第14話 迎撃準備

 飛び交う怒号と、はじけ飛ぶ閃光。


 国境を越えてアステリアに入ろうとしていた西の国からの流入者たちは、国境際での思いがけない妨害によって行く手を阻まれた。

 急遽かきあつめられたのは、エベリアで調査していたシャロットの部下たちと、ソランから帰国したばかりの数人の<王立>の魔法使いたちだ。


 不法に越境して来る人々のうち魔法使いは、魔石を取り上げられて捕獲される。それ以外の一般人は兵士たちによってまとめて安全な場所に移送される手はずになっていた。ちょうどアステリスの陸軍が戦況を警戒して国境付近に展開していたのが功を奏した。


 ”鴉”に感化された魔法使いたちが次々とあぶりだされ、捕獲されていくのを、ロードたちは高台に築いた仮の見張り塔の上から眺めていた。

 「無理言ってすいません、シャロットさん。」

 「いーのよー、このくらいはねー。”戦乱の難民に偽装した危険思想の魔法使いが入国してくる”って言ってやったら、軍の人たちもノリノリで協力してくれることになったから」

手をぱたぱた振りながら、見た目より偉い人たちに顔が効くらしい魔法使いは、にっこりと微笑む。

 それから、塔の下に立つハルを見下ろして尋ねる。

 「ハルさーん、近くにはー、目的の魔法使いはあと何人くらいですか~?」

 「右の森の中に二人、男女。女の方は赤いスカーフを巻いてるよ。それと左の小川のほとりに十歳くらいの少年。赤毛でそばかす。少年の方は武器を隠してる。少年兵だろうね。注意したほうがいい」

 「了解! リリア、送念お願い」

 「は、はい」

シャロットに指示されて、傍らにいた白いローブの女性魔法使いが慌てて胸の魔石に手をやった。


 リリアの得意な魔法は、思い浮かべた言葉を遠くの紙や石板に描き出す、念写というものらしい。

 「それにしてもすごいわねーハルさんってー。あの森って、ここから結構距離あるわよ~? この距離で遠視の魔法が届くなんて<王立>でも一人か二人しかいないと思うわー」

 「はあ…。」

本当は遠視の魔法ではなく固有の力で、世界のどこでも視えるのだが、説明するのも面倒なので、敢えてそこは言わないでいる。


 ロードの考えた作戦の一つが、「エベリアに”鴉”の与えた魔石を持つ人々を近づけないこと」だった。


 西の国々での行動からして、”鴉”ことリューナスは、自分の考える理想の世界を作る材料として、”楽園”入りを望む人々を集めようとしている。だから人々をエベリアに集結させなければ、リューナスは当面は行動を起こせない。

 嫌がらせ程度にしかならないにせよ、時間稼ぎにはなるはずだ。




 アステリアの兵士たちが動き出した。伝達が巧くいったのだろう。シャロットの部下たちとともに目的の魔法使いたちの隠れている場所を目指している。


 それらを見送っていたとき、頭上から軽快な羽ばたきが聞こえてきた。

 見張り台の手すりに北国のワタリガラスが降り立ったかと思うと、次の瞬間には人間の姿に戻っている。

 「エベリアのほうの準備も整ったぞ。一応、確認してくれ」

レヴィだ。

 シャロットには、彼の名前を伝えただけで他には何の説明もしていないのだが、特に聞かれないので、ロードもそれ以上は教えていない。

 彼女がどこまで気づいているのかは疑問だったが、どうせ、この作戦をやる以上は何も隠せないだろう。終わったあとのことを考えると頭が痛いが、それも、無事にことを終えられればこそ、の話だ。

 「シャロットさん、ハル、それじゃちょっと行ってきます。」

 「はーい、いってらっしゃい。」

 「気をつけて」

二人をその場に残して、ロードは、レヴィとともにエベリアへと戻った。正確には、かつてエベリアだった焼け跡の町、だが。




 かつて観光地でもあった街道沿いの町は、少し前に放たれた火のせいで無残に焼け落ち、所々に焼け残った石壁を残すだけの黒焦げの焼け野原と化していた。

 風で灰が飛び散るたび、焦げ臭い匂いがする。住民たちは、退避を命じられたままここへは戻ってきていない。

 その焼け野原の周囲に、場違いなほど濃い緑の壁が出来上がっていた。

 「あっ、来た来た。おーい、ここだよ~」

ロードたちが向かってくるのに気づいたフィオが、振り返って大きく両手を振っている。隣に立っているのは、シエラだ。


 駆け寄っていくと、フィオが傍らの緑の城壁…絡み合ういばらの茂みを指差した。

 「言われたとおりにしたよー。これでいい?」

 「ああ、これなら普通の人間は越えるのに躊躇するだろうし、何より”森の賢者”っぽさがある」

 「うまく騙せるといいのですが…」

と、シエラは自信なさそうに俯いた。

 「本当に、私が囮で大丈夫でしょうか?」

 「大丈夫だって。顔の割れてない”森の賢者”に成りすますんなら、むしろあんた以外に適役が居ないだろ」

と、レヴィ。

 「ま、あの”鴉”野郎が引っ掛かろうが引っ掛かるまいが、あんま重要な問題じゃ無ぇんだ。要はいきなりフィオが狙い撃ちにならなきゃそれでいい」

 「そこなんだけどさぁー」

シエラの後ろから、不満そうな顔のヤズミンがひょっこり顔を出す。

 「オレにもちゃんと説明してくれない? 話がよく見えないんだけど」

 「ていうか、別にあんたは呼んだ覚えないぞ」

じろりとレヴィが睨む。

 「協力を要請したのはシエラだけだ」

 「最愛の人が何やら危険な戦いに連れ出されるってのに、一人で行かせるわけにはいかないだろう。それに魔法なら、一応は使える。」

 「ま、数は多いほうがいいさ」

とロード。彼は、焼け跡の向こうに見えているエベリアの城のほうに目をやった。

 リューナスは、確かにそこにいる。気配を感じる――だが、姿が見えない。どこに隠れているのだろう。城の中だろうか?

 「かいつまんで説明するよ。あそこに、この町を焼いた魔法使いが潜んでいる。西で戦乱を引き起こし、魔法使いを養成し、あの城に集めようとしてるのがそいつだ。そいつの企みを阻止したいんだけど、相手の魔法使いが強すぎておれたちだけでは勝ち目が無い。」

 「ははあ成程、その説明なら良く判る」

ヤズミンは頷いた。

 「いいねえ、仲間たちの力を結集して強大な悪と戦う。燃える展開だね。そりゃあオレも力を貸さなくちゃ」

 「こっちからは手を出しちゃだめなんだよ」

フィオが釘を刺す。

 「勝てないんだから。」

 「そう。それと一般人は巻き込むなよ。もし――おっと」

ロードは顔を上げた。城の上から飛び立つ黒いちいさな姿が見えたからだ。動きに気づいたレヴィも身構える。

 「攻撃してきても防御だけでいい。レヴィ、もし空間転移を仕掛けてきたら中断させられるよな?」

 「ああ。奴の妨害だけに注力すれば何とかなる」

ちらりとフィオのほうに視線をやると、彼女も何をすべきかに気づいたようで、大急ぎでヤズミンの後ろに隠れた。

 「えっ、何? どうしたんだい」

 「いーから。あたしはか弱い一般人の女の子だからね? それらしく庇ってる感じ出して!」

鴉の羽ばたきが近づいて来る。間合いをとるように、近づき過ぎない距離でぐるりと大きく空を旋回し、頭上からロードたちを見下ろしている。

 「お前が何を企んでいるかは知りませんが、この先へは、誰も行かせません」

空を見上げながら、シエラが凛とした声で叫んだ。

 「人々を惑わすのはお止めなさい! さもなければ、排除の対象と致します」

 リューナスは、あざけるように鴉の鳴き声を上げながら、もう一度大きく旋回して城の方へと戻って行く。ほっとしたのか、シエラは大きく溜息をついて硬く握り締めていた手を解いた。

 「シエラ、お疲れ様! かっこよかったよー」

 「お母様の真似をしてみたけれど、うまく行ったかしら…」

 「ヘーキヘーキ、もう、シエラが本物だって思っちゃう」

 「本物って?」

 「まあ、実際二人並んでたらどう考えたってそっが本命だと思うよなあ…」

 「だから本命って?」

 「……。」

ヤズミンが蚊帳の外にされているのを不憫に思ったが、かといって同情するつもりも、ここで細かい作戦内容を説明している時間も無かった。

 (とにかくこれで、リューナスは、”森の賢者”がここに来たことを知った)

その”本命”がフィオではなくシエラのほうだと誤解してくれていればいいが、もし騙すことに失敗していたとしても問題はない。

 (あいつなら、ハルとレヴィが近くにいることにもとっくに気づいてる。”賢者”全員を同時に相手にして戦うことは、流石に今は避けるはずだ)


 リューナスの望む『世界の法則を書き換え』は、単純に呪文の管理権を奪うこと――つまり賢者全員を殺すことでは、おそらく達成されないのだ。もしその程度で済むのだとしたら、千年前に既に達成されているはずだ。


 彼が”楽園”と呼ぶ新たな法則は、おそらく、何らかの条件のもとで創世の呪文の書き換えを行わなければ実現されない。


 その条件の一つが、ここエベリアという土地。それと太陽の輝きが失われ”真昼が夜になる時”。

 他に条件があるかどうかは分からない。少なくとも、短時間であれ太陽の輝きが失われたことは、”真昼が夜になる”ための準備については、ほぼ完了していることを意味する。

 「ここも大丈夫だな。それじゃ次だ。レヴィ、頼む。」

 「本当にあいつに声かけんのか? あんまり気乗りしないんだけど…。」

ぶつぶつ言いながら、レヴィは空間を繋ぐ扉をつくるために近くの焼け残った民家のドアに近づいていく。


 残された時間は、そう長くはない。

 運命の”真昼”が来る前に、一体どれだけの助力を集められるのだろうか。




 休む暇も無く、次に降り立ったのは、白い雪の帽子をいただく峰々のふもと。聳えたつ尖塔の町、ノルデンの首都・レイゲンスブルグ。

 いつか来たことのある屋上に立って、レヴィは深いため息をついた。

 「あのジイさん、話通じるといいけどなぁ」

 「そんな顔するなよ。魔法に一番詳しいのって、おれたちが知ってる中では、多分あの人だぞ」

 「判ってるよ。ノルデン最高の魔法使いの名は伊達じゃない。けどなー…」

くしゃくしゃと髪をかき回しながら、レヴィは、足の下を見やった。そこが目的の人物、主席魔法使いリドワンの部屋なのだ。

 「居るかどうか確認してくる。ちょっと待ってろ」

言うなり、レヴィは鴉に姿を変え、屋上から窓の方に舞い降りていく。


 冬のこの季節、北国のワタリガラスたちは南のほうへ旅している。胸の辺りの白い大鴉が北に残っているだけでも、いつもよりは目立ってしまうはずだ。

 ロードは屋上のへりに隠れながら、それとなく町の様子を伺ってみた。見下ろす通りには相変わらず兵士たちがうろついていて、普段より警戒されているのが見て取れた。さすがに「鴉が飛んでいる」というだけで攻撃してくるような魔法使いはいない。


 しばらくして戻って来たレヴィは、屋上に足をつけるのと同時に人の姿に戻る。相変わらず、瞬間的で鮮やかな姿の切り替えだ。

 「居ないな」

 「居ない?」

 「ここじゃない。図書館か…それとも学校の方かな? 町から出ることはないはずだ」

レヴィは町の方を振り返って、今までに侵入してきた実績のある建物群を眺めやった。

 「どこから探す?」

 「学校に行ってみよう。前にランドルフさんの書き残したものを見せてもらった部屋、覚えてるよな」

 「あそこか。…わかった、行こうぜ」

屋上に出てきたときの扉を、今度は反対側から魔法学校の奥の研究棟に繋ぐ。


 再び扉を開くと、見覚えのある、壷や石板などのガラクタがところせましと積み上げられた薄暗い部屋に出ていた。部屋の真ん中にあった明かりが揺らぐ。

 誰かがいる。

 眼を凝らすと、本棚の間にいた黒ローブの人物が手に本を抱えて、驚いた顔で立ち上がるところだった。リドワンではない。

 「待て、飛ばすな」

ロードは慌てて、レヴィの肩に手をかけた。

 「リドワンさんがどこに行ったか、まず聞かないと」

 「飛ばさないって。出会いがしらに見知らぬ人を飛ばすなんてこと、ぼくが何時やった」

 「前回ここに来た時だ」

溜息まじりに言いながら、ロードは、一歩前に出た。

 「というわけで単刀直入に聞くけど…主席魔法使いのリドワンは今、どこにいる?」

 黒ローブの魔法使いは、二人の間に視線を何度か行き来させた。驚きが収まっていくにつれ、表情が変わっていく。

 口元にある黒い髭と、ローブの袖口からのぞく上着の縫い取りからして、この男も貴族の出身なのだろうか。

 「黒服の子供にアステリア人…リドワン様が接触しておられた連中か」

 「ま、そんなところだ。」

 「お前たちのせいで、リドワン様は査問会議に召還された。今頃は尋問中のはずだ」

 「尋問?」

男は、苦々しい顔で頷いた。

 「先日の騎士団襲撃の後、国内での不審火や魔法使いへの攻撃が相次いだ。我等が主席には、居他国の間者に情報を漏らし、外患を誘致した疑いがかけられている」

 「その査問会議とやらの開催場所は?」

 「…聞いてどうする」

 「疑われてんだろ? だったら直接行って疑いを晴らしてやりゃいいじゃねぇか」

レヴィはいかにもあっさりと言う。

 「あと、急ぎの用事があるんだよ。」

 「……。」

<王室付き>の魔法使いは、この闖入者たちの正気を計りかねているようだった。

 だが、この部屋にいるという時点で、この男も、ただの魔法使いなどではないはずだ。ここはおそらくリドワン専用の研究室だ。そこに出入りが許され、自分たちのことを聞かされている。

 ――おまけに、男の腕の辺りに見えている魔石の輝きは、一般的な魔法使いたちの持つそれよりはるかに強い輝きを持っている。


 しばしの逡巡のあと、黒いローブの魔法使いは押し殺した声で場所を告げた。

 「…王城の会議室だ。最も警戒厳重な場所だぞ。侵入など不可能だ」

 「お城ね。城から救い出すのが可愛げのないジイさんっつーのは全く燃えねーけど…」レヴィは、目の前の男の忠告など無視して、ちらりと隣のロードを見る。「どうする?」

 「リドワンさんの力はどうしても必要だ。」

 「わかったよ。ちぇっ、しょうがないな。おい、そこの魔法使い。大雑把でいいから会議室の場所を教えろ」

 「正気なのか」

 「当たり前だ。ぼくを誰だと思ってる? 不法侵入と撤退は誰よりも上手い。任せとけ」

全く自慢になっていない、と苦笑しながらも、ロードは、以前、自分がフィオとともにジャスティンの<王立>本部に乗り込んだときのことを思い出していた。

 そう、確かに、不法侵入と逃走は何度もやらかしてきた。今更、だ。

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