第13話 久しぶり②
「五領(ごりょう)じゃん」
「はい?」
ぶつかってしまった相手を見ると小学校、中学校が同じの五領(ごりょう)──なんだっけ? ええと……この子目立たない子だったし、全然喋らない子だったからな。
小学校が同じだから顔と名字は一致する。けど、中学から一緒だった人は、多分ほとんどこの子のことを知らないんじゃないだろうか。
そんな子いるよね? 俺の中学には結構いたよ。
「久しぶりだな」
中学を卒業して以来──いや、中学を卒業する前から学校に来なくなってた気がするな。
ともかく、中学以来の再会である。
「あ、あははー。そ、そだねー。──きが──か──」
五領は語尾をボソリと呟いて、苦笑いを浮かべながら俺の差し出した手を握り立ち上がる。
「どうしたんだ? こんなところで」
「や。えとえと。実はね──」
「ん?」
彼女の喋り方がどこか中学の時と違ったので違和感があった。
「五領……。なんか明るくなった?」
「え?」
「喋り方とか凄い明るくなった気がする」
「そ、そかな?」
「うんうん。高校入って変わったのか? 新しい出会いとかあって変われた?」
「新しい出会いは──あると言われればあるような……。ないと言われればないような……」
「んー? あはは。そういやどこのがっこ──」
聞こうとしてやめた。
今の通っている学校を、俺の中学の学年の代で受けたのは、俺と五領だけだ。
そして、五領は合格発表の日に来なかった。そこで俺は察した。そして、入学式の日の学年名簿を見ても彼女の名前がなかったので落ちてしまったことを知った。
高校受験に失敗した人に今、どこの学校に通ってるの? なんか聞くのは失礼だ。しかも、そこに通ってる奴なんかに聞かれると腹正しいだろう。
「どうしたんだ? 今日はこんなところに?」
改めて、最初の質問に戻すと五領が聞いてくれる。
「えと……。今日はここでイベントがあって」
「イベント?」
「れんれ──高槻くん。まだ読んでる? あのラノベ」
「ああ。五領が教えてくれたラノベな。読んでるぞ。昨日も読んでて思い出してな。今日が新刊の発売日だって」
「まだ読んでてくれたんだ……」
少し嬉しそうに呟く彼女は、すぐに、グッと俺に迫ってくる。
「きょ! 今日ね! ここで先生の握手会するんだって!」
「え!? そうなん!?」
「うん! 先生の出身がここらしくて、限定のサイン入りが貰えるだよ! 激アツだよ!」
「お、おお……」
五領が激アツとか言うの新鮮で、そっちの方に気を取られる。
「なるほどな。それでこの人の量か」
「大人気シリーズだもんね!」
「ああ──って……!」
しまった。五領と久しぶりに会ってテンションが上がり忘れていた。
俺、尾行という名のストーキング中だった。
「あー……。まぁ良いか……」
「あ」
五領は声を漏らしてすぐに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
「ん?」
「えと、なじ──えとえと。なにか用事だったんじゃ?」
「ああ。別に良いよ。データは取れたし……」
「データ?」
首を傾げてくる五領に首を横に振って「なんでもない」と答えたあとに言う。
「俺も今日新刊買おうとしてたし、これもなにかの縁だから買おうかな」
「う、うん。一緒に並ぼっ」
※
「うわぁ。えへへ」
南志見が座っていた席のカフェに五領が嬉しそうにサイン入りのラノベを胸に大事そうに抱える。
「良かったな」
俺はサイン入りのラノベを鞄にしまってある。これは観賞用にして、読書用を帰りの地元の本屋で調達しておこう。
「ね? ね? 先生、凄い良い人そうだったよね!?」
「まぁ。女性作家さんって感じの人だったな」
「うんうん!『いつも読んでくれてありがとう』って言われちゃった! えへへ」
「良かったな」
「うん! ずっとファンだったから先生に直接会えて本当に嬉しいっ!」
中学の頃では考えられない程の笑みを浮かべる。
「それに……」
「ん?」
五領が、チラリとこちらを上目遣いで見てくる。
「高槻くんもまだ好きでいてくれて嬉しい……」
うわぁ。凄い可愛いわ。俺、眼鏡属性じゃないけど、ものっそい可愛い。抱きたい。
「まぁ……な……」
このまま彼女を見ていると股間が爆ぜてしまいそうなので視線を逸らす。爆ぜて良いのはリア充だけだと相場が決まっているからな。
「私……もう興味ないって思ってたから……」
「最初は興味なかったけど……。あれって中学の部活の日だったよな?」
「うん。私が体育の補習で走らされている時に高槻くんとぶつかったんだよね」
「そうそう。キャッチボールが段々と距離離れて遠投になって行って──俺の相手の奴が変なところ投げたから、それを捕りに行ったら、たまたま走ってた五領にぶつかったんだよな」
「今日みたいにすぐに『大丈夫ですか!?』って言ってくれたよね?」
「あれはマジで焦ったからね」
「大丈夫って言ってるのに高槻くん保健室に連れて行くって聞かないもん」
「それで保健室空いてなかったから、家まで送るって流れになったんだよな」
「うんうん。それで教室に戻って鞄を取りに行った時……」
「中身どっしゃーだったな」
思い出しながら笑みが溢れる。
「なんであんなに焦ってたんだが……」
「高槻くんはわからないと思うけど、野球部って怖いイメージなんだよ。私みたいなのが関わったら社会的に抹殺されるイメージなんだよ」
「野球部のイメージよ。どんなイメージだよ」
「私からすれば地獄の鬼のような感じ」
「失礼な。普通の人の集まりだよ。そんな奴おるかっ!」
「そう……。そんな野球部の人に私の鞄に入れてたラノベを見られて──オワタって思ったもん」
「オワタて……」
「だって……『ああ……私がラノベ読んでたのを学校のみんなに知らされて、私はキモオタの烙印を押されるんだ』って本気で思ってたんだから」
でも、と五領は嬉しそうな顔をする。
「高槻くんは誰にも言わなかった。それどころか興味を持ってくれた」
「ああ。学校からの帰り道な。あの時は正直、送るとは言ったものの、小学校が同じなのに一度も喋ったことない女の子と帰る、あの沈黙が耐えられなくてな。話題として出したんだよ」
そしたら、と付け加えて俺は笑ってしまう。
「今まで喋ったこともない五領が物凄い勢いで語るからびっくりしたよ」
「あ、あれは……。その……もうどうとでもなれ、というか……」
「でも、あの熱弁のおかげで、無事に俺もラノベに手を出したってわけだ」
「うん。私、嬉しかった。学校に私の好きなラノベを好きな人ができて」
「実際面白かったしな」
「だから、嬉しい。今も高槻くんが好きでいてくれて」
そう言ったあとに、五領は顔を赤く染めて立ち上がる。
「あ、えとえと……。そ、そろそろ帰るね」
「だな。早く読みたいだろうし」
「う、うん」
「あのさ五領」
彼女を名前を呼んで、現状の彼女のことを聞きたかった。でも、やっぱり高校受験のこととか、色々言いたくないだろうと思い首を横に振った。
「またな」
俺は、多分、もう会えないのだろうと思いながら重めに言う。
「うん。またね」
しかし、彼女はかなり軽めに返してきたのであった。
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