第1話② 生きるために

 そして開かれた扉の先には巨大な空間が広がり――その中央に巨大な魔獣が鎮座していた。


 双頭の巨狼――ツインヘッド。

 漆黒に染まった巨大な体躯に、鋭く尖った爪牙そうが


 一見しただけで、今まで相手をしてきた小型の魔獣と格が違うことがわかる。


 そして、一行が中へ足を踏み入れるや否や、

「ヴォオオォオッッッ!!!」

 魔獣は地を揺さぶるほどの大咆哮で一行を迎え入れた。


「「「――っ!?」」」

 突然のことに一瞬怯んだアレンたち。しかし、巨狼はピクリとも動かず、その隙を見逃した。


「ちっ。俺らなんていつでも殺れるってか? ――まあいい。ちいとばかりでかいが、さっきまでとやることは同じだ。アレン、頼んだぞ」


「……ああ。わかった――!」

 アレンは自らの胸をドン! と叩き、気を奮い立たせて巨狼に立ち向かった。


(――拾ってもらった恩を返すんだ!)

 気持ちを込めた全力の一撃を振り下ろした。


 しかし、巨狼は片頭でやすやすとそれを弾く。

 続けざまに隙だらけになったアレンの下腹に向け、右前脚を打ち払った。


「――ッ!!!」

 アレンはギリギリのところでみかわした。


 続けざまに巨狼は、右前脚でアレンを叩き潰す。

 すんでの所で大剣でそれを受け止めるアレン。ギシギシと骨の軋む音がアレンの身体中から発せられるのがわかった。


 だが、これで巨狼の注意を引くことは出来た。あとはヘクトルたちの魔術で――

「あまり長くは持ちそうに……ないっ! 頼んだ!!」


 しかし、その言葉は虚しく空を切った。アレンの声に呼応する者は――誰もいなかったのだ。


 ――!? 


 アレンはヘクトルたちの様子を傍目でうかがった。

 ヘクトルたちは強力な魔術を放つための、巨大な魔術紋を展開している――はずだった。

 しかし、アレンの目に映ったのは、ミリムの足元に浮かぶおどろおどろしい闇をかたどった魔術紋。強力な魔術の紋それとは明らかに異なるものだった。


(――あれは、束縛の紋……?)


 なぜ? 作戦が変わったのか? だが、考える余裕などなく――直後、ヘクトルの怒号が神殿内に響き渡った。

「目的の物はすぐそこだ!!! ミリム、やれ!」


「わかったにゃ」

 ミリムはアレンへと掌を向けた。魔術紋から強い光が放出。同時に、ミリムの掌からは触手をかたどったような黒い何かが放たれた。


 黒い何かはアレンを縛り付けるようにまとわり付き、身体の自由を奪った。

「ぐぅっ!!」


 何をする! しかし、その言葉がアレンの口から放たれることはない。

 口を動かす自由すらも封じられていたのだから。


「あれじゃあまだ逃げられるかもしれないねー。やるならこれくらいやらないとー」

 今度はリリィの足元に雄風をかたどった魔術紋が浮かんだ。リリィの掌から放たれた風の刃たちがアレンを襲った。


「――ッ!!!!」

 右腕を切り落とされ、左眼を潰された。

 叫び悶えたくなるほどの激痛が走るが、アレンにはそれすらも許されなかった。


「すまねえな、無能のアレンさんよ! 俺たちじゃそいつは倒せねえ。あの方の以来・・・・・・を達成するには、こうするのが手っ取り早くてよ。まあ、次はせいぜい騙されないようにな! 生き延びられれば……の話だがな! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」


 ヘクトルは高笑いを発しながらアレンを置いて駆け出した。神殿の内部へと向かって。


 生かさず殺さず――正しく生き餌の状態となったアレンに、口を大きく開いた巨狼の片頭が迫った。

 血を流しすぎたのか、アレンは虚な瞳でそれをぼんやりとみつめている。


(ああ、もう終わりか……結局、何も成せず、か……)


 そう悟ると、残った右眼をゆっくりと瞑った。


 ………………


 ……………………


 …………………………


 …………おかしい。目を瞑ってもうしばらく経ったはずだ。


 にも関わらず、アレンは生きていた。

 それどころか、先程まで聞こえていた巨狼の息遣いすら感じない。


 アレンはゆっくりと目を開く。

 するとそこには、巨狼の大きく開いた口が視界一杯に広がっていた。


 ――静止……しているのか?


 どういう訳か、巨狼の動きが停止していた。

 そして、アレンは自らの足元に、白く輝く魔術紋が浮かんでいることに気付く。


『我を目覚めさせた適合者はそなたか?』


(何を……言っているんだ……?)


 頭に直接声が響く。失血のしすぎで幻聴でも聴こえているのだろうか。


『問おう。そなたの望みはなんだ? 力か? 不死か? それとも栄誉か?』


(僕の……望み……?)


 幻聴でもなんでもいい。叶えられるものなら叶えてくれ。

(僕の望み、それは――)


 薄れゆく意識の中、アレンは強く強く願ったのだった。

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