べるのをやめ、地下食堂にいった。
そう、腹が立つなら目にしなければいいだけだ。
しかし初めて来た地下食堂に戸惑った。
メニューはリーズナブルで庶民的、シャロンが食べたことのない料理がいっぱいある。皿一つにいろいろな料理を乗せているようだ。これは前世でいうとワンプレート料理だろうか?
セルフ式で給仕もつかないので、スープとパンとサラダをプレートに乗せて適当にテーブルを選んで座った。茶も自分で入れる。
そしてシャロンは食堂で己のパーソナルスペースの広さに愕然とする。
食堂は混雑しているのに、彼女の周りだけ人がいない。明らかに地下食堂から浮き上がっている。
周りの者たちが、侯爵令嬢が一人で食事するのを見て見ぬふりしてくれている。その思いやりが、逆にいたたまれない。
ついうっかり、いつもの癖で真ん中の目立つ席に座ってしまったが、今度からは彼らの迷惑にならないようにはじっこで食べようと固く決意する。
シャロンは空気のように存在が薄く、好かれる悪役令嬢になることにした。
しかし、その目論見も午後の授業が始まる前には吹き飛んだ。学園の磨き上げられた廊下を歩いていると、
「まあ! シャロン様! あの舞踏会での夜はどうでした?」
と伯爵令嬢イザベラに捕まってしまった。
「そうそう、舞踏会で突然殿下と二人で消えましたよね?」
とバーバラが言う。
「ララ様から殿下を奪う姿をみてすっきりしました」
そう彼女たちは悪役令嬢シャロンのお友達兼取り巻きなのだ。
そして断罪ではだんまりを決め込み、あまつさえ悪行の証言をした者たち。
あっという間に十人くらいの女生徒達に囲まれた。シャロンは己のプライドと命を天秤にかけて答えをはじき出す。
「ええ、強引なことをして、殿下にはとても怒られました。もうおそばには近づけなくなりました」
シャロンがはっきり、そう言うと、一瞬辺りがしーんと静まり返った。いつものプライドの高いシャロンがそんなことを言うとは思わなかったのだろう。呆気にとられている者もいる。
「まあ、シャロン様、おいたわしい」
大袈裟にバーバラが言う。前世を思い出したせいか彼女たちが信じられない。その瞳には好奇心の色が見え隠れし、どことなく楽しんでいる様に思える。
「本当に、シャロン様は優秀でお美しい方なのに、なぜ、ララ様ばかり殿下方に贔屓されているのでしょう?」
「不思議ですわ。どう考えてもシャロン様の方が殿下にぴったりなのに」
取り巻きの令嬢達は口々に言うが、不思議でも何でもない。
稀有な光魔法の才能を有し、天才肌のララは魔法実践で目覚ましい成績を収めている。そのうえシャロンにはない可愛らしさで、親衛隊まで出来そうな勢い。高位貴族の男子生徒と一部の女子生徒はララを賞賛している。
いったい、シャロンのどこにララに勝てる要素があるのか。ここはヒロインの為の舞台装置。負け確定の悪役令嬢に魅力などあるはずもない。
前世を思い出したせいで、今までの過剰な自信はバキバキにおられた。
光魔法を持つララの方が優秀で、愛らしいのは一目瞭然なのに、なぜか彼女たちはシャロンを過剰に褒める。
今まで、それを当然のこととしてうけとめていた自分もどうかしていた。
前世を思い出す前は、取り巻きを連れて歩くことに疑問を感じなかったが、今は違和感がある。だから、彼女たちとは少し距離を置こうと考えた。
それに派手な取り巻きたちを連れて歩くと、とても目立ってしまう。存在感のない悪役令嬢を目指しているのにこれでは悪目立ちだ。
そのままヒロインの敵役軍団ではないか。これでは数にものを言わせてララを苛めたと言われかねない。
という事で、シャロンは一人ひっそりと地下食堂で食事をして、化粧室にも取り巻きに見つからないようにひっそりといくようになった。
しかし、そのせいで幸か不幸か、取り巻きたちの本音を聞く羽目になってしまったのである。
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