第16話 上空

 人族側でも魔族側でも婚約発表はそこまで反発が起こることもなく済んだ、らしい。

 魔族の方では発表と言ってもそこまで大々的なものでもなく、まずは城に仕えている者に伝令が回って、その後に街で張り紙などで周知される形となっていた。そのため表立った反応は見られず、穏やかすぎて不思議な程だった。

 人族側の方はどのように公表されたのかは知らない。向こうの王族に伝えてくれと依頼しただけらしいためだ。もしかしたら曲解されて「勇者が裏切って魔族に付いた」などと言われているかもしれない。


 魔族と人族の和解は、表立っては非常に平和的に進んでいる。此方としては全面的に受け入れ態勢が始まっていて、人族の好奇心旺盛な者は早くも旅行に訪れていた。逆に、向こうに行くには様々な審査があるらしく、魔族側から人族側への人の往来は少ない。

 確かに人間側の魔族嫌いは相当に根強い。そのため、おいそれと誰も彼もを受け入れていたら、向こう側からは反発が起こるだろう。逆に魔族の中で人族を忌み嫌っているような人物はごく少数なのだが。


 こちらに来た人間に、いかに魔族が友好的かを伝えてもらうしかない。姿形は様々だが、魔族は往々にして受け入れ態勢が整っている。種族が数多くあるため、多様性が広く認められているのだろう。


「それで、ウィル。どうしますか?私としては今すぐにでもご両親に挨拶に行きたいのですが」


 自分は今、いつもと同じようにアナスタシアと朝食を摂っていた。彼女が綺麗な所作で切り分けたサンドイッチを口に運びながら問う。


「予定はどうなんだ?そんなに直ぐに開けられるようなものではないのでは?」

「開けます」


 即答したアナスタシアに意志の強さを感じて、素直に折れることにした。先延ばしにしてもいつかは行くことには変わらない上に、自分としては家族に会いに行けることは嬉しい。


「では、今日の午後ということにしましょう。ご実家の場所は分かりますか?」

「見れば分かると思う。ただ、王都からは少し外れているから少し見つけるのは大変かもしれない」

「大丈夫です。どうせ私が飛んでいきますから」


 飛んでいくと言うことは前の様にしがみ付くことになるのだろうか。久々の帰省が情けない到着になるかもしれない。

 まぁ、彼女に飛んで行ってもらった方が格段に速いのは事実だ。アナスタシアの予定をこれ以上狂わせるわけにもいかないから、出来るだけ速く行ける方向を取った方が良いだろう。


 朝食を食べ終えて、予定をじ開けて来るということでアナスタシアが仕事場へと消えて行った。自分は別に用意するものはないのだが、一応自室へと戻った。

 四半刻ほどで、思ったよりも早くアナスタシアが部屋へと来た。


「仕事の割り振りだけ済ませてきました。では、行きましょう」

「了解」


 アナスタシアに抱き上げられて、彼女がそのまま窓から飛び出す。

 まさかそこから飛び出すことになるとは思っていなかったために驚いたが、久しぶりの上空からの景色に言葉を飲まれて何も言えなかった。久方ぶりの空の旅だ。


「………ほんの数週間前のはずなのに懐かしいですね。こうして二人で空を飛ぶと」

「あの時は急だったから困惑してたな。こんなに短い時間で順応してる自分もどうかとは思うが」

「あの時の私はどうにかしていましたから。あそこまで我を忘れることがあるとは思っていませんでした」


 以前は気にならなかったはずなのに、ここまで至近距離だと緊張するようになってしまった。普段の生活でここまで距離を詰めるようなことは殆ど無い。


 良く考えてみると、アナスタシアと自分の関係は想像以上に潔白だった。一緒にいることが多いとはいえ、身体的接触はない。何なら好意を口に出して伝えたことも伝えられたこともない。一目惚れしたとは遠回しに言われているのだが、面と向かって告白されたことはない。

 そう思うと、少し寂しくなった。


 そこまで考えて彼女からの想いを聞きたいと思っている自分がいることに少し驚く。何度も思っていることだが、どうしてここまで絆されているのだろうか。確かにアナスタシアは美人で誰も彼もが惚れるような容姿ではあると思うのだが。

 彼女の性格だろうか。真面目で、優しく、何事にも真剣な。


 分からない。


「…………どうしました?」


 考え込んでいることに気が付いてか、アナスタシアが心配げにこちらを伺う。


「いや、何でアナスタシアは俺にここまで入れ込んでくれたのかと思って」

「………そうです、ね。あまり深く考えたことはありませんでした。誰かを好きであることに理由はない、それだと言い訳になりますかね」

「ならないと思う」


 特に理由は無くてもいいのか。そう考えると気持ちは楽になるかもしれない。何も理由がないとなると少し不安な気もするが。まぁ、明確な理由があっても、それが無くなった時に嫌われることを考えると、そのぐらい抽象的な方が良いのかもしれない。


 まぁ、直ぐに答えを出そうとしなくてもいい。時間があるかどうかは分からないが、安直に答えを出して決めつけてしまいたくはなかった。


「…………好きですよ、ウィル」


 耳元でそう囁かれて、余計に居心地が悪くなった。

 不思議と、嫌ではなかったが。

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