バーチャルかくれんぼ
真霜ナオ
01:VRの世界へ
温暖化の進行によって、酷暑と呼ばれるような日々が続く昨今。
子どもたちにとっての遊び場は、いつしか日の当たる屋外から、エアコンの効いた快適な屋内へと変化していた。
その中でも、室内にいながら離れた場所にいる相手ともやり取りができる、オンラインゲームの世界にハマる人間も少なくはない。
ことVRを使用したバーチャルの世界は急速に進化し続けており、今や現実との境目がわからなくなるくらい、リアルな世界観が売りとなっているソフトも続々と登場していた。
以前と変わらず、自身の姿とはまるで異なったアバターを使う人間も多い。
しかし、近年ではプレイヤー自身が本当にゲームの世界に入り込んだかのような、没入感の高いゲームが人気を集めていた。
それに伴い、一人称視点のゲームはもちろん、使用するキャラクターにも変化が生まれ始めている。現実世界の自分自身に、限りなく似せたアバターを作って遊ぶ人間が多くなったのだ。
リアルに近い容姿でのゲームプレイは、現実世界に繋がる男女の出会いなどにも一役買っているようだった。もちろん、友人同士での遊びにおいても活躍してくれる。
離れた場所に住んでいたとしても、同じ景色や体験をリアルに共有することができるのだ。ただ単に同じゲームをプレイするというだけではなく、共に旅行をしたりするような思い出作りをすることもできる。
これまでゲームに興味が無かった層にまでも、圧倒的な人気を見せていた。
高校生活も二年目に突入し、夏休みになると春人は部屋に篭りきりのような状態になっていた。心置きなくゲームに熱中できる長期休みを、逃す手はない。
もちろん課題は山のように出てはいるのだが、それは追々片付ければいいだろう。
実家に住んでいるということもあって、朝から晩までゲーム三昧、というわけにはいかない。時には親が乱入してきて、その会話がボイスチャットに入ってしまい、友人に笑われることもある。
それでも深夜にかけての時間帯であれば、そんな家族の邪魔も入らないのだ。
せっかくの夏休みではあるが、昼間ともなれば40℃近い。外に出るだけでも蒸し焼きになりそうな暑さなのだ。直射日光の当たる場所ならば、気温はさらに高いことだろう。
そんな中でわざわざ出歩くような気にはなれなかった春人は、友人からある誘いを受けていた。
VRを利用して、『バーチャル肝試しをやらないか』というものだ。
近年発売されたソフトの中には、世界観のリアルさを活かした自由度の高いゲームも多くなってきている。遊び方は人によって様々で、奇抜な遊び方を特集したまとめサイトまで登場するほどだ。今回誘われたゲームもそんなソフトのひとつだった。
ゲームの中には選択できるマップが複数存在しており、設定を変えることでFPSゲームとして遊ぶこともできれば、バーチャルな旅行体験をすることもできる。
そんなマップの中から廃校を選択して、肝試しをしようというのだ。
実際の廃校に足を踏み入れれば、不法侵入として扱われてしまう。そもそもが建物の老朽化で危険度も高い上に、変質者が潜んでいたっておかしくはない。
そういった危険性をゼロにした上で楽しむことができるのも、バーチャルの世界の良いところだった。
六畳ほどの自室の中で、パソコンに向き合った春人はヘッドホンを装着する。少し値は張ったが、遮音性が高く音質も良いものだ。少ないバイト代を注ぎ込んだが悔いはない。
ゲームを起動してから、接続したVRゴーグルで目元を覆う。こうすると、一気に現実世界から遮断されたような気分になる。春人はこの瞬間が好きだった。
少し待つとタイトル画面が現れ、春人は慣れた手つきでゲームパッドを操作していく。
フレンドからの招待を受けて画面が切り替わると、そこは見慣れない古びた教室の中だった。今回の目的地として選ばれたのは、廃墟と化した二階建ての木造校舎だ。
「……うわ、超リアル」
このゲームの売りは、自由度の高さに次いだマップのリアルさだった。
実在する場所を参考に制作されたとの噂だが、とても作り物とは思えない。目の前にある机を見ても、普段教室で目にしている机そのものと同じなのだ。実写だと言われても信じてしまうだろう。
違いがあるとすれば、廃校という場所柄、机の脚が錆びていたり天板の部分が欠けていたりすることくらいだろうか。机と椅子の低さから見て、ここは小学校をモデルにしたマップなのだろう。
「エグいなこれ、マジで廃校じゃん」
「ッ!」
突然聞こえてきた声に、驚いて机から顔を上げる。教室の入り口に立っていたのは、よく見知った友人の姿だった。
「ビビらせんなよ、お前がこのマップにしたんだろ。他のみんなは?」
「招待飛ばしたからもう来るんじゃね?」
そう言いながら春人の方へと歩み寄ってきたのは、
綺麗に刈り上げられた後頭部を撫でつけながら、勝行は教室内をぐるりと見回す。
「女子がいりゃ盛り上がるとは思ったけど、リアルすぎて西村とか泣いちまうかもな」
案じているかのような口振りとは正反対に、勝行の口角は意地悪く持ち上がっている。そうなるかもしれないとわかっていて提案してきたのだ、春人には泣かせる気満々だと言っているようにしか見えない。
そうこうしているうちに、招待を受けた友人たちが淡い光の中から次々に姿を現していく。
「ヤバ、廃校リアルすぎでしょ!」
最初に現れたのは、
勝行と一緒に悪ノリすることも多い彼女は、好奇心旺盛な性格をしている。今回の誘いにも、真っ先に参加の返事をしていた。
「コレ絶対出るじゃん! バーチャルお化けってスクショ撮れんのかな」
続いて現れたのは、
勝行とは悪友で、クラス内ではチャラ男としても有名だが、実は奥手なのだという事実は仲間内での秘密になっている。お調子者だが、根は悪い奴ではない。
「……私、やっぱりやめとこうかな」
最後に現れたのは、怖いものを大の苦手としている
グループチャットでの誘いが来た際には、彼女は来ないだろうと春人は予想していた。しかし、女子一人では心もとないという理由で、惠美が強引に説得をしたようだ。
比較的何事にも動じない自信のある春人ですら、あまりにもリアルな廃校という場に少しの恐怖を感じたのだ。怖いものが苦手な一穂であれば、その心中には相当の恐怖心や後悔が渦巻いていることだろう。
「大丈夫だよ一穂! アタシもいるし、男共も三人もいるんだし! ちょーっと頼りないかもしんないけどさ」
「ちょっと待て、他はともかく俺は頼っていいだろうが」
励ます惠美と勝行のやり取りに、強張っていた一穂の表情が少しだけ和らぐ。近年のVRは、プレイヤーの表情もある程度の反映をしてくれることに、春人は場違いな感動を覚えていた。
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