悪役令嬢は王子様の婚約者になりたくない~営んだ後ですが責任なんて取らなくてけっこうです!

別所 燈

第1話 前世の記憶は唐突に

 ――アルテイ王国の王都アルティナ


 今宵、アルテイ王国王都バラトレア随一の王立アルテイ魔法学園では、離宮を借りての毎年恒例の舞踏会が開かれていた。


 この学園では、生徒の七割を貴族が占めている。なぜなら魔力を持った者は貴族に偏っているからだ。


 その中にあってララは元庶民ではあるが、魔力持ちとして生を受け、十四歳の時に非常に稀な光魔法の才を発揮した。


 その後、紆余曲折をへてバンクロフト男爵家の養女になり、一年間魔法の訓練をうけた後、特待生としてこの魔法学園に編入を認められた。



 そして、編入から半年が過ぎた今、同学年である第二王子ユリウスの覚えもめでたく、二人寄り添ってダンスをしている。


 それを影から悔し気な目で見つめる令嬢がいる。侯爵令嬢シャロン・ソレイユだ。


 十五歳で入学した王立アトレ魔法学園での成績は優秀で、ララが現れるまでは第二王子ユリウスの有力なお妃候補と目された。

 艶やかな銀髪に、紫色のアーモンド形の眼をもち、整った目鼻立ちにきめ細かい白い肌をもつ。だが、その美貌は残念なことに冷ややかで人を寄せ付けない。



 対して、ララはその優秀さと愛らしい容姿も相まって、あっという間に王子とその取り巻きたちの懐に飛び込んだ。


 気づけば、シャロンがいた場所には今ではララがいて、彼女の居場所はなくなっていた。もちろんその一因にはシャロンの王子へのアプローチがしつこかったという事もある。



 シャロンは仲のよい第二王子とララのようすを遠目に眺めながら、一週間前に起こったことを思い出す。


 ララとユリウスの仲の良さに悶々とした学園生活を送り、休日に寮からタウンハウスに帰った。


 シャロンは嫉妬で何も手につかず、始終機嫌が悪い。実家でいつになくメイドに当たってしまった。


 そのとき慌てたメイドのミモザがシャロンのお気に入りのティーカップを割ってしまった。


「何をやっているの?」


 叱責するシャロンに驚いたミモザは割れた破片で指を切ってしまう。たらりと流れる赤い血を見た瞬間、脳内に電撃が走り、不思議な音楽とタイトルロールが頭の中に流れた。


 これは何? 


 シャロンは一瞬愕然とした。


 直後、彼女は思いだす。この世界が前世でやった乙女ゲーム「王都の夜に愛を紡ぐ乙女」と同じだと。


 ヒロインはララ・バンクロフト。攻略対象者は金髪碧眼の美貌の第二王子ユリウス、宰相の息子で濃茶の髪を持つ知的な美形グラハム公爵家嫡男パトリック

 王国軍を束ねるホーキンス侯爵家嫡男で赤髪の美丈夫ニック、大富豪のバーラント伯爵家嫡男で、闇色の髪をもつ影のある美形ロイ。


「え? ヒロインは私ではなくてララ? それなら私は・・・」


 怒涛のようによみがえる記憶にシャロンの顔が恐怖にゆがみ、頭をガンと打ったような衝撃を受けた。



「シャロン・ソレイユ、貴様との婚約を破棄する!」

 朗々とした声でそう言い渡すのは美貌の第二王子ユリウス。


「何を言っているのです。婚約は家同士の契約そんな簡単に破棄できるものではありませんよ」

 シャロンが冷たく切り返す。


「罪人を王室に入れるわけにはいかない」

「罪人? 身に覚えがありませんが?」

 シャロンは柳眉をしかめ否定する。この時の悪役令嬢はまだ余裕綽々だ。


「お前はここにいるララ・バンクロフトを躾と称して苛め、更には彼女の鞄や服を捨て階段から突き落とした。まかり間違えば、彼女は命を落としていたかもしれない」


 この言葉にもシャロンは氷のような微笑を浮かべる。


「確かにバンクロフト様には躾は必要かと思います。が、私はいじめなどという卑しい真似はしておりませんし、階段から突き落としてもいません。その程度で罪人などと、たかが、元庶民の男爵令嬢ごときに……」


「ええい、だまれシャロン・ソレイユ!」


 激昂したニックがシャロンの言葉を遮り、己の剣の柄に手をかける。舞踏会場に緊張が走り、一触即発の状態だ。


「やめろニック。お前の剣をけがす必要はない。ソレイユ嬢、君はララと王族である私を害そうとしたことも忘れてしまったというのか? この期に及んで見苦しい」


「は? 害する? 殿下を?」

「そうだ貴様は……」


 そこまでシャロンの脳内の回想が進んだ時、ミモザに現実世界へ引き戻された。


「お嬢様、どうなさいました」

 心配そうにシャロンを見る。


 ――ミモザ。

 そうだ、あの後ソレイユ家は没落し、屋敷は焼き討ちにあい、父と可愛い弟は儚くなり、シャロンは罪人として裁かれた。


 そして、今目の前にいるミモザはシャロンを最後まで見捨てなかった。あの不衛生で汚い地下牢にきて、処刑前に体を拭いてくれようとした。皆が手のひらを返すなかでミモザだけが、シャロンとその家族の為に涙を流してくれた。


 その彼女がシャロンが割ってしまったティーカップを片付けようとして指を切り血を流している。


「ああ、ごめんなさい、ミモザ、私ったら、ごめんなさい。指痛むでしょう?」


 最後まで味方だったミモザを抱きしめた。

 ミモザはわけも分からず目を白黒させていたが、「大丈夫ですよ。お嬢様」といって背中をさすってくれた。


 優しい彼女の為にもソレイユ家の没落は避けなければならない。


 ――私は嫉妬に狂ってララを苛めたりしない。今はまだ大丈夫なはず。


 確かに挨拶ひとつできなくて、馴れ馴れしい口をきく彼女に二、三注意をしたことはある。


 すでに王子やその学友からはまだ貴族の生活に慣れていないのだからそんな厳しくいわなくてもと注意されているが、今ならまだ間に合う。


 シャロンは、まだユリウスの婚約者になっていないのだから。



 しかし、次の日目覚めると、やはり前世というものには半信半疑で、人名や爵位、人間関係などいろいろと確かめてみた。


 結果、思い出せるすべての事が、前世プレイしていた乙女ゲームと一致してしまった。


 やはりここは乙女ゲームの世界と全く同じで、自分は悪役令嬢に転生したのだと悟った。


 多分、大丈夫。シャロンは今後は一切彼らとかかわらないと心に決めた。

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