第16話 はしゃぐ岩橋さんと俺。コレって夢じゃ無いよな?

 広い園内を歩き、俺と岩橋さんは『にゃんふらわあガーデン』にたどり着いた。


「うわあっ、綺麗!」


 一面に広がる花畑に岩橋さんは目を輝かせた……んじゃないかな? 前髪で目が隠れているのだから断言は出来無いが、少なくとも岩橋さんのリアクションを見れば喜んでいるのは間違い無いだろう。


 それにしても女の子って花が好きだよな。俺は花になんか興味が無いから咲いているのが何の花なのかは知らないが、色とりどりの花に囲まれて嬉しそうな岩橋さんを見ていると、俺も楽しくなってくる……って、朝から十分楽しいんだけどな。

 ニコニコしている俺に、岩橋さんは恥ずかしそうに言った。


「あっ、ごめんなさい。私ばっかりはしゃいじゃって」


「いや、楽しそうな岩橋さんを見てると、こっちも楽しくなってくるよ」


 謝る岩橋さんに答えた言葉はもちろん俺の本音だ。嬉しそうな岩橋さんを見ていると心が癒される。すると岩橋さんは、俯き加減で言って口元に微笑みを浮かべた。


「私、友達とこんな所に来たの、初めてだから嬉しくって」


 岩橋さん、男共(和彦を除く)にあんな扱いを受けてもそんな顔で笑えるんだ。まあ、今の岩橋さんにとって大事なのは男子より女の子の友達なんだろうな。それにしても『友達とこんな所に来たの初めて』だなんて、本当に友達がいなかったんだな。岩橋さんは過去にいったい何があったって言うんだろう? やっぱり前髪で顔を隠しているのと関係があるんだろうな。あっ、もしかして岩橋さんのかわいさを妬んだ女の子が誰も友達になってくれなかったとか? 女の子同士って面倒臭いらしいからな。


 なんて思ったと同時に俺と岩橋さんはやっぱり友達でしか無いんだよなと痛感した。早く友達以上になりたいものだ。その為にも今日は岩橋さんをしっかり楽しませてあげないとな。


「じゃあ、今までの分も取り戻さないと。思いっきりはしゃいで良いんだよ、俺もはしゃぐからさ」


 俺が優しく言うと岩橋さんは顔を上げた。その口元には笑みが浮かんでいるが、頬には一筋の水跡が描かれていた。うわっ、俺、何かマズい事言っちまったか? そんな訳無いよな、岩橋さんは涙が出るぐらい嬉しかったんだよな。そうだ、うん、きっとそうだ……

 焦った俺だったが、岩橋さんは恥ずかしそうに帽子のツバに手をかけ、ただでさえ前髪で隠れている顔をより隠すかの様にぐっと目深にかぶり直すと声と肩を震わせて言った。


「ありがとう、加藤君」


 その姿の可愛さ、愛らしさは、もう反則と言っても過言では無いぐらいに俺の心に突き刺さった。だが、俺が見たいのは笑顔の岩橋さんだ。


「何言ってるんだよ。さあ、もっとはしゃごうよ!」


「うん!」


 俺の言葉で岩橋さんに笑顔が戻った。ここで岩橋さんの手を取って歩き出せれば良いのだが、もちろんそんな勇気は俺には無い。せっかく和彦と由美ちゃんがチャンスを作ってくれたのに……ああ、根性無しの自分が悲しい。ちょっと自己嫌悪に陥ったが、岩橋さんの言葉で俺はすぐに復活した。


「私、コーヒーカップに乗りたいな」


『コーヒーカップ』ってのは、その名の通りコーヒーカップの形を模したどっちかと言うと子供向けのアトラクションだと思われているが、その反面、アニメとかドラマでは子供っぽい彼女に付き合って彼氏が嫌々ながらも乗ると言う、メリーゴーランドと並ぶカップルの王道的な乗り物でもある。その『コーヒーカップ』に岩橋さんは乗りたいと言うのだ。


「実はマップを見た時から思ってたの。コーヒーカップに乗りたいなって」


 園内マップを見直すまでも無く、花畑の向こうにそれらしき物が見える。もっとも俺は岩橋さんばっかり見ていたので今まで気にも留めていなかったのだが。


「恥ずかしいよね、嫌……かな?」


 岩崎さんが言うが、全然嫌じゃ無いです。コーヒーカップだろうがメリーゴーランドだろうが喜んでご一緒させていただきます。


 俺は迷わず答えた。


「よし、じゃあ二人で乗ろうか」


「うん!」


 俺の答えに喜ぶ岩橋さんだが、敢えて『二人で』という言葉を使って答えた俺の気持ちは届いただろうか? って、ダメだな、こんな事を考えている様じゃ。好意はしっかりと伝えなけりゃな。

 そんな風に相変わらずウジウジしている情けない俺の耳に岩橋さんの弾んだ声が届いた。


「今日ははしゃいでも良いんだよね?」


 岩橋さんがはしゃぐ姿なんて想像も出来ないな。そう思った瞬間、俺の目に信じられない光景が映し出された。

 岩橋さんが駆け出したかと思うと少し走った先で振り向き、俺に手を振りながら叫んだのだ。


「加藤君、早く早くー!」


 それはまさに俺が夢に描いた光景だ。この夢(と言うか妄想)の続きは、追いかけて駆け出した俺と岩橋さんが手に手を取ってコーヒーカップまで走るというモノだが、現実はそこまで甘いモノでは無い。追い着いた俺の手を岩橋さんが取る事など無く、かと言って俺が岩橋さんの手を取る勇気も無い。俺は岩橋さんの少し後ろを突き従う様に走るしか無かった。


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