終章 モラトリアム

第48話 スラビア決戦艦隊、撤退


 スラビア決戦艦隊が大華連邦新首都星系エンアンに迫る中、大華連邦より、われわれの示した講和条件を全て受け入れるとの超空間通信が入った。


 先方にしてももはや統治しているとも言えない星域の利権を手放すだけの条件だ。プライドにこだわり国が失ってしまうよりも断然良いと判断するくらいの理性は大華連邦にもあったようだ。


 これにより、われわれは表向き・・・大華連邦内での作戦活動を停止した。


 大華連邦に対し、その旨を伝えると同時に、エンアンに迫るスラビア艦隊の継戦能力は補給の関係で著しく低く、最長でも三週間後には、スラビア艦隊は主に燃料・推進剤の欠乏により作戦行動に支障をきたすだろうとの信頼するに足る傍証を付けて知らせている。


 これで、大華連邦はスラビアに対して降伏することなく抗戦を続けるだろう。こちらの情報収集能力が大華連邦にある程度知れてしまうが、もはや列強の位置から滑り落ちて孤立した国だ。特段問題になることはないという判断だ。



 これまで、大華連邦の戦力をそぎ落とすため、スラビア軍が積極的な作戦行動をとれるよう、第1遊撃艦隊によるスラビア輸送船団襲撃は抑えたものだった。


 その結果、大華連邦の戦闘能力はほぼ消失したので、もはやわれわれにとってスラビア侵攻軍の存在価値はない。ということで大華連邦に派遣されたスラビア軍の息の根を止めるため、輸送船団に対し積極的襲撃を行い輸送船の完全撃破を狙っていくよう第1遊撃艦隊に対し作戦指令を出した。



 並行して行ってきた第2遊撃艦隊による皇国周辺星系の宇宙関連施設の破壊も順調に進捗しており、もうしばらくすれば、第2遊撃艦隊もスラビアの輸送船団襲撃に参加できるようになる。


 作戦が進展していけば、TUKUBAツクバ以下の俺の第1艦隊が出張でばるまでもなく、二つの遊撃艦隊だけで、スラビアの大華連邦派遣軍の息の根を止めることができるとワンセブンは予測している。





 輸送艦を一隻失ったままエンアン星系に突入したスラビア決戦艦隊は、後背を謎の艦隊・・・・に襲われることも無く、エンアンの中心惑星を包囲し散発的に惑星施設に対して砲撃を加えていたが、包囲後三週間で、包囲を解き、策源地である旧大華連邦首都星系に撤収していった。航宙艦が払底した大華連邦にはこれを追撃する余力はなく、スラビア決戦艦隊はエンアン星系から無事離脱を果たしている。


 この時点でスラビア決戦艦隊は途中わが方に撃破された輸送艦一隻を除いてほぼ無傷であるが、あと二回も戦術行動をとれば推進剤を兼ねる燃料が枯渇して、燃費の悪い小型艦から切り捨てざるを得なくなり、策源地である旧大華連邦首都星系への全艦そろっての撤収は事実上不可能になる。


 そのため、決戦艦隊からは大華連邦人民解放軍司令部に対し早急な燃料輸送艦の派遣を要請しているが、まだ会合できてはいない。何度か問い合わせたところ、なけなしの燃料を積んだ補給艦を単艦で三度決戦艦隊に向けて派遣したが、いずれも消息を絶っているとの返答を得ている。既にこの時点では、スラビア側の占領星系のうち、エンアン星系側に突出していた星系は放棄されているため、決戦艦隊への補給は距離のある旧大華連邦首都星系より行うしか選択肢はなかった。





「いよいよ、スラビアの艦隊も後がなくなったな」


『第1遊撃艦隊が、スラビア決戦艦隊のジャンプアウト予想宙域に対する砲撃位置についています。あと五分ほどで戦闘が開始されます』


「戦闘が開始されると言っても、こっちは適当にぶっ放してそれで逃げてお終いだろ?」


『今回は、撃破を狙う訳ではなく、相手の鼻面をつかんで振り回せるだけ振り回します。これで、スラビア艦隊は燃料不足により当該星系からジャンプアウト不能になります』


「拿捕できそうだな」


『わが国から見れば旧式艦ですし、捕虜の扱いも面倒ですから、拿捕の必要はないでしょう』


「それもそうだな。ところで、ワンセブン。前々から気になっていたんだが、各列強ではお前のような計算機械を作っていないのか?」


『そのような計画は、数種類ありましたが、複数の列強政府に干渉して開発を中止させています』


「そんなこともできるのか」


『多少のコストはかかりましたが、当然可能です。しかし、わが国との交戦国である大華連邦、スラビア共和国両政府に対する干渉工作はできていません。大華連邦ではそもそもこういった計画はなかったようですが、スラビア共和国では現在私と同じようなコンセプトを持つ計算機械が開発されています』


「それは俺も知らなかったが、知っていたならもう少し早く知らせろよ」


『申し訳ありません。その計算機械の完成予想時期は三カ月後です』


「そういった競合する機械ができ上ると、予測が難しくなるとか以前ワンセブンは言っていなかったか?」


『その通りです。従って、完成前後にその研究開発施設を破壊することを提案します』


「いきなりだな」


『大華連邦方面の作戦活動も一段落しましたので、これから第1艦隊の各艦は改修作業に入ります。改修内容は、長期作戦活動を可能にするための居住空間の整備、燃料・推進剤タンクの大型化です。簡単な改修ですので改修期間は一カ月を見込んでいます。改修完了後、第1艦隊にはスラビア首都星系内の当該研究開発施設破壊作戦を行っていただきます』


「わかった」


『作戦期間は超長距離ジャンプを行うことを前提に往路5日、復路5日、戦闘1日、合計11日間です。実際の戦闘行動は数時間程度の見込みです。作戦が成功すれば、未来予測の精度を現状並みに最低三年間維持できます。スラビア共和国の国力が一定以上低下していれば、そういった装置が開発されたとしても影響力の行使を限定的に抑え込めますので、私の未来予測精度はある落ちますが干渉頻度を上げることで十分対応可能と考えます』


「要約すると、すこしコストはかかるがこれまで通りと言うことだな」


『そういった理解で十分です』


「わかった。作戦内容を教えてくれ」


『はい。

 まず、本作戦に先立ち、特殊探査艦を就役し次第、第1艦隊のスラビア首都星系までの侵入航路の精密星系探査を作戦実施前に完了させる予定です。

 また、母艦主体の第3艦隊および、陸戦隊強襲艦2隻により、スラビア第二方面軍旧司令部のあった、同方面の要衝、イルツク星系に対し強襲揚陸作戦を展開します。

 第1艦隊の敵首都星系強襲作戦の陽動として発動する作戦ですが、これによりスラビア第二方面軍の息の根を完全に止めます。

 正確には占拠ですが、陸戦隊による一時占領も行いますから、スラビア側は大規模な奪還作戦を発動すると予測しています』


 地方とはいえ、主要星系が占領されたとなると、戦略上は無意味でも、スラビア側は奪還せざるを得ないだろう。


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