08:野良猫たちを保護します


 先日の一件以来、猫カフェSmile Catの営業は、まさかの国王公認となった。

 多くの兵士を引き連れて国王がやってきた時には、どうなることかと冷や汗が止まらなかったものだ。

 けれど、後日カフェ宛てに送られてきた書面の中には、今後の俺の活動を国王陛下が全面的に支援してくれるといった内容が記されていた。

 これにはコシュカも驚いていたが、町長に確認してもらうと、間違いなくバダード国王直筆の署名であることがわかった。

 住人たちも、あの日は国王が来たとあって外を出歩かなかったようだ。それでも、国王の公認であることが広まって以降、客足は以前よりも増えている。


 さらに驚くことがあった。

 公認となったばかりか、あれから国王が度々このカフェを訪れているのである。

 もちろん身分がバレてはいけないので、お忍びでやってきているようだ。他の客に正体を気付かれないよう、変装をしてやってくる。

 当然一人で出歩いていいような身分ではないので、もれなくルジェもついてくるのだ。

 始めはどのように対応すれば良いか悩まされたが、国王は基本的に気さくな人であるようだった。一般客と同じ部屋でも気にならないらしい。──ルジェの視線は痛いのだが。

 とはいえ、身分が知れて何か問題が起こっても困る。新たにVIPルームを建設し、国王陛下にはそこで猫たちと触れ合ってもらう形に落ち着いた。


「やはり驚くほど愛らしい……こんな生き物を恐れていたとは、本当に信じ難いことだ」


「バダード様。そろそろ城に戻りませんと、会食の時間に間に合いません」


「城にも掌猫カップキャットがおったら、仕事にも精が出ると思わんか?」


「連れ帰ることはカフェの規則で禁止されているでしょう、ダメです」


 バダード国王は、すっかり猫という生き物を気に入ってくれたようだった。それはとてもありがたいことではあるのだが、そんな国王にルジェは手を焼いているようだ。

 傍目に見ていると、とても彼が一国の王だとは思えないだろう。初対面の時には、威厳のある国王らしい人だと思ったのだが。


(今じゃすっかり、猫好きなただのオジサンなんだよな……)


 口に出せば間違いなくルジェに斬り殺されるので、心の中で思うに留める。

 同じ猫好きとして、国王の気持ちはとてもよくわかるのだが。

 他人事ながら仕事は大丈夫なのだろうかと心配になったが、ルジェはかなり生真面目で仕事に厳しそうではあるので、恐らく大丈夫なのだろう。


 そんな国王の姿を目にするようになってから、半月ほどが経った頃。いつものようにやってきた国王は、贈り物を持ってきてくれた。

 上等な箱に入っていたのは、銀でできた細身の腕輪だ。そこには深紅の宝石が嵌め込まれており、腕輪自体にも異国の言語のように見える丁寧な細工が施されている。


「その腕輪は特別な魔力が宿った貴重な代物だ。ルカディエン国の領地内であれば、どこにでも一瞬で転移することができる」


「そんな貴重なものを、どうして俺にくださるんですか?」


 カフェの営業こそ認めてもらうことができたが、国王に手ずから高価な贈り物を貰うような理由がない。

 そんな俺の考えを予想していたのか、バダード国王は真剣な表情で訴えかけてくる。


「そなたにはこの腕輪を使って、この国にいる猫たちを保護してほしいのだ」


「保護……ですか?」


「この町ではすっかり彼らの存在が馴染んでいるが、他の町ではまだまだそうはいかない。魔獣として扱われる猫は多く、時には人との間に対立を生むこともあるだろう」


 そう口にする国王は、俺と肩の上にいるヨルの顔を交互に見る。

 確かに国王の言う通り、俺が保護しているのはこの森に棲む猫だけだ。国の中には、人に恐れられ安心した生活ができない野良猫も、まだまだ多く生息しているのだろう。


「我々が捕獲できれば良いのだが、魔獣の……猫の扱いに関しては、貴様ほどの適任者もいないという陛下のご判断だ」


「引き受けてもらえるのなら、店には我が城のメイドたちを手伝いとして派遣しよう。もちろん、猫たちを丁重に扱うことは私が保証する」


 店長である俺が店を空けることに迷いはあったが、野良猫を保護する役目を引き受けない選択肢はない。

 猫が魔獣として扱われるこの世界で、これは俺にしかできないことだと思った。


「わかりました。どこまでやれるかはわからないけど、俺にできることならやらせてください」


「恩に着るぞ、勇者よ。転移魔法は肉体への負荷が激しいゆえに、日に二度、つまり一往復が限度となる。覚えておくことだ」


 こうして、俺は国王の頼みを受けて国中の野良猫たちを保護する旅に出ることになった。

 旅といっても転移できるので、拠点がSmile Catであることに変わりはない。転移先で見つけた猫を保護して、カフェに戻ってくるのだ。

 国王は約束通り、店に数名のメイドを派遣してくれた。城で仕えているだけあってか、教えたことへの飲み込みが早いのも助かった。

 始めは国王の命を受けたからだと思っていたのだが、彼女たちは皆、猫を心底可愛がってくれている。猫に接する彼女たちの姿を見て、確かにそう感じ取れた。


 派遣のメイドがいるとはいえ、店長が店を疎かにするわけにはいかない。保護のための転移は、数日に一度の頻度で行うことにした。国王もそれを承諾してくれている。

 保護活動には、コシュカも同行したいと申し出てくれた。仕事の範疇を超えているからと最初は断ったのだが、俺の次に猫の扱いに慣れているのは間違いなく彼女だ。

 野良猫はあちこちに生息している。俺一人の力では限界があるのも事実で、結局は申し出に甘えることにした。


「ヨウさん、あそこの木の上にも猫がいます。親子でしょうか?」


「ホントだ。あれは擬態猫カメレオンキャットだ、よく見つけたね」


「視力はいい方なので」


 コシュカが見つけたのは、擬態猫カメレオンキャットと名付けた種類の猫だ。

 名前の通り、カメレオンのようにあらゆるものに擬態して身を潜めている。今もまるで木の葉のような色合いになっており、俺一人では見逃してしまっていたかもしれない。

 擬態能力が高い分、擬態猫カメレオンキャットは人間が近づいてもすぐには逃げ出さない。その性質を利用して近づくと、俺は持参したマタタビ饅頭を木の根元に置く。

 マタタビ饅頭とは、マタタビ草を混ぜ込んで作った特製の猫用饅頭だ。カフェの猫たちにも、たまにおやつとして与えることがある。


 少し待っていれば、匂いにつられた擬態猫カメレオンキャットが地面へと降りてきた。マタタビ饅頭を口にすれば、大抵の猫は無防備なメロメロ状態になってくれる。

 そのまま連れ帰れそうなら一緒に転移するし、警戒心を解いてくれなければ改めて出直す。

 そうして保護活動を続けるうちに、カフェはさらに多種多様な猫たちで賑わうようになっていた。


 俺とコシュカがスムーズに野良猫を保護できているのは、国王陛下のお陰でもある。

 バダード国王は、各地に書面での通達をしてくれていた。その内容は、『黒き魔獣を連れた勇者が現れたら、魔獣に関する情報を伝えるように』というものだ。

 国王からの命ということもあってか、初めて訪れる町の人々も協力的だった。その効果もあって、初めて訪れる町であっても、野良猫を見つけるのにそれほど手間取ることはなかった。


「国王様のお言葉を疑うわけではなかったけど、本当に魔獣の保護なんかをしているのね」


「ええ、皆さんには信じられないことですよね。だけど、カフェに来てもらえたら、きっと魔獣を恐れることはなくなります」


 町の人々は皆、口を揃えて同じようなことを言っていた。これまで恐れる対象だった生き物への考え方を変えろと言われても、すぐには無理だろう。

 俺だって、噛みつかないからライオンにハグをしてみろと言われても、怖くてできない。

 実際、俺の肩に乗るヨルの姿を見て怯える人の数は少なくなかった。


(だからこそ、少しずつでも変えていけたらいい)


 その日の保護活動を終えると、俺とコシュカは店に戻ることにした。

 猫それぞれの性格もあって、保護活動は一筋縄ではいかないことも多い。ただでさえ多忙だった日々に、さらに負担が増えたともいえる。

 けれど、猫の幸せを思えばこそ苦にはならなかった。


「今日は予想以上の保護数でしたね」


「ああ、ちょうど出産したての大家族みたいだったからね。子猫たちにも母猫にも、栄養のあるものを食べさせてあげられるし。いいタイミングで保護できて良かった」


 保護したばかりの猫たちは、すぐに店には出さずに目隠しされた奥の部屋で過ごさせている。

この場所や人間に慣れさせるという目的もあるし、余計なストレスをかけないためだ。

 子猫たちは特に、しばらく頻繁に様子を見る必要があるだろう。


「ヨウさん、これどうぞ」


「ん?」


 帰り際のコシュカが取り出したのは、白い絆創膏だった。

 それをどうすれば良いのかと疑問符を浮かべる俺を見ると、彼女は細い指先で自身の鼻の頭を指差す。


「傷になってますよ。子猫が暴れた時にやられたんじゃないですか?」


「え……あ、ホントだ。ありがとう」


 言われて、自分の鼻の頭に触れてみる。確かに感じる痛みに、初めて怪我をしていたことに気がついた。


「……本当に、猫のことになると、他が見えなくなるくらい夢中になるんですね」


「ハハ、返す言葉もないや」


 彼女の言う通り、俺はいつでも猫第一主義なのだ。

 呆れられてしまったかと思ったのだが、なぜかコシュカは自らの手で剥離紙を剥がしていく。

 そのまま近づいてきたかと思うと、彼女の手元にあった絆創膏は、俺の鼻に貼り付けられていた。


「では、お疲れ様でした」


「……はい、お疲れ様…………」


 役目は終えたとばかりに、彼女は会釈すると店を後にする。その背中が消えた扉を、俺はしばらく呆然と眺めていることしかできなかった。


 猫のことはわかるが、コシュカの行動だけはまるで読めない。

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