#3:黒の神官服と処刑人の剣
そういえば、持ってきたものをお金に換えることばかりに注意を払っていて、日用品その他を調達することはすっかり忘れていた。
特に服だ。いつまでもぶかぶかの、ダダの服を着ているわけにはいかない。靴もサンダルのままではな……。
そういうわけで、剣を売るのは一度やめにして、俺たちは洋裁店に向かった。
「いらっしゃい」
洋裁店の店主は、緑の鱗を持つリザードヘッドの女性だった。
「…………………………」
「なんやジブン、リザードヘッド見るんは初めてか?」
「いや……」
このグランエルは、いろんな種族の人たちがいるんだな……。
「神官さんだね。神官服をご所望かい?」
「そうなんや。見ての通りボロボロでな。行く先々で火事場泥棒と思われんねん」
「あらあらそれは大変。じゃあうちでちゃんとした服を仕立てないとねえ」
この店は服だけでなく、背嚢や鞄、靴なども取り揃えているようだ。服屋と、レムナスにもあった旅の雑貨屋が一緒になったようなところか。
「何着か用意した方がええやろ。金もあるし、洗濯も大変やからな」
「ああ………………」
飾られている神官服を見る。ついている値札をめくると、それなりの値段がした。既製品でこれか…………。自分の体に合わせて仕立てるともっとかかりそうだな。幸い、金はあるんだが……。
「………………ん?」
いくつか神官服を見ていると、一着、変なものが紛れているのに気づく。
「これは?」
取り上げて見る。
黒い神官服だ。
「なんやそら? 神官服が黒いなんて見たことあらへん」
シスターが言う。
「それはねえ……」
店主が説明を加える。
「うちの娘が作ったんだよ。あまった黒い布で、練習用にね。上手にできているし、売り物になるだけの品だから一応置いてあるんだけど……」
確認すると、サイズはなかなかピッタリだ。値札を見ると、他の神官服の半額の値がついている。
「普通、神官服って白だろう? だからさっぱり売れていなくてね」
「神官服って白くないといけないんですか?」
「そういう規則はないけど……」
だろうな。アデルさんなんて真っ赤だった。でも白が基本の色と。
「……これください」
「マジで言っとるんジブン? 黒やで?」
「黒い方が何かと都合がいいんじゃないか? ほら、汚れが目立たないし、洗濯が楽だ」
「それはそうかもしれへんけど……。悪目立ちするやろ」
「まあ、それはそれで」
悪目立ちするなら、それで好都合ということもある。
「買ってくれるの? ありがとうねえ」
店主は呑気に有難かった。
「実は同じのが数着あるのよ。表に出していたのはその一着だけだったけど」
「じゃあそれを全部と……、あとは……」
必要なものを買い揃える。
「ここで着てくかい?」
と、ロープレの武器屋みたいなことを言う店主に頷き、試着室に入った。次に剣を売りに行くとき、火事場泥棒と思われないためにはここで着替えた方がいい。
だが、しかしこの試着室、カーテンで遮ってるだけだな……。まあ試着室なんて普通そうなんだが。
「…………見るなよ?」
「見いへんって。ジブンの体見て何の得があるねん」
「…………絶対見るなよ?」
「だから見いへんって!」
しつこく釘を刺してから、試着室に入る。
剣を立てかけ、服の胸元を開き――――。
「おいこら」
「げっ」
後ろを振り返る。カーテンの隙間から見られていた。
「見るなって言ったよな!?」
「いや、あれだけ言われたら変に興味わくやろ?」
「知らんわ! 早くどっか行け!」
「えー? 構へんやろ女同士で何も気にすることあらへん。減るもんじゃないし」
「理屈が親父のそれなんだよ!」
結局、シスターは店主のリザードヘッドに引きずられて向こうへ行った。面倒なやつだ。
さて、気を取り直して。
インナーをまず着込む。それはいいのだが、タイツらしい何かを履くのに随分手間取った。そりゃ、三十年生きてきて履いたことないからな。
それにしてもタイツ……タイツなのかなあ? タイツと表現するしかない物体だが、果たしてこんな世界にタイツ? 時代考証どうなってるんだ?
まあ、剣と魔法の世界のこと、化学繊維顔負けの糸を産出する綿や蚕があってもおかしくないか……。
神官服を頭から被る。男性用の寸法なのか、やや肩幅に余裕があるが、それ以外は問題ない。
靴は……革製の編み上げブーツ。膝下まで丈があって頑丈そうなものだ。ブーツも履いたことがなかったから、履くのに少し苦労したが……これで何とか。
最後に、マント。白いファーがついた、フード付きのもの。色は黒。あくまで旅装束の一環で、神官用のアイテムではないから教会のマークは刻まれていない。
「よし、できた」
カーテンを開いた。
「ふーん。まあまあやな」
シスターは思いのほか興味なさげな反応をした。そんなに俺の裸の方に興味あったのかこいつは。
「ジブン髪黒いからそれなりに様になるやん」
「そうか?」
「せやけどマントにブーツは今必要ってもんでもないやろ」
「そうでもないさ」
旅に必要な格好には、今の内から慣れておきたい。これからしばらくは神学校に居つくことになるが、最終的には初太郎と継次郎を探してドラゴヘイムを旅しなければならないのだから。
「ま、あの煤だらけの火事場泥棒ルックよりはなんぼでもマシやろ」
シスターはぐっと背伸びをした。
「さてお次はいよいよ、本日のメインディッシュ行こか?」
武器屋は大通りの一番奥に、でんと店を構えていた。さらに奥には酒場があり、なるほど仕事人の客をあてこんでいるのが明白な立地になっている。
「へいらっしゃい!」
カウンターで武器を磨いていたのは大柄な中年男性だ。もじゃもじゃの白髪が目立つ。
「なんだい嬢ちゃんたち? 武器が必要かい? 最近どこも物騒だからな、シスターも自分の身は自分で守らなくちゃな」
「違う違う。今日は買い物じゃなくて売り物や」
俺たちはカウンターに近づく。
「これを売りたいんですが」
ようやく重たい剣を手放せる。カウンターにごとりと置いた。
「こいつは…………」
店主が目を見開く。
「またえらい立派な武器だな。嬢ちゃんたち、これをどこで?」
着替えたおかげでさすがに火事場泥棒とは思われなくなったが、やはりこれだけの宝剣を出すと身元を疑われるか。
「村を先日焼け出されてグランエルに来たんです。その折、神官長より賜りました。売って少しでも生活の足しにするようにと」
「そうだったのか。焼け出されたってことはあれか? ハッタロー一派に襲われたのか?」
「………………………………ええ、まあ」
「俺はあまり信心深い方じゃねえが……。しかしあの連中の過激さは目に余るよな。各地の教会をぶっ壊して回ってるって噂だ。さすがに都市にある教会まではまだ手を出してないようだが……」
そういえば、連中、何が目的で教会なんて襲っていたんだ? 悪しき龍をあがめる……とかなんとか言っていた気がするが。
「ま、難しい話は分からねえや。それで話を戻すけどよ、この剣を売りたいってことでいいんだな?」
「はい」
さて、そうそう、売買の話だ。
俺の隣でうきうきしているシスターはこの剣が十万以上すると豪語していたが、正直俺は怪しいと思っている。なにせとんだなまくらだこいつは。タダでも引き取ってほしいくらいだ。
「ちょいと検分」
店主は剣を持ち上げ、じっくりとその造りを見た。
「少し汚れと傷があるが……。かなり手入れが行き届いているな。元の持ち主はずいぶんこいつを可愛がっていたに違いない」
ご名答。さすがに武器屋には分かるらしい。
「装飾も細かい。こりゃ王都の職人でもなければ仕上げられない逸品だな。こんな辺境の土地じゃまず見ない」
「神官長は村へ派遣される前、王都で賜ったと言っていました」
「だろうな。こいつは貴族でもなかなか手にできないほどのものだ」
そんなにすごいのか。斬れないけど。
そう、とどのつまりそこに行きつくのだ。
この剣は斬れない。斬れない剣に価値はない。
「さて、刀身はどうなってるかな……」
剣を鞘から抜く。
「ほう、こりゃ………………」
店主はしげしげと刀身を眺める。
「実は…………」
黙っているのも不誠実かと思い、もう自分から話すことにした。
「その剣、なまくらなんです。見た目は立派だけど、全然斬れなくて」
「そりゃそうだろ。嬢ちゃん、こいつは儀典用の剣だ」
「儀典用?」
「ああ。ようするに儀式で使うお飾りの武器だ。だが安心しな。ちゃんと高値で買い取ってやるからよ」
「斬れない武器でも、ですか?」
「そもそも斬れないってのもあまり正確じゃないんだがな」
剣を鞘に戻しながら、店主は話を続ける。
ちらりと横を見ると、シスターは自分の髪の毛をいじっていた。どうにもさっきから静かだなこいつ。
嵐の前の静けさじゃないといいが。
「嬢ちゃんはこの剣が何でできてるか知ってるか?」
「いえ…………鉄、ですか」
「違うな。こいつはオリハルコンってものでできているんだ」
オリハルコン!
だから急にファンタジー味を出すな! 現実なのに夢を見てるみたいな気分になるんだよ!
「そもそもこいつは儀典用だから刃は潰してあるんだがな。しかし刀身がオリハルコンでできているなら十分だ。きちんと研げば武器として使えるようになる。だからちゃんと高値で買い取ってやる」
「そうだったんですか。ではいくらで」
「五万でどうだ?」
五万か……それだけあれば十分だ。
「じゃあそれで――――」
「店主はん」
隣で声が上がる。
来たな……。
「今ウチらのこと、何も知らん無知なお嬢ちゃんやと思って見くびったやろ」
「…………何の話だ」
「嘘はあかん、言うたんや」
とんとん、と彼女は剣の鞘を指で示す。
「店主はんは刀身がオリハルコン造りや言うたけど、それは正確やない。この剣は総オリハルコン造りや」
「……………………!」
ぎくり、という感じで店主が身を引く。
「総オリハルコン? つまり刀身だけじゃなくて全部がオリハルコンなのか? でもそれがどうしたんだ?」
「ジブンは知らんやろ思っとった。ええか、オリハルコンは希少な金属や。その上加工が難しい。刀身だけに使うでも相当技術がいるんや。この剣はそれを鞘から何まで全部オリハルコンで作って、しかもこれだけ細かい装飾を施してる。こんな剣、そうそうあらへん」
「なるほど……」
俺の元いた地球でもたまにあるよな。加工の難しい素材で無意味になんか作っちゃうやつ。それと同じようなもので、実用性よりも技術力を誇る機能があるわけだ。
「だから言ったやろ、十万でようやく売るかどうかの議論が始まるって。しかも十万ってのはこのグランエルの武器屋で売るならしゃあなしその辺の価格で諦めよ、ってことや。王都で売れば三十万でもなお安いくらいやで?」
十万云々はここで売るから妥協していただけだったのか……。現金な性格に見えて、案外折り合いもつけているな。
「で、そういう諸々を加味して、いくらで買い取ってくれるんや?」
「…………参ったな。嬢ちゃん、まさか武器の知識があるシスターなんて思わなかったぜ」
「これでも物を見る目は確かな自信があるんや」
彼女、俺と同い年くらいに見えるが……。どういう人生を送ったら一目見ただけで剣の素材を見抜けるレベルになるんだ?
「降参だ。悪かった。だがこっちにも事情があってな」
店主は頭をかく。
「ここ最近で武器を大量に仕入れたんだ。そのせいで金欠気味で、買い取りに使える金が多くない。五万ってのはこっちが出せる限度額だ」
「むう…………。そら困ったな」
さすがに無い袖は振れない。
「しゃあなし、今日の所は諦めるか? それとも別の町に行く機会があったら、そのとき売るか?」
「いや……。今日売りたいな。こんな剣、持っていても邪魔なだけだし、お金に換えたいんだ。五万でも手を打っていいくらいだ」
少し考える。しかし五万ではちょっと買い叩かれた感が強いな……。
「そうだ。店主さん。武器を一本くれませんか?」
「武器を?」
「ええ。売値の五万と、この店にある武器一本をください。それで手を打ちませんか?」
「そりゃあ、構わねえが……」
怪訝そうに店主はこっちを見た。
「シスターに武器なんているのか?」
「物騒な世の中だって言ったのはそっちですよ?」
「そりゃ売り文句ってやつだろ。マジでシスターが武器持つなんて思ってねえよ」
そんなもんだろうか。
「ハッタロー一派に襲われて焼け出された身としては、武器のない無力さが身に染みるんです」
「そうか…………。ならいいぜ。何でも持ってきな。この宝剣を買えるなら、この店で一番高い武器をくれても全然お釣りがくるからな!」
「交渉成立ですね」
よし、これでいい。
「しかしジブンなあ」
隣でシスターがぼやく。
「別に神官が武器持ったらあかんって規則はないけども……。黒い神官服に武器やとますます神官やない何か別のもんになっとる気がするで」
「見た目なんてどうでもいいさ。大事なのは中身だ。俺が、神官として何を為すかだろう?」
「そうやけども……」
「いいから、武器を見る目があるならいい武器を探すのを手伝ってくれ。素人の俺が使える武器……いや、訓練して使いこなせれば効果的な武器の方がいいか?」
「どのみち、あんな高価な剣の代わりなんや。ここはこの店で一番高い武器やないと損やろ」
そういうわけで、二人で武器を物色した。
店にはいろんな武器が置いてあった。まずは武器として王道の剣。片手剣から両手剣までさまざまな長さのものがある。素材も通常の鉄だけでなく、ダマスカスやオリハルコンと揃っている。店の武器で高価なものは、たぶんこれらの中のどれかだろう。
次いで槍。長物はリーチがあるから素人でも使い勝手がいい。ただ、俺は神学校を出たら初太郎たちを探して旅に出る必要がある。そのとき、こんな長い武器は旅の邪魔になるか? クソ重い上に役立たずだった剣を手にここまで来るのでも相当疲れたからな。持ち歩きの容易さは考えた方がいい。
他にも、弓がいくらか飾られている。弓かあ……。メアリみたいにバシバシ当てられたら気持ちいいんだろうな。でも訓練にすごく時間がかかりそうだ。
「使い勝手のよさなら
店主が棍棒の並ぶ棚を見せてくれる。
「素材も木製から金属製まで様々。細かい加工がいらないから値段も安いし、殴るだけのシンプルな武器だから訓練の必要もない。手入れも簡単で素人にはおススメの一品だ」
「安いからって勧めるなや」
「いやいや、神官や商人みたいなあまり戦わない連中も、護身用に持つくらいだ。案外ぴったりだぜ?」
武器に詳しい人間が言うのだから、一理あるのだろう。棍棒か……。これで不死のチート能力を持った人間を死ぬまで殴るのはちょっと大変そうだな。
「神官が使う錫杖なんかもメイスが発展したものだって言われているくらいでな……」
「ふむ…………」
まあ、いろいろ言ったが、神官である以上それっぽさも必要だ。あまり変な武器は持たない方がいいかもしれない。試しに木製の棍棒を手にしてみる。ほとんどバットみたいなものだが、なるほど、これは使い勝手が良さそうだ。殴るだけってシンプルさがいい。
「なあ、お前はどう思う………………?」
シスターの方を見ると、彼女は、壁の上の方を見ていた。
「…………どうした?」
「ん? ああ、ちょっと珍しい武器が置いてあったから、ついな」
「珍しい武器?」
彼女が見ていた方を見る。
天井に近いところの壁。そこに、一本の剣が掲げられている。
「あれは……」
刀身の長さは一メートルもない。八十センチくらい。幅広で肉厚な刀身をしていて、不思議なことに先端が尖っておらず丸みを帯びている。片手剣? それにしては柄が長く、両手で使うことを想定しているようなデザインだ。
「そいつが気になるか? 嬢ちゃんたちの年代じゃ知らないだろうな。まあ俺もこれを使ってた世代じゃないんだがよ」
後ろから店主が声をかけてくる。
「そいつは
「エクゼ…………」
「おう。今は斬首をギロチンでやるが、その前は剣で斬ってたんだ。その時代の武器だな。先端が丸いのは、斬首に使う都合上、刺突の機能がいらないからだ」
「ウチも書物でしか読んだことあらへん。なんでこんな武器が?」
「あれはレプリカだ。売りものじゃねえ。そもそも斬首するのにわざわざ専用の剣なんていらないからな。処刑人の剣ってのはたいていが、処刑人への褒美として渡された儀典用の武器だ。俺の親父が若いころにはもうギロチンになってたが、今でも処刑人には褒美として渡されることが多い。その一本が流れてきたんだ」
儀典用…………。バーバラ家の宝剣と同じようなものか……。
しかし。
斬首用の剣、か。
そいつは、なんか。
いいな。
「ふふ、ふふふ…………」
「なんやジブン、急に変な笑い声出して……」
「いや、ちょっとな」
俺の復讐にぴったりな武器だ。
これで連中の首をざっくりやったら、さぞ気持ちがいいだろう。
いいな!
「店主さん、あの剣がいい。あれをください」
「え?」
「儀典用の武器でも、研げば使えるんでしょう?」
「気に入ったのか、あれを?」
呆れたように店主は溜息をつく。
「神官が斬首用の剣持つなんざ、縁起でもない…………。まあいいが。いや、ちょっと待て」
そこで何かを思い出したように彼は言った。
「処刑人の剣がお望みなら、もっといいやつがあるぜ」
「いいやつ?」
店主は一度、店の裏手に消える。しばらくして、戻ってきた彼の腕にはもう一本の剣が握られていた。
「お前さんがご所望の処刑人の剣、そしてこの店で最も値の張る一本でもある」
「これが…………」
それは、禍々しい殺気を放っていた。
相変わらず特徴的な、丸みを帯びた先端の刀身は革製の鞘に納められている。その鞘は凝固した血を思わせる赤黒い色をしていた。同じ色の、滑り止めと思しき革が柄にも巻かれている。柄頭には黒い宝石があしらわれているが、その宝石はなんと髑髏の形をしていた。
「な、なんかやばそうやな……」
「ああ……」
やばい、なんてぼんやりしたものじゃない。
これは……。この剣が放つ空気感は、似ている。ニルス村で青年が患っていた呪いが放つ気配にそっくりだ。
「造りはミスリル。軽くて頑丈なのがウリの金属だ。嬢ちゃんの筋力でも問題なく扱えるだろう」
剣の持つ禍々しさに臆されている俺たちを尻目に、店主は説明する。
「鞘に使っている革はただの牛革だが、なんでも人間の血をたっぷり吸わせているという話だ」
「な、なんやその曰くは」
「俺も詳しい話は知らねえんだ。この剣は俺の親父が仕入れたもので、もとはグランエル領主が処刑用に所持していたものだとしか聞かされていない。ギロチンを使うようになって、不要になったものを親父が道楽で仕入れたんだよ」
「随分な親父さんやな」
「仕事と趣味が一緒になったような父親だったからな。珍しい武器が好きだったんだ」
試しに手に取る。確かに、見た目から抱く印象以上に軽い。俺の細い腕でも片手で扱えそうなくらいだ。引き抜くと、鈍く輝く刀身が姿を見せる。
「刀身に何か書いてある……」
「古代語だ。神官のお前さんらなら見たことはあるだろ。奇跡の石碑に刻まれているのと同じ文字だとよ」
石碑の文字…………。そういえばあまり、石碑自体はあらためたことがなかったな……。ただ奇跡を授けてくれるスポット程度の認識だった。俺の黒い刻印について何かヒントが書いてあるかもしれなかったと思うと、少し迂闊だ。
ミミズがのたくったような現代の文字と異なる、四角張った文字を見ていく。
「……『この剣振り下ろされるとき、真に斬り落とすは首ではなく罪と心得よ』か」
「読めるのか?」
「…………読めた」
今のドラゴヘイムの言語だけじゃなく、古代語まで俺は読めるのか。言語能力だけは苦労しなくて済みそうだな、本当に。
刀身をひっくり返すと、別のことが書かれている。
「『罪洗い』。この剣の銘か」
柄頭に取り付けられた、髑髏型の宝石に触れる。
「これ、魔法石ですよね?」
「おお。分かるか? なんでも実体のない魔物を斬り払う力を剣に与えるとか何とか……。試したことはないが」
「実体のない魔物?」
シスターが少し遠巻きに剣を覗き込む。
「
「きっと、処刑場に出たそういう魔物を倒す役割もあったんだろうな」
「浄化の奇跡があればどうとでもなる相手やけどな。でも奇跡には回数があるし、それなら意外と、神官におあつらえの武器かもしれへんな」
「………………よし」
俺は頷く。
「この剣にします」
「おう。あの宝剣の売値五万と、その剣。それから腰に帯びるためのベルトと砥石なら何やらも全部オマケしてやる! ついでに今後、その剣のメンテナンスは俺がタダで引き受けてやる」
「ありがとうございます」
早速、ベルトで剣を装備した。左腰に帯びると、やや重みを感じる。しかしそこは軽さが自慢のミスリル造り。動くのにあまり支障はなさそうだ。うん、これなら旅の道連れにもぴったりだ。
「ま、本人が気に入ったならええやろ。ほな行こか」
「ああ。……そうだ。もう夕飯時だろう。ここまで付き合ってくれた礼に奢るよ」
「マジで? そいつはありがたい。神学校だと安息日には食事が出なくてなあ」
口々にそんなことを言いながら店を後にしようとしたときだった。
「嬢ちゃん」
「…………はい?」
店主が最後に、俺に声をかけた。
「嬢ちゃんはその剣で、何を斬ろうってんだ」
「………………さて」
「その剣を見てた嬢ちゃん、ちょっと穏やかじゃない気配だったぜ」
分かるのか。
さすがに、武器を扱うのに慣れているだけある。
「まあ、見習い神官の嬢ちゃんがやらかすとは思ってないけどよ。でも気をつけろよ。武器ってのは人間の気を大きくさせる。ガキが拾った棒きれを振り回さずにはいられなくなるようなもんだな。特にそんな、いわくつきの武器だと尚更だ。くれぐれも気をつけてくれよ」
「お気遣いありがとうございます。でも…………」
俺の腹はとっくにくくられている。
「この剣で斬るべきものは、もう決まってますから」
この剣で、勇者を騙る馬鹿兄貴二人を殺す。
「いやあ、それにしてもええ買い物したな」
グランエルの食堂で、俺たちは食事にありついていた。温かいスープとサンドイッチ。それから肉のロースト。なかなか豪勢だが、ここまで買い物に付き合ってくれた彼女への礼と、それからこれからの生活への景気づけだ。
「こっちも助かった。あのまま買い叩かれていたら一万ゴールドで終わっていたからな」
「気にすんなや。こっちも久々に金勘定できて楽しかったで」
ローストにかぶりつきながら、彼女は楽しそうに言った。
「それにしても黒い神官服に斬首の剣を帯びてると、ますますシスターらしくあらへんな」
「それはそうかもな」
スープを飲む。ああ、美味いな。体に染みる味だ。レムナスで飲んだものとは比べ物にならない。
「そういえば」
彼女が聞く。
「まだウチら、自己紹介もしとらんかったな」
「………………ああ」
そういえば、そうだな。全然気づかなった。
「あらためて、俺はリザだ」
「リザはんな。ウチはドグや」
ドグ……?
「じゃ、じゃあお前が同室の?」
「ん? なんや、ひょっとしてリザはん、今日グランエルについて神学校に入学した口か?」
「ああ」
ふふんと、ドグは悪戯っぽく笑う。
「これからよろしゅうな、リザはん」
これが。
俺とシスター・ドグの邂逅だった。
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