第7話 伝承を探して
扉を潜ると、そこは常夏と言ってもいい青空の下だった。さっきまでいた西の果てと打って変わった明るい日差しと空の色に目が眩みそうになる。
マルセリョートの白い砂浜の上に踏み出し、波の音を耳にしたとき、ロードはどこかほっとするのを感じた。
良く知った世界の中で、心の奥にわだかまっていた重たい緊張が嘘のように溶けてゆく。何も解決していないはずなのに、肩の上に圧し掛かっていたものが取り払われたように感じるのだ。
レヴィは、波打ち際に立っている白い髪の男のほうに向かって荒っぽい足取りで近づいていく。
「ハル! 補足できたか?」
男が振り返り、二人を見て微笑む。
「もちろん。今追いかけてるよ。――で、どうしたんだい? その格好は」
「”視て”たんなら判ってんだろ? こんな屈辱、久し振りだ」
ふてくされたように言いながら、レヴィは靴をぽいと砂の上に脱ぎ捨てて、濡れた靴下を足から引っぺがす。
「見失うなよ。あいつ、ただの魔法使いじゃねぇ」
「そうみたいだね、君を正面から押し切れるなんて。僕も迂闊だったな。普通の方法じゃ発見出来なかったわけだ。」
「というと?」
「人間じゃない。結論から言うと――おそらく、<影>だ」
「影?」
ロードの脳裏に、以前ここで合間見えた恐ろしい二人組のことが過ぎった。
アガートとハルガート。
死に瀕した獣の体に憑依する”影憑き”と違い、それ自身で一個の生命体のように動くことの出来る、意志と知能を持つ存在。とてつもなく強力な存在だ。
「けど<影>は、光の中には出て来れないはずだろ。以前テセラが呼び出した時には、テセラが光を遮る魔法をかけて守ってたんだぜ? あの野郎はどうやってるんだ」
「恐らく、自分自身の魔法で身を守っているんだろうね。」
「自分で? まさか。」
レヴィは半信半疑だ。
「んな器用なことが出来る<影>がいるのか? 魔法を使える? …いや、確かに魔法は使ってたな。ぼくらを飛ばした…けど…」
彼は頭を抱えて、小さく唸る。
入れ替わりに、ロードが口を開いた。
「信じにくいけど、おれが見たものとは一致する。あいつは魔石らしきものを持っていなかった。小さな光が見えただけ…あの光、言われてみれば確かに<影憑き>の心臓と同じだった」
「そう。だから<影憑き>と同じ方法で探さなければ見つからない。まさか完璧に人間に成りすました<影>が昼日中の町を出歩いているなんて思いもしないから。ただ、それにしてはおかしなところもある…」
ハルは、まだ頭を抱えているレヴィのほうを見た。
「レヴィ。君が対峙とた時に感じたものを思い出してほしい。何でもいい。どんなふうに感じた?」
「どんなもこんなも。見た目はただの人間だったし、頭のイカれた魔法使いだとしか思ってなかった。ぼくとは会話しなかった。接触時間は殆ど無い」
「ほう」
「で、何の前フリもなくこっちの思考言語が中断されて。あとはご存知のとおり、どこだか分からない場所に吹っ飛ばされてこのザマさ」
彼は、濡れたシャツの裾をつまんで肩をすくめる。
「思考言語ってことは、レヴィは、”鴉”に何か魔法を使っていたんだね? どんな魔法を、どの順番でかけたんだい」
「最初にロードに声をかけたときに、ロードにかかってる魔法を妨害して、同時にあいつが逃げないように周囲に”壁”を作っておいた。」
「それだけ?」
「ああ。」
「ふうん」
ハルは難しい顔で顎に手をやった。
「…レヴィの得意な魔法ばかりだ。それを強制的に中断させて割り込みをかけられるとすると…精神感応系の魔法かな?」
「精神感応?」
「相手と精神を同調させることによって、何に注意を向けているか、どう感じているのかを察する魔法。使える魔法使いは多いが、個人差は大きいね。下町の占い師から、その力だけで国を作ったような人もいる」
「心が読めるってことなのか」
と、ロード。言ってから、はたと気づく。
「…そういえば、あいつ、おれが考えてることがわかるみたいな口ぶりだった」
「けど、他人の考えを察するなんてのは魔法じゃないだろ」
レヴィは食い下がる。
「洗脳するとか、人の心を壊すとかなら兎も角」
「西の方で、”鴉”の言うことを信じている駆け出し魔法使いが増えている理由が、それだとしたら?」
「……。」
自分で言った言葉なのに、レヴィは、ハルに指摘されるまでそこに気づいていなかったようだ。みるみる表情が強張っていく。
「…魔法で? 冗談だろ」
「高度な精神感応系の魔法は、あんがい成功率が低いものなんだよ」
ハルの落ち着いた声が、波の音に乗って聞こえてくる。
「だから最初に不安や恐怖を煽り、心に隙間を作る。そうすれば成功率は上がる。あとは繰り返しかけつづけることで強化することが出来る。古来から良く使われてきた方法だ。もちろん、良い方の使うことも出来るんだ。たとえば深刻なトラウマを抱えた人を立ち直らせる、とかね」
「レヴィの魔法を中断させたっていうのは?」
「それは最も簡単な、成功率の高い魔法の一つ。相手の心の中まで踏み込む必要はないからね。意識の表面をなぞるだけで構わない。魔法を組み上げている思考言語に干渉すれば、本人の意識しない領域で魔法は中断される」
「…相性は、最悪だな。」
レヴィは苦々しい顔をしている。
「そう。『対・魔法使い』というでは、最強クラスの魔法属性だ。問題は、それ以外の魔法を使ってきたこと――」
「空間転移だよな。並みの魔法使いじゃ発動させるのさえ難しい魔法じゃなかったっけ?」
ロードが口を挟む。
「そう。空間制御の魔法特性を持っていれば別だけど、おそらく、”鴉”の魔法特性は精神感応のほうだろうな。だとすると、空間を操る魔法は、特性なしに使っていることになる。」
「光から身を守ってる魔法もあるぜ。影が光から身を守るのに必要な”暈”の魔法は、光源制御の中でも面倒くさいやつのはずだ」
「……そうだね」
大きな波が足元まで届き、足の先にわずかに触れて去って行く。日差しは暖かいのに、濡れたシャツのせいか、背中は涼しいままだ。
「レヴィ、ロード、”鴉”との接触との後、いったん消えた君たちが次に現われた場所は、どこだったと思う」
「どこ? あの沼地? さあ、初めて行く場所で全く判らなかった」
「消えた地点から三十クレーム北だった」
「な、…」
レヴィが唖然とする。
「三十?! おい、それ山脈ひとつ跳び越すくらいの距離だぞ。空間転移で飛ばせる距離なんて、精々…」
だがハルの表情は、それが間違いではないと物語っている。
レヴィは、片手を頭にやった。
「…少なくとも三系統は上位魔法まで使えて、ぼくらと同等かそれ以上の魔力を扱えるってことか。何だよそれ。何でそんなもんが、この世界にいる? いつから? テセラと戦った時には…。」
「いずれにせよ、一対一じゃ分が悪いね」
短く言って、ハルは、再び海のほうに視線を向けた。
「僕は、しばらく奴の動きを監視する。二人は出来るだけ奴の正体を探って欲しい。もしどこかで出くわしても絶対に単独で交戦しないこと。…心配いらない、君たちは一人じゃない」
「そうだな。ま、四人もいれば何とかなんだろ」
「何で四人なんだよ」
と、ロード。三賢者、という意味なら三人のはずだが。
「ん? ヒルデも入れたほうがいいか?」
「いや、……そういう意味じゃなくて」
はあ、と一つ溜息をついてから、ロードは、生乾きの髪をくしゃくしゃとかき回した。
「ま、いっか。…どうせ、おれも巻き込まれるに決まってる」
「よく言うぜ、当事者のくせに」
ぼそりと呟く傍らの黒髪の魔法使いの言葉は無視して、彼は続けた。
「で、正体を探るって話だけど、聞き込みで手に入る情報はこれ以上は集まらなさそうなんだよな…。先にフィオのところの避難民とか、食料が足りない問題とかもどうにかしたいし」
「ああ、そっちはぼくのほうで何とかしておく。つーか、お前を追いかける前にシルヴェスタには寄ったんだ。それでお前がふらっと出て行ったことを知って、慌ててハルに追跡するよう頼んだってわけ」
「…言っとくが、ご本人様が向こうから出てくるなんて思ってなかったからな?」
「知ってるよ。けど絶対に引き当てると思ってた。お前はそういう運回りだから。」
「……。」
「実際、そうだからね」
くすくす笑ったあと、ハルは、少し真顔になる。
「でも、冗談じゃなく気をつけたほうがいいかもしれない。”鴉”が、自分からロードに接触してきたのは事実なんだから」
「気をつける、ったって…」
「とりあえず、やってもらいたいことはある」
言いながら、レヴィは泥まみれの上着を肩にひっかけた。「塔に来てくれ」
扉を潜ると、次に現われたのは巨大な塔の内部。歴代の”風の賢者”の住まいであるこの塔は、マルセリョートからはほぼ大陸一つぶんを隔てた、はるか北の山奥にある。そんな場所まで一瞬で移動出来るのだから。相変わらず、レヴィの空間を繋ぐ力は便利そのものだ。
塔の中は上から下まで不規則な吹き抜けになっていて、各階ごとの回廊が木の枝のように張り出している。
山の上にある塔の外は、既に厳寒の真冬のはずだったが、内部は回廊のあちこちに設置された太陽石の仄かな輝きのお陰で明るく、しかも暖かい。
「まずは着替えだな。リスティに見つからないうちに…」
歩き出そうとした途端、下の回廊から女性の声が飛んでくる。
「レヴィ!」
「っやべ、言ってる先から…」
塔の主は首をすくめると、大慌てで鴉の姿に変身して舞い上がる。自分の部屋に隠れようというのだ。
ぽかんとしている置き去りのロードめがけて、長いスカートをたくしあげながら、レヴィの姉のリスティが階段を駆け上ってくる。
「ロードさんまで、そんな泥だらけの格好で…あの子、一体何したんです?」
「いや、これはレヴィのせいじゃなくて…」
「風邪をひくといけないわ。こちらへ、着替えを用意しますから」
ここでは、誰も、塔の主でさえも、彼女には逆らえないのだ。見た目はともかく、実際の年齢はレヴィと一歳しか違わないというのに。
ロードは苦笑いしながら後に続く。
着替えを終えて中二階の食堂のあたりへ降りていくと、見計らったようにユルヴィが現われた。ヒルデの次兄で、元はノルデンの<王室付き>に所属していた魔法使い。いまはこの塔で、レヴィの助手をしている。
彼は、手に沢山の本や書き物を抱えていた。
「レヴィさんから話は伺ってきましたよ。ついに”鴉”を見つけられたそうですね」
「まあな。まだ、大したことは判ってないけど。…で、その本は?」
「レヴィさんに調べるよう言われていた、塔の過去の記録ですよ」
そう言って、ユルヴィは手にしていたものをテーブルの上に広げた。
「ざっと千年前のものですよ。…写しですけどね」
広げられた本の中身は、新しい紙の上にやや不鮮明な文字が、インクのにじみや虫に食われて空いた穴も一緒になって踊っていた。複製の魔法を使って、ページごと転写したらしい。
「凄い古文書じゃないか。よく残ってたな」
「私も驚きました。この塔の蔵書は、想像以上ですよ。でも、…それだけじゃないようで。」
そう言って、ユルヴィは中二階から塔の中心を取り巻くようにして作られている書棚を見上げた。
「この塔自体が、そもそも、こうした記録を残すための蔵書庫として作られた可能性があるんです。」
「というと?」
「まだ正確なところはわかっていませんが、塔全体に保管の魔法がかかっています。どうも塔の地下に、魔法を継続させる仕掛けがあるようなんですよ。そして、ランドルフ様の書き残してくださったメモを頼りに探した塔の最古の蔵書が、これなんです。」
抱えてきていた写しの本の一冊を目の前に広げる。
「扉に、こう書かれているんです。”我が子らに、消え行く人の世の知の遺産を伝えんと欲す”。…記名者は、当時の”風の賢者”ルーアン」
「ルーアン?」
「四代前の風の賢者です。ちょうど千年前、この塔を設計・建築した人物」
そういえば、確か、建築家の”賢者”がいた、という話は、以前にもレヴィから聞いたことがあるような気がする。
ロードは眉をひそめて、古びた文字を見やった。なんとなく判る単語もあるが、昔の言葉過ぎて、ロードには文章の意味が分からない。
「…で、どうしてこの人のことを?」
「千年前に何があったのか、ここのところ、レヴィさんも、ハル様も気にされていたでしょう? 私も少し引っ掛かっていたんですよね。"鴉"が言いふらしていたという伝承めいたものにも"千年前"という言葉が入ってたらしいじゃないですか。魔女アルテミシアと闇の軍勢の戦い、地形が変わるほどの大規模な気候変動」
「それとエベリアに残ってる謎の城に、"海の賢者"の祭壇…か。なるほどな。ただの口からでまかせじゃなく、本当に、千年前に何かが起きた可能性がある、ってことなんだな」
「ええ、そうなんです。そもそも、私たちの今使っている魔法体系だって、千年前に、その”闇の軍勢”と戦う中で編み出されたと伝承されているくらいですからね。ただ、さすがに昔のことすぎて、誰も確かなことが言えないだけです。この塔に残ってる記録でさえ断片的ですし――それともうひとつ、不可解なことに気がつきました」
ユルヴィは、別の巻物状にした紙を広げる。年表のようだ。
「調べて判った限りの、歴代の”風の賢者”の名前と在職年を表にしてみたんです。まだ途中なんですが、おかしなところがあって…」
「おかしなところ?」
「ルーアンが建設したあと、この塔が"賢者"の住まいとして使われだしたのは、百年近く経ってからのようなんです。その間の記録は何も見つかりませんでした」
「え、そうなのか? ってことは、当時は別の場所に住んでいたとか?…ルーアンは、次の代の”賢者”について書き残していないのか」
「何もないんです。おかしいんですよ、まるで誰かが故意に記録を消したようになっていて。わずか二年しか在職しなかった女性賢者がいたことは分かっていますが、彼女がルーアンの次の代なのか、次の次なのかも分かりません」
ユルヴィは、巻物に書いた年表の中ほどを指した。塔の建設者であるルーアンが職を退いた後、確かに、僅かな空白が出来ている。
「継承に問題があったんじゃないか。千年前ってのは大きな気候の変化があった時期なんだろ? 何かの事件で、なりたての”賢者”が命を落として引き継ぎが巧くいかなかった、とか」
「可能性はありますね。誰でもなれるわけではない”賢者”なのに、たった二年で引退するとは思えないですから。」
(もしくは、正式な賢者になってなかった? 巻き戻し前の世界でのイングヴィのように? それが千年前の出来事の原因だとしたら、その当時のほかの二人の賢者はどうなってたんだろう)
系図を見下ろしたまま、ロードは口元に手をやって考え込んだ。
”賢者”が二人だけでも、世界の維持は何年かは可能だろう。
だが、今までの体験からするに、三人のうち一人でも、寿命の前に死を迎えるよう
な状況だったとしたら、残りの二人も無事では済まない気がする。
「ユルヴィ、他の賢者――”海”と”森”の継承に関する記録はここには無いのか? そっちがどうなってたのかも気になるな」
「まだ、見つけられていません。ここは塔全体に保管の魔法がかかってますから、外の世界よりは物の保存がいいんですが、それでも流石に、千年も前となると…」
「じゃあ、このルーアンって人の記録は?」
「それなら、沢山ありますね。主に設計図…ああ、そうだ」
彼は思い出したように、傍らの本の山から一枚の紙を取り出した。
「こんな設計図も見つけたんです。下書きみたいですが、エベリアの城に似てると思いませんか?」
なるほど、紙の上には、二つの丘の間に、挟まるようにして作られた"祭壇"の見取り図のようなものが、荒っぽい線で書き込まれている。
「…確かに似てる」
「やっぱりそうですよね。ということは、その城もルーアンが建てたものかも。」
「だけど、あの城が作られたのは…いや、賢者の寿命って長いんだっけ。そのルーアンって人が何百年生きてたかは知らないけど、賢者を辞める前に建てた、とかかな」
「そうです。おそらくは"海の賢者"のために。ということは――」
「――千年前の"海の賢者"の状況については、エベリアで調べたほうがいい、ってことか」
「ですね。それはもう、ロードの村の学者さんがやっていると聞きました」
ロードは頷く。
「あっちはそもそも文字が読めないから、ガト先生に任せるしかないな」
「森は…森の賢者については、正直、記録の当てがありません。ランドルフ様の書き残した内容でも、二代前までしか辿れませんでした。」
「そうか…。フィオに聞いても分からないだろうし、シルヴェスタに記録が残ってるとも思えないなあ…。」
沈黙が落ちる。
静けさに、ふと我に返る。
「あれ? そういや、レヴィは」
さっき着替えるために部屋に逃げ込んだところまでは見ていたが、そのあと、下に降りてきた様子がない。
「レヴィさんなら、あのあと直ぐシルヴェスタに取って返されましたよ」
「え?! おれは? 置き去り?」
「何も仰ってませんでしたが。何か、やり残したことでも?」
「…いや。強いて言うなら、フィオとヒルデに心配されないかってことなんだけど、ま、レヴィが向かったんなら、ここにいることは伝えて貰えるだろうし、いいか。」
森での問題は何とかする、とレヴィは言っていた。それなら、自分がやるべきことは、ユルヴィと協力して”鴉”の正体に関係しそうな情報を集めることだろう。
ふいに、ユルヴィは表情を崩した。
「ヒルデが、そちらでお世話になるようになって、もう半年以上になりますね。妹は、迷惑をかけていませんか」
「ああ、全然。ただ、ずっとこのままじゃマズいとは思ってる。そろそろ自分のやりたいことを見つけてくれてもいい気がして」
「…そう、ですね」
ユルヴィは少し渋い顔になる。
「あの子は、外の世界への憧れと、勢いだけで飛び出してしまったようなものです。ロードの好意に甘え続けるわけにもいかないですよね。次に会った時に話してみます」
「ユルヴィのほうは? ここでの生活にはもう馴れたのか」
「ええ。私は、ここが合ってるみたいです。」
言いながら、塔を見上げる。
「この蔵書の整理だけでも、たぶん、一生をかけても終わらないでしょう。人間の、短い一生ではね。」
「一生をかけられる仕事が見つかるのっていいな」
「何言ってるんですか、ロードもそうでしょう? 私なんかより、ずっとすごい仕事だと思いますが」
「おれは…どうかな。ハルの後を継ぐとは決めたけど、ちゃんと務められるどうかも分からないし、本当に継げるのかどうかも…って、何笑ってるんだよ」
「何でもないですよ。」
真顔に戻って、彼はロードを見た。
「とりあえず、しばらくは私に付き合ってもらえますか? 明日は、レイゲンスブルグの王立図書館へ行くつもりなんです。」
「…ノルデンの王都に?」
「以前、リドワン様…リドワンさんに貰った例の資格のお陰で、出入り自由になったので」
「ああ、あのナントカ紋章か」
確か、王室付きの主席魔法使い、リドワンに便宜を図ってもらえる印だとかいう話だったはずだ。
ロードにはそのあたりのノルデンの詳しい事情はよく分からないが、そのお陰でユルヴィが気まずい思いをせずに済んでいるのなら、有り難いことだと思った。
「で? 何を調べるんだ」
「魔女アルテミシアのことですよ。ノルデンの千年前の伝承といえば、彼女です。それと、千年前のノルデンの伝承の中には”賢者”の話が出てくるんですが…その部分を、改めて調べてみたくて」
「成程。興味あるな、つき合わせてもらうよ」
言ってから、ロードはふと、思いついた。
「…そういえば、あの、偽物のほうの”鴉”、ノルデンには出没していないんだよな?」
「そう聞いています。ただ、国境付近では何度も目撃されているとか。国内では噂になっているようです…」
ユルヴィは少し沈んだ表情になった。
「…どうも、一部ではレヴィさんと混同されているようなんですよね。直接レヴィさんを知ってる人じゃなければ無理も無いんですが。」
「そいつは面倒だな」
(戦火を煽れる場所にしか現われない…ってことか。それとも、この国の魔法使いのトップが、直接レヴィを知っているから? アステリアでは、どうなんだろう)
レヴィが現われてすぐ、二人まとめて遠くへ吹っ飛ばされたことも気になっていた。戦うことも出来たはずだが、そうしなかったのは、正体を知られたくなかったからなのか、それとも何か別の理由があったからなのか。
「お話はおしまいですか?」
見計らったように、リスティがお茶とお茶菓子を乗せた盆を運んでくる。焼きたてのスコーンの良い香りが辺りに漂う。
「休憩にいかがですか」
「わあ、ありがとうございます…!」
ユルヴィはぱっと明るい笑顔になり、弾んだ様子で盆を受け取る。
そういえばユルヴィはリスティに好意を寄せていたんだったな、と今更のように思い出す。
余計なことかもしれない、と思いつつ考えてしまう。一生ここで暮らす、というさっきの言葉は、…つまり、そういうことなのだろうか?
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