第33話 たった三文字が言えなくて
学校に着いた俺と岩橋さんに、既に教室に入っていた和彦と由美ちゃんが笑顔で手を振った。
「よう、ご両人。朝っぱらからお熱い事で」
和彦が言うが、お前等だって十分お熱いじゃねーかよ。そう思った俺の頭にヒラメキが走った。
「和彦、後でちょっと良いか?」
俺が思い付いたのは、既に「由美」「カズ君」と呼び合っている和彦に相談しようってコトだ。さすがに岩橋さんと由美ちゃんの前では相談しにくいから後でゆっくり話を聞いてもらおうかと。和彦は妙な顔をしていたが、俺の真剣な顔を見て首を縦に振ってくれた。
「おう、何か知らんが付き合ってやるよ」
ほっとした俺だったが、岩橋さんと由美ちゃんは変に思ってないだろうな? と少しばかり気になったが、ココは深く考えないでおこう。
一時間目が終わり休み時間、俺は和彦を誘って校舎の屋上に出た。別に階段でも廊下でも良かったんだが、こういう話はやっぱり屋上でしなきゃだろ。
「で、どうしたんだ?」
和彦が尋ねると、俺はストレートに聞いた。
「どうやったら名前で呼び合えるんだ?」
「はあ?」
何言ってんだコイツ? という顔の和彦。どうやら質問があまりにもストレート過ぎたみたいだ。あらためて俺は聞き直した。和彦達がどんなきっかけで名前で呼び合う様になったのかを。そして本音を話した。俺も岩橋さんを名前で呼びたい、岩橋さんに名前で呼んで欲しいんだと。
「そんなモン、いつの間にか、自然に呼ぶ様になっただけだろ」
和彦は笑うが、そんなモノなのか? 「自然に」ったって、突然「岩橋さん」って呼んでたのを「沙織ちゃん」って呼んだら不自然過ぎるだろ。
悩む俺に和彦は一つアドバイスをくれた。
「考え過ぎんな。お前が名前で呼びたきゃ呼んでみれば良いんだよ」
そうか、俺は考え過ぎなのか。俺が名前で呼べば岩橋さん、いや沙織ちゃんもきっと名前で呼んでくれる。そもそも俺は告白する時だって考え過ぎた結果、沙織ちゃんの方から言わせる直前まで行ってしまった前科があるからな。もう沙織ちゃんにあんな思いをさせる訳にはいかない。よし、今日中に名前で呼んでやるぞ!
決心した俺の目が変わったらしく、和彦が心配そうな目で言った。
「おい明男、どうした? 俺、何か変な事言ったか?」
和彦……そんな目で俺を見て、そんな事言わないでくれよ。決心が揺らいちまうじゃねーかよ……
そして昼休み。俺と岩橋さんは和彦と由美ちゃん、つまりいつもの四人で弁当を食べていたのだが、今日は何か違和感と言うか、和彦と由美ちゃんの様子がおかしい。おかしいと言ってもギスギスしている訳では無い。逆にいつもより仲が良さそうに見える。
「なあ、由美」
「なぁに、カズ君」
「…………なんだってさ。知ってたか、由美」
「へぇ、ちっとも知らなかったわ、カズ君」
「そっか。でも色々と面倒臭いよな、由美」
「本当ね、カズ君」
何の変哲もない会話にも聞こえるが、何か妙な感じがしてならない。すると和彦がいきなり俺に話を振ってきた。
「明男はどう思う?」
いや、「どう思う?」って言われても、お前等の様子が何かおかしくて、会話が頭に入って来て無いんだよ。でも、何か『面倒臭い』とか言ってたよな。
「ああ、まったく面倒臭いよな」
俺が取り繕う様な返事をすると和彦はうんうんと頷きながら更に言った。
「やっぱりお前もそう思うだろ、明男」
和彦が言い終わると、今度は由美ちゃんが岩橋さんに問いかけた。
「沙織ちゃんはどう思う?」
「そうね、面倒臭いとは思うんだけど、仕方が無いんじゃないかな?」
岩橋さんはちゃんと和彦と由美ちゃんの話を聞いていた様で、少し自分の意見を付け加えて由美ちゃんの問いかけに答えた。
「そうね、確かに仕方が無いかもしれないけど……やっぱり面倒臭いわよね、沙織ちゃん」
由美ちゃんの言葉で遂に俺は違和感の正体に気付いた。コイツ等、さっきから名前呼び過ぎだ。って言うか、言葉の端々に必ずと言って良い程名前を入れてやがる。
ようやくそれに気付いた俺が和彦をじーっと見ていると、和彦は臆面も無く言いやがった。
「どうかしたか? 明男」
まだ『名前推し』を続ける和彦。しかも目が何かニヤケている。俺にはわかる。和彦がこの目をする時は、何か企んでいる時だ。
「変な加藤君。ねえ、沙織ちゃん」
ココに来て、更なる由美ちゃんの『名前推し』が追加された。見れば由美ちゃんも和彦と同じ目をしている。
ココで俺はやっと和彦と由美ちゃんの真意を理解した。名前を連呼する事で、俺が岩橋さんを『沙織ちゃん』と呼べる様な空気を作ろうとしているのだ。って、由美ちゃんが協力してるという事は……和彦、由美ちゃんに話しやがったな。どうりで二時限目と三時限目の休み時間に二人揃って姿が見え無い訳だ。やってくれるじゃないか、この策士達め……どうもありがとう。
だからと言って、そうおいそれと名前で呼べる訳でも無い。
「ねえ、さ……」
『沙織ちゃん』と言う筈だったのだが、やっぱり『お』と『り』の音が出せなかった。
「さ……さんまの季節だねぇ」
前回の『さくらぼ』に続いて今回は『さんま』かよ……俺って本当にバカだな。そんな俺に岩橋さんは名前を呼ぶ事も無く、聞き慣れた呼び方で言った。
「加藤君、さんまって、秋の味覚だと思うんだけど……今は夏よ」
はい、知ってます。さんまが秋の味覚だという事も、今が夏だという事も。夏の味覚と言えば、やっぱり鰻かなぁ……なんて現実逃避している場合じゃ無い!
「ははっ。そうだね、さお……」
よし、後は『り』の音だけだ! だがしかし、やはり俺は『り』の音が出せなかった。
「サヨリだよね、夏と言えば」
『沙織』と『サヨリ』響きは似ているな……って、無理があり過ぎるだろ!
「サヨリの旬は春よ。加藤君、どうしちゃったの?」
岩橋さんが心配そうに俺の顔を見つめた。大きくて綺麗な瞳に吸い込まれそうだぜ。それにしてもサヨリって春が旬なのか。それは知らなかった。いや、そんな事はどうでも良い。俺は岩橋さんを『沙織ちゃん』って呼びたくて、岩橋さんに『明男君』って呼んで欲しいんだ。あ、『アキ君』ってのも良いかも。あと、『あっくん』ってのも捨てがたい。
そんな俺に遂に和彦が笑いを堪えきれなくなった様だ。
「明男、まあそんな焦んなや」
キョトンとする岩橋さんをよそに和彦が笑いながら弁当を掻き込むと、由美ちゃんも意味ありげに笑っている。そうだな、今日中ってのは無理があったか。よし、目標を今月中に変更しよう。そう思った俺は数日後にちょっとした出来事が起こり、その出来事をきっかけに俺と岩橋さんの仲が一気に進展する事になるとは思いもしなかった。
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