Epilogue/後日談

 季節は留まることなく移ろい、気がつけば、また春がやってくる。


 辺境のフィブレ村にも、数ヶ月遅れの噂話がぽつぽつと届き始める頃だ。

 西方の国々の戦火は収まり、街道がまた通れるようになったということ。海路に跋扈していた海賊の討伐のために、ソランを中心とした隣国連合の海軍が送り出されたこと。あれほど噂になっていた"鴉"と呼ばれる魔法使いは、ぱたりと姿を見せなくなり、戦争に一役買っていた多くの魔法使いたちもなりを潜めた。

 それから、アステリアとノルデンの間で、歴史的なトップ会談が行われたということなど――。


 焼け落ちたエベリアの町は、復興されつつある。ただし遺跡は、今後は<王立>直轄の保護下におく、ということになったようだった。ロードもそれで異論はない。あそこには、いつまた<影>が現われるか分からないのだ。




 フィオは、戦乱が収まってからも行くあてのない戦災孤児の子供たちをそのまま森に住まわせることにした。いつか大人になって自立出来るようになるまでは面倒を見るという。シグマも残って手伝うといっていた。森の入り口の仮ごしらえの集落は村になり、いつか、そこに住み続ける人々が生まれるのだろう。

 それは、かつてのテセラと同じでありながら、テセラのような孤独を伴わない、別の道でもあった。



 ハルは、あれからも何度か村にひょっこり姿を現していた。

 今では村人たちのなじみにもなっていて、お土産に持ってくる珍しい魚などが人気になっている。以前のような寂しそうな顔を見せなくなった代わり、良く笑うようになった。そして、意外なほど世間知らずなところを垣間見せては、ヒルデを困らせている。



 レヴィは相変わらずあちこちを飛び回っているらしい。その噂は、なぜか村を訪れる知り合いたちから聞く。忙しいのか以前ほど頻繁には家に来なくはなかったが、時々ふらりとやってきては居間のソファで勝手に寝ている。

 塔には、結局あれから何人か手伝いが増えたといっていた。蔵書の整理が面倒になっていたところに、やり手のリドワンに巧く丸め込まれたようだった。

 誰かを雇うか決めるのは塔の主であるレヴィなのだから、ロードにとやかく言うつもりはない。ただ、神秘のヴェールに隠されていた塔の存在が、半ば公の存在となったことは間違いなかった。あの山奥の隔世感の強い辺鄙な場所も、いつか、人の通う現世のものになるのだろうか。



 現世のものといえば、”賢者”の実在については、結局、表に出ることはなかった。エベリアでの戦いのあと、内密にしておくという協定が三カ国の関係者の間でひそかに取り決められたのだと、シャロットから聞いた。そのほうがいいから、と。

 「そもそも、世界をどうこうできる魔法使いが実在するだなんて、知らない人に信じさせるのが無理でしょー?」

彼女はあっけらかんとした笑顔で、そう言ったものだ。

 「誰か一人いなくなっただけでもピンチで、二人いなくなったら完全にアウト。しかも代わりが簡単に見つからないだなんて、危険すぎるわー。身体は大事にしてよねぇ」

 「そう簡単には死なないはずですけど…」

 「せめてもうちょっと、人知を外れた存在とかならねぇ」

シャロットは苦笑した。

 「だぁって、見た目も振る舞いもごく普通の人間なんだものー。心配になるわよぉ」

 「……。」

 「ま、それだから安心っていうのもあるんだけどね。」

それは数週間前、シャロットたちが、ガトのところへエベリアの碑文調査の最終報告書を受け取りに来た時の会話だった。

 「あ、そうだ。おれに聞きたいことがあるって…ずっと気になってたんですけど、あれ、何だったんですか?」

 「聞きたいこと?」

 「ほら。エベリアに皆集まる前に…」

 「あー、あれね」

シャロットはぱあっと明るい顔になって両手を打ち合わせた。

 「あれかー、うん、今はもういいのよ。あの時はほんっとーに不思議だったから」

 「は?」

 「ロード君さぁ、気づいててわざと無視してるのか、それとも本気が気がついてないのかどっちだろう、って思ってたのよー。ヒルデちゃん、ずっとロード君のこと意味深に見つめてたから。明らかにあれって恋する乙女ってやつでしょー?」

 「……。」

 「あはは、やだそんな顔して。わかってるわよー。ロード君、物凄く鈍いほうだったんですって? もう笑っちゃう」

 「…それだけですか?」

 「それだけ。だからもういいの。ごめんねー、くだらない質問で。」

溜息をついて、ロードは額に手をやった。

 「まあ…その件は、もう…。」

 「じゃあ、用事も済んだしこれで! あ、そうだ。レヴィ君に会ったら、こんど三段トレイのティーセット奢るから、来てねって伝えといてくれる?」

 「いいですけど、あんまり餌付けしないでくださいよ。あいつ、すぐ調子に乗るんだから」

 「いやぁねえー、お礼はちゃんとするっていうだけよぉー」

相変わらずの色とりどりのリボンに飾られた頭を振りながら、馬車に乗って去ってゆくシャロットを見送った後、ロードは、ガトの家でもある学校の建物の上の方に視線を向けた。

 窓の間から、賑やかな子供たちの声が聞こえてくる。それに混じって、ヒルデの声も。


 最近ではガトが研究に夢中になっているせいもあって、教壇に立って読み書きを教えるのは、主に彼女の仕事になっていた。今ではずいぶん馴れ、子供たちも、ガトに教わるより楽しそうだ。

 「さて、おれも自分の仕事をするか…」

呟いて、ロードは、肩から提げたかばんを片手で叩いた。

 そこには、ガトから預かった本が入っている。西に住む学者ラディルのところへ、借りていた本を返しに行くこと。それが、今回の依頼内容だ。


 西の戦乱も落ち着いて、今度こそ、旅はただの「お使い」になるはず、だった。

 …多分。


 






               triad theōria - mainscenario3/了.



*物語は、世界とともに続いていく。*

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