第6話 甘い毒

 交際は中々順調で、休みの日には彼女と町へ出かけた。女心に疎い僕だけど、幼馴染で同じ騎士団のバーナードに相談しながら、今、女性に人気のある店を徹底的に調べた。


 流行のアクセサリー・観劇・カフェ・服飾店等女性が好みそうな物を、


 「お土産に購入するのは、この店がいい」

 「ここは品数が少ないが外れがない」


 等と彼女とのデートプランをあれこれ考えるのは楽しかった。いつもより時間が過ぎるのが早く感じたほどだ。


 そんな助けもあり、当日は母からも


 「に紳士らしく振舞いなさい。そしてコーネリアさんの心をしっかり掴みなさいね」


 母はどうやら、女気のない僕の最初で最後にチャンスだと思っているようだった。そんな事は僕だって分かっている。後にも先にも彼女程、僕の心を捉えて離さない女性なんて、きっと現れない。


 僕が彼女の家に到着したのは、約束よりも30分程早いのにも拘らず、彼女は既に支度を終えていた。どうやら彼女も僕と同じだった様で、今か今かと僕が来るのを待っていたらしい。そんな彼女を見て


 「今日も可愛いね。まだ早いから話でもしようか?」

 「はい、アレクセイ様」


 僕の提案に彼女も快諾してくれたのだが、応接室で隣に座り他愛のない話をする彼女を更に愛しく感じ始めた頃。


 ス─ッ、ス─ッ


 僕の肩に重みを感じた瞬間、コテリと頭を乗せてきた彼女の寝息が静かに心地よく聞こえてくる。傍に控えていた侍女が慌てて起こそうとしたが、僕はそれを静止した。


 せっかく、眠っているんだ。この際、彼女の可愛い寝顔を堪能させてもらおう。


 僕は彼女が起きるまで肩を貸し続けた。不意に彼女の体が揺れて、甘い香りが漂ってくる。香水とは違う彼女自身の独特の甘い香りに僕の#雄__・__#が刺激される。


 このままでは、『危ない』心のどこかで危険信号が鳴り出した時に彼女が瞼をゆっくり開いた。ハッとなって僕の顔を見ながら


 「ごめんなさい。はしたない所をお見せしました」


 僕に寝顔を堪能された事を恥じて、顔を赤らめた彼女は僕の想像以上に欲望を掻き立てた。


 「大丈夫だよ。寝不足の様だから、今日の予定はキャンセルして庭でピクニックの真似事でもしようか?」


 そう言って、頷く彼女と一緒にその日は木陰でのんびりと過ごした。まだ成人したての彼女との距離はこの位が丁度いいだろう。揃って出かける楽しみは後日に取っておくことにした。


 こうして、楽しみだった僕らの初デートは彼女の自宅の庭でのピクニックで終了した。それでも彼女と一緒に過ごせるのなら僕にとっては何でも構わない。帰り際の馬車の中で、彼女の甘い香りと愛らしい寝顔を思い出していた。


 コーネリアは、知らない。僕の家の男達は伴侶に異常な執着がある事を。


 父は母を溺愛していて余程のことがない限り、外へは出さない。買い物にも付いていく程だ。


 兄は隣国から嫁いできた義姉を新婚早々、1か月監禁した。表向きは新婚旅行だが、領地に1か月引き籠り、領地の執事から「SOS]が届くまで、新妻を堪能し続けたらしい。知らせを受けた母が慌てて、兄が唯一頭の上がらない乳母を領地に差し向けるまで、部屋に籠りきりだったのだ。1ヶ月後、何食わぬ顔で帰った兄とは裏腹に大層お疲れ気味の義姉の姿に、両親が呆れかえっていた。しかも彼女の素肌が赤い湿疹の様な跡があり、兄の執着がどれ程の物かを物語っている。


 そんな過程で育った僕も同じことを彼女にしそうで怖い。だから、母は注意を促した。一族の男達の異常な執着を知っているから……。


 だが、もう遅い。僕もその【甘い】に侵されている。コーネリアという名の僕だけの女神ミューズに恋をするという【毒】。


 僕の体の隅々までその【甘い】が徐々に浸透していき、最早、彼女以外の女は受け入れられなくなっていった。これまでも、そしてこれからも自ら望んで恋と言う名の【甘い】の溺れていくのだ。

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