第43話 蹉跌(さてつ)

[まえがき]

ここまでお読みいただきありがとうございます。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 スラビア共和国大華連邦人民解放軍だいにほうめんぐんは、侵攻前の大華連邦の有人星系のうち、スラビア方面に近い星系から順にその三分の一を占領した。その過程で大華連邦中央星域群のほとんどの星系も占領しており、すでにスラビア第二方面軍は軍司令部を旧大華連邦首都星系に進めている。


 これまでの一部懐柔政策では占領政策がうまく回らないことはすでに軍司令部でも把握しているため、方面軍司令官名で、司令部を置く旧大華連邦首都惑星を含め占領惑星の住人に対しては今後強硬路線で臨むよう通達を出している。


 軍司令部では占領地の実態をある程度は把握していたのが、現地部隊の独断での占領惑星住民への残虐行為などがこの命令で、後付けながら承認された形となり、占領政策はますます苛烈になっていった。


 占領惑星では大華連邦の残置工作員などによるテロ行為が煩瑣はんさに行発生した結果、社会基盤が徐々に破壊され住民の生活はより不便になっていった。住民たちはテロに対してより怒りと不満をつのらせていった。また完全武装の軍隊組織がテロ程度で大きな痛手をこうむるわけもなく、徐々に占領地の治安そのものは回復していった。


 現状スラビア本国から占領星系への持ち出しにはなるが、破壊された軌道エレベーターなども旧首都惑星を含む主要惑星などでは新たに建設が始まっており、今回の侵攻作戦の収支は、5年目より単年度ベースで黒字化すると見込まれており、10年後の累計黒字化を目指している。


 これまでスラビア軍がこうむった損害は、陸上部隊の損害を加えても、大華連邦の主力艦が健在な段階で見積もった損害に比べ、大きく改善されており、しかも戦果は列強の一角の首都星系攻略を含め当初の作戦検討時の期待を大きく上回っている。スラビア共和国の拡張の歴史の中でも、特記すべき大戦果である。


 この戦果の立役者である第二方面軍軍司令官アントーノフ大将が近い将来、元帥位に進むことはまず間違いない。と、本人を含め多くの者が認識している。



 こういった状況であるためアントーノフ大将はここのところすこぶる機嫌が良い。


 特に用事はなかったのだが、アントーノフ大将は一人で酒を飲んでいてもつまらなかったため、参謀長のカリーニン中将を執務室に呼んで酒を勧めているところだ。


「カリーニン君、君も飲まんかね? この古酒というのも甘ったるいところもあるがなかなかいい酒だぞ。アルコール度数が40度と低すぎるのだけが難点だが、量さえ飲めばそこそこ酔える」


「閣下、私は現在勤務中ですので控えさせていただきます」


「硬いなー。作戦は見事大成功。あとわれわれに残った仕事といえば、中央からの昇進通知を受け取って、中央への帰還命令を待つことだけだろう? 儂もそろそろ後任のための引き継ぎ用の書類でも作っておくか。ワッハッハッハ」


「閣下の引継ぎ用の書類は7割がたできていますのでご安心ください」


「さすがは参謀長。気が利くじゃないか。儂のサインだけで済むようよろしく頼む」


「お任せください。補給状況の確認と依頼書の作成をしなければいけませんので、そろそろ私は失礼させていただきます」


「ほどほどにな」


「ありがとうございます」


 面倒な引き継ぎ書を書く必要が無くなったアントーノフ大将はさらに機嫌よくグラスを傾けるのだった。




 カリーニン中将は司令官室から自室である参謀長室に戻り、執務机の後ろの大き目の座席に座り、机の上のスクリーンに映し出される数字の羅列を眺めている。ここ一カ月間の本国からの補給状況をまとめた表だ。


 これまで、物資の輸送については、大華連邦の残存艦によるものと思われる襲撃により船団に平均2パーセントの損耗が発生していたが、ここ二週間の集計数値は損耗率が一気に10パーセントを越えて、12パーセントまで上昇している。


 単純に大華連邦の襲撃が重なっただけなのか? それともなにか他の要因があるのか? 原因の究明と対策が必要だ。


 このまま損耗が続けば、艦隊運用を行わなくとも消費が補給を上回るのはそれほど遠くない将来だ。占領地では依然食料不足の状態が続いており、占領地からの補給など問題外の現状でのこの損耗率は痛い。また、占領星系を増やした結果、補給線が大きく伸びてしまい、必要船腹量が想定を大きく上回ってしまっていることも補給の遅滞を生む要因になっている。このまま補給が先細るようなことが続いていけば、占領地の維持自体が難しくなってしまう。


 これまでの大華連邦による輸送船団襲撃の手口は一般的オーソドックスなものだったと承知しているが、ここのところ増加した襲撃事件の手口は今一つはっきりしていない。その辺りも不安材料ではある。


 可能性は低いが、まさかここに来て、皇国がわが国に対し通商破壊を始めたのか? かの国が今回のわれわれの戦いに積極的に介入するのだろうか? しかも、われわれスラビアを直接相手どって? 確かに、先般、わが方がかの国に攻め入ってはいるし、外交的後処理あとしょりなども行われてないため、紛争は継続中ともいえる。


 補給が積みあがるまで積極的な艦隊運用は控えなければならないため、船団への襲撃の対応が後手に回るのは止むをえない。当面、補給の強化を中央へ要請してしのぐほかは無さそうだ。



 ピコピコ、ピコピコ。


 参謀専用メールが着信したようだ。差出人は参謀次長。


 メールを開くと、


『第12補給船団が所属不明の艦隊に襲撃され、甚大な被害』


 添付ファイルには、詳細な被害状況が記されていた。こちら側ではまだ修理設備が整っておらず、軍所有の工作艦も現状フル稼働中のため、残存艦船はそのまま本国に引き返してしまったようだ。



 船団が引き返したというのは妥当な判断だが、補給物資の方はいくらかでも届けてほしかった。


 今さらのことを考えても仕方ない。しかし、まずいな。この調子で損害が積みあがって行くと、ここ数日中にも輸送船団の損耗が20パーセントを上回ってしまう。詳細は不明だが、襲撃側の陣容は総数四隻、使用された砲弾の口径から艦種は駆逐艦だったようだ。たかだか駆逐艦四隻で、護衛艦を複数付けていた船団が甚大な被害を受けたとなると、より大型の艦の存在が疑われる。


 まさか襲撃側に主力艦は含まれてはいなかったろうが、重巡並みの大型艦が船団襲撃に参加していた可能性もある。これに対抗するための戦力となれば、最低でも足のある軽巡4隻と同数以上の駆逐艦が必要となり、完全撃破、撃滅するためにはその倍の戦力の投入が必要だ。


 襲撃艦隊の補足、撃滅が急務となる。次の本国からの輸送船団には、これまでの護衛艦隊に加え、こちらから巡洋艦部隊を付けて襲撃艦隊を撃破してしまおう。補給が積みあがっていない状況での艦隊運用は控えたいが、動かさざるを得まい。




 カリーニン中将は、参謀室におもむき参謀次長を通し、担当参謀に対して、補給船団の護衛並びに、襲撃艦隊を撃滅するため、艦隊より必要十分な戦力として、軽巡洋艦8隻と駆逐艦16隻を抽出し、スラビア領内の補給拠点へ移動するための命令書の作成を指示した。



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