第11話 迷惑だなんてとんでもない!
なんとかプレゼント(と言う程の物では無いが)を突っ返される事も無く、無事受け取ってもらってほっとした俺は並んで歩く岩橋さんの横顔をチラっと見てみた。鼻はそう高くも無いが、小ぶりで端正だ。その下にある唇は桜貝の様だ……ってよく言うけど俺、桜貝なんてどんな貝か知らないな。そんな俺の視線に気付いたのか、岩橋さんは俺の方を向いて微笑んだ。
「加藤君、どうかしたの?」
首を傾げながら尋ねる岩橋さんの可愛いこと。前髪で目が隠れてわからないが、きっと岩橋さんも俺の目を見ている、つまり目と目が合っているに違い無い。
「いやあ、岩橋さんってか……」
俺は危なく口走りそうになってしまった。もちろん『か』に続く言葉は言うまでも無いだろう。だが、敢えて言おう『かわいいな』だ。言葉を不自然なところで止めてしまった俺は慌てて他に続ける言葉を探した。
「か……帰りは友達と帰るんだろ? 行きは俺なんかと一緒で良いのかな……って」
苦し紛れにそんな事を言ってしまった。
ああっ、俺のバカ! もしこれで『じゃあ、明日からは(女の子の)友達と一緒に行くね』なんて言われたらどうするんだよ!
だが、岩橋さんは予想外の行動を取った。
「加藤君、もしかして、迷惑だった? 私と一緒に学校行くの……」
岩橋さんは俯き加減で悲しそうな声で確かにそう言った。迷惑だなんてとんでもない。俺にとっては岩橋さんと二人きりになれる至福の時間ですよ。
なんて、そんな事恥ずかしくて言える訳が無い。そもそもそんな事が言えるのなら「かわいいな」ぐらい、さらっと言えるだろう。
だが、岩橋さんがあんな事を言ったのだ、男としてビシっと答えなければなるまい。
「ううん、そんな事無いよ。って言うか、岩橋さんが待っててくれて嬉しいよ」
うぅわっ、俺、凄い恥ずかしい事を言ってしまった気がするぞ。ほら、岩橋さんも赤くなっちゃったよ。どうする、俺? 続けて何か言おうとした俺だったが、頭が真っ白になってしまって何も言葉が浮かばなかった。すると岩橋さんが嬉しそうな声で言った。
「そう、良かった。加藤君は私の初めての友達だもの」
『友達』そうだな、俺は岩橋さんの友達でしか無いもんな。ああ、俺と岩橋さんが友達以上になれる日は訪れるのだろうか……って言うかしまった! 岩橋さんがスマホを出した時、番号とかアドレス聞けば良かった! まあ、それを聞く勇気なんて俺には無いんだけど。
学校に着き、教室に入ると既に教室に入っていた和彦と由美ちゃんが話をしていた。和彦が俺に声をかけ、由美ちゃんは岩橋さんと一緒に友達の輪の中に入っていった。もちろんこれは喜ばしい事で、俺も望んでいた事なのだが、やっぱり俺の至福の時間は岩橋さんのマンションから教室までの限られた時間でしか無いんだなと痛感した。
ああ、俺と岩橋さんの席が近かったら……席替えが待ち遠しいぜ。と言っても近くの席になる保証は無いんだけどな。さて、昼休みに由美ちゃんは今日は和彦と弁当を食べに来るのかな? 岩橋さんも一緒だったら良いのにな……
昼休み、今日も由美ちゃんは友達と一緒に弁当を食べるみたいだ。もちろん岩橋さんも一緒に。
「そんな顔すんなよ。俺がいるじゃないか」
どうやら俺はがっかりした顔をしていたらしい。和彦が俺の前に座り、弁当を広げながら言った。
「あ……ああ、わりぃ」
親友に対して失礼だよな。反省した俺は笑顔を作って素直に謝った。
「ま、いいけどよ。そう焦んなや」
笑顔で許してくれる和彦。そうだ、たとえ彼女がいなくったって俺にはこんな素晴らしい親友がいるじゃないか。それに由美ちゃんも本当は和彦と一緒に弁当を食べたいのに、岩橋さんを友達に馴染ませる為に岩橋さんと一緒に居てくれてるんだ。俺がこんな顔してどうするよ?
下賤な自分を恥じる俺に和彦は頼もしい言葉をかけてくれた。
「まあ、しばらく様子見てよ、岩橋さんが上手く由美の友達に馴染めたら次の段階に進もうぜ」
そうだな、急いては事を仕損じると言うし、ここは我慢だ。それにしても和彦がこんなにも色々と考えてくれているとは。嬉しくて涙が出そうになったのは秘密だ。
*
そんな感じで岩橋さんの『登校は俺と一緒に』『学校に着くと由美ちゃん達と一緒に』というパターンが定着し、由美ちゃんが居なくても何人かの友達と喋る事が出来る様になったのは梅雨が明けた頃だった。そして遂に待ちに待った瞬間が訪れた。
「カズ君、一緒にお弁当食べよ!」
昼休み、由美ちゃんが弁当を持って俺達、いや、和彦のところにやって来たのだ。そしてその横には岩橋さんの姿もあるではないか!
「加藤君、私も……一緒に良いかな?」
もちろんですとも。大歓迎です。お待ちしておりました。俺の心の中ではハレルヤの大合唱が鳴り響いている。だが、それを悟られるのはさすがに恥ずかしい。
「うん、ちょっと待ってね」
出来る限り爽やかな笑顔で答えると、四人が一緒に食べれる様に机を引っ付けた。
「ありがとう」
岩橋さんが俺の隣に座った。って、俺の隣かよ! これは嬉しい誤算だった。和彦が俺の向かいに座ってるのだから当然由美ちゃんはその隣に座る。となると岩橋さんが俺の隣に座るのは必然と言えば必然なのだが、正直なところ和彦が俺の隣に場所を移し、由美ちゃんが和彦の向かいに、岩橋さんは俺の向かいに座るとばかり思っていたのだ。
正面を見ると和彦が目で俺に「がんばれ」とエールを送っている。そうか、和彦は敢えて俺の向かいから席を移さなかったんだ。俺と岩橋さんを隣合わせに座らせる為に。サンキュー、和彦。お前の思いやりは決して無駄にしないぜ。
とは言うものの、弁当を食べながらの会話というのもこうやってみれば意外と難しいもので、意識すればするほど上手く言葉が出てこない。一緒に登校する時は普通に喋れる様になったというのに。
「この間ねー、カズ君が家に来てくれてねー、大きなクマのぬいぐるみプレゼントしてくれたんだよ」
突然由美ちゃんが嬉しそうに言い出した。そうか、和彦は戦利品をその日のうちに由美ちゃんの家に持って行ってあげたんだ。モテる男は違うなぁ。と言っても俺が彼女でも無い岩橋さんの家にプレゼントを持って行く訳にもいかないだろう。しかも和彦の大きなクマのぬいぐるみと違って小っちゃいネコのチャームなんだし。
「へぇ、そうなんだー」
白々しく言う俺。ところが和彦の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「ああ、一発で取れたからな。明男は何かえらい金使ってたみたいだけど」
おい、ソレ、今言う事か!? 俺だって次の日の朝に岩橋さんにあげたんだぜ。必死こいて取ったのマルバレじゃないか! 気付かれない様に横目でチラッと見ると、岩橋さんの頬が少し赤くなってる気がする。
「……そうなんだ」
ぽそっと岩橋さんが呟いた。うわっ、どうするよ、この空気? 何か言わなきゃ。何か他に話題を振らなければ!
俺は焦った。しかし焦れば焦るほど頭は上手く回らないもので、何を言ったら良いのか全くわからない。沈黙がその場を支配した。多分それはほんの数秒の事だと思う。しかし俺にはそれが気が遠くなるほどの長い時間に感じられた。
「加藤君、ありがとう」
沈黙は天使の声によって破られた。頬を赤く染め、首を少し傾げる岩橋さんは、前髪で目は隠れていても強烈に可愛いと思った。
「あれっ、沙織ちゃんも加藤君に何か貰ったの?」
「うん。可愛いネコのチャーム」
「あっ、カバンに付けてたヤツ?」
「うん」
「今までカバンに何も付けて無かったのに、この間から可愛いネコが付いてたからどうしたのかと思ったけど、そういう事だったのね」
うわっ、由美ちゃん良く見てるなー。女の子って怖い……
しかし、そういう事ってどういう事だよ? もし、それを気にして岩橋さんがアレを外しちゃったら、俺、立ち直れないかもしれん。すると岩橋さんはあっさりと言った。
「だって、可愛いんだもの」
そうか、そうだよな。別に『俺から貰ったから』付けてるんじゃ無く、単に『可愛いから』付けてるだけなんだよな。いや、でもそれは照れ隠しで実は『初めて男の子から貰ったから嬉しくて……』なんてな。
岩橋さんと由美ちゃんの会話が気になって弁当の味なんて、もうわかりゃしないぜ。
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