第3話 毒入り? いいえ、違います
なんとか王子を別室に連れこんでお願いするように命令する。
「さあ、早く解毒をしましょう。治癒魔法師をよんでください!」
この豪奢な控室には、王族専用の緊急連絡のための魔道具が取り付けられているのでシャロンはここまで彼を引っ張って来たのだ。事は急ぐが毒を盛られたなど公にしていいものではないだろう。
そして控室はふつうに休む場所でもあるし、ときには情事が営まれる場所でもある。王子をそんなところに連れ込んだら騒ぎになりそうだが、後から他にも人がいたと言えば問題ないだろう。
さっさと治癒師を呼んで、ついでに自分も助けて欲しい。というか、ぜひとも毒に耐性のない自分から助けて欲しい。
「殿下?」
王子に再度声をかけても反応がない。
今さっきまで怒りに頬を染め威勢よく怒っていた王子が、息も荒くテーブルに手を突き、床に片膝をつく。
「ひいい、大丈夫ですか!」
シャロンの口から情けない悲鳴が上がる。もう毒が回って来たようだ。どう考えても怒り過ぎて早く毒が回ったのだろう。高スペックのはずなのに意外に間抜けな人だ。
「殿下、せめて奥のベッドに移動できませんか? それが無理ならば、そこの長椅子に横になってください!」
声をかけるもユリウスは一歩も動けなさそうだ。
これはまずい。残念ながら、緊急用の魔道具は王族の魔力に反応するようになっていて、シャロンでは扱えない。
だが、しかしこのままでは彼に毒を飲ませた犯人にされてしまう。
今まで散々ストーカーのように王子を追い回してきたのだ。ここで死んだら、王子と心中を図ったとして、ソレイユ家がとり潰しになってしまうかもしれない。
いや、そんなことより毒に強いはずの王族がこんなに苦しむとは、いよいよ自分も最後だろうか。
シャロンはまだ死にたくないので自力で治癒師を呼ぶべく急いでドアに飛びついた。
「今から、治癒師を呼んで参ります!」
しかし、その時、がしっと肩を掴まれた。びっくりして振り返ると息を荒くした王子がのっそりと立っていた。そして彼はなぜか部屋にカチャリと鍵をかける。
「はい?」
驚いてシャロンは目を見張る。
「どうやら手遅れのようだ」
そういうユリウスの頬は赤く上気し、瞳には怪しい光がさし、玉のような汗をかいている。
それが妙に色っぽい。
「え? あのそれはどういう?」
呆気にとられシャロンはユリウスを見上げる。
「これは毒ではない。媚薬だ。お前も体がほてってこないか」
言われてみれば、なぜか体が熱い。そしてふわふわと気持ちがよい。
周りの風景がゆらゆらと揺れている。
酩酊感に浸っている間に王子に寝室に連れ込まれてしまった。
もの音に目を覚ます。あたりはまだ暗い。
体中が軋むように痛い。
「シャロン、起きたか?」
意外に近くから聞こえてくるユリウスの声に目覚めた。
「……え」
声を出そうとするのに喉がかれて上手く声が出ない。端的にいえば、王子と同じベッドに寝ていた。
殆ど媚薬のせいで記憶は飛んでいたが、気持ちがよかったことは憶えている。事後であることは確定だ。
その瞬間シャロンの頭がクリアになる。
「殿下! 何をしているのです!」
「いや、これは……どう申し開きをしたらいいのか。違うな、そうではなく」
シャロンはユリウスの言葉をすぐさま遮った。
「そういうのいらないから、いますぐ避妊薬を持って来てください!」
「え?」
いつもは聡い王子がきょとんとする。
「王家には超強力な避妊薬があるときいています! それをさっさと持って来て下さい!ほら、早く!」
現王の火遊びが酷かったため、それが無益な争いの火種となり、王家では最近強力かつ安全な避妊薬が開発されたばかりだ。それこそひと瓶で王都の屋敷が一件買えるほどの値段だと聞いている。
「あ、いや、こうなったからには、私に責任がある。遺憾だが、君と結婚せざるを得ないようだ」
凛々しいが苦渋に満ちた表情で言う。顔がいいので胸に響くことは確かだが……遺憾で婚約して処刑される未来しか見えない。
というか毒をもった覚えはないから、婚約破棄からの冤罪、処刑のフルコンボ。きれいな見かけのくせにこの王子はなんて非道なのだろう。助けてあげたのに! シャロンはぎゅっと拳を握る。
乙女ゲームでは毒薬となっていたのに、まさかの媚薬。しかし、今は考えている時間はない。
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