第10話 再会!恋人は乙女ちゃん。
ふたりは各々部屋の確認を済ませた後、ロビーで待ち合わせをして、そして、花束が届いたら出発する予定だった。巫女はアテンドされて「鯉乃様」と呼ばれる度に不思議な興奮を覚えた。
津村は先にロビーで待っていた。すると、地元のお花屋さんと思われるデリバリーの車が止まり、花束を持って通用口の方へ走って行くのが見えた――
普通ならホテルの者に渡せば終わりだが、コンシェルジュと共に現れて「今日はこの花しか無くて、これが精一杯ですが、よろしいでしょうか?」と承諾を求められたので見てみると、スイートピーの可愛らしいアレンジで、一目で気に入った。
「無理を言って申し訳ありませんでした。これは大好きな花ですよ、大満足です。
どうもありがとう!」そう言って握手をして笑った。
津村は花束を持ってエレベーターで降りてくる巫女を待っていた。3、2、1、「ティン・トーン!」と到着のベルが鳴りドアが開くと、鯉乃めぐみが降りてきた。
めぐみは気を利かせて提案をした――
「一緒に会いに行かなくても『
「ひとりで会いに行く方が却って怪しく思われるし『仕事で高知に来たので会いに来た』と言って秘書と一緒の方が違和感が無くて話がし易いよ」と言った。
鍵を預け、ホテルを出て駐車場へ行くと、車の周りにギャラリーがいた。
「スーパー・カーの説明はまた今度ね!」とギャラリーに告げて、助手席のドアを開けてめぐみを乗せた。
車に乗り込むとエンジンを始動して轟音を響かせ国道五十五号へ出た。
津村がハッと何かを思い出して聞いた――
「あっ、言うの忘れていたけど、学校はカトリック系だけど大丈夫? まぁ、教職員の全てがキリスト教徒と云う訳では無いけど……神道だと……」
めぐみは呆れた表情で言った――
「八百万の神々に比べれば、どうと云う事は無いわぁ」
国道三十二号に入り少し走ると直ぐに学校が見えてきた。国道から学校へ続く道は狭く段差も有りスーパー・カーにはとても厳しく堪えた。この道を走った最初で最後のスーパー・カーになる事が、誰の目にも明らかだった――
学校の正門に着くと、車を降りて入口の確認をしたが、セキュリティが厳重で確りと閉まっていて困惑していると、スーパー・カーの轟音に何人かの生徒が気が付いて、声を上げると次々と伝播して、あっと言う間に教室の窓という窓が開いて、身を乗り出して見ている生徒もいた。
すると、校舎の中から騒ぎに気付いた職員の方が出て来た――
「どちら様ですか? 何か御用ですか?」
津村は少し緊張した面持ちで言った。
「こんにちは、津村武史と申します。倉持先生に面会をお願いしたいのですが?」
職員は津村の名前を聞いて直ぐにカリスマ社長だと分かった。
「今、門を開けますので車を駐車場へ止めて下さい。倉持先生のお知り合いとは驚きました。もう授業も終わっていますから、直ぐにお呼びしますので、あそこの入り口から中に入って、下駄箱でスリッパに履き替えて待っていて下さい」
そう言って門を開けると、車を中へ誘導して再び門を閉めて校舎の中へ戻って行った。
津村とめぐみは言われた通りにスリッパを履いて待っていた。すると、女子生徒の「ヒソヒソ」声や「クスクス」と笑い声が聞こえたが、辺りを見回すと何処にも姿が見えないので不思議に思った。
すると、職員が戻って来てふたりに言った――
「今、生徒が呼びに行っていますので、こちらへ」と来客用の応接室に案内された。中に入ると皮張りの大きなソファに低いテーブルが有り、中廊下の左側に給湯室が有り、職員の方が丁寧にお茶を淹れて御菓子まで添えて、もてなして頂いた。
ふたりはソファに腰を下ろして、彼女が来るのを待つ事となった――
津村は彼女に会える喜びと、死別する悲しさが背中合わせで有る事をしみじみと感じていた。今日が最後だと思うと今まで感じた事の無い寂しさに襲われ、彼女を待っている時間がとても長く感じていた。
生徒のひとりが「これは事件だ、一大事だ! 全校生徒に知らせなければ」と倉持先生が見つからない事を口実に放送室に駆け込んで、部長に耳打ちをした。
すると「何ですって!」と驚くや否やカフ・キーを上げて、校内放送で呼び出しをした――
「ピンポンパンポーン! 倉持先生、倉持陽菜先生、カリスマ社長の津村武史様が応接室お待ちで――す。至急、応接室までお越し下さーい。ピンポンパンポーン!」
倉持先生に先んじて、全校生徒が応接室に向った――
生徒達は驚きを隠せなかった――
倉持先生は美人なのに、日頃からあまり化粧をせず、教師という職業のせいなのか、とても地味で、自分を目立たせない大人しく控えめな女性という印象で、とても優しかった。
しかし、その反面スポーツ万能で勝負事には力を発揮して校長を驚かせたり、見た目とは裏腹に気骨が有るそのギャップが生徒達から人気と信頼を得ていた。
三十歳を過ぎても独身で、浮いた噂のひとつも無く、どことなく恋愛に興味が無い感じがミステリアスな雰囲気を醸し出していた事も手伝って、生徒たちは親愛の情を込めて「乙女ちゃん」と呼んでいた――
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