第71話 今日という日
「なんとか終わりました。」
ライアンに報告をした。ちょっと自慢気にならないように気をつけながら。
「そうか、まだ帰りもあるから油断するな。一応合流する。」
報告も済み皆に警戒を怠らない様に注意し、気分よくジャックの傷の手当をした後マークとロキの状態も確認するとライアンがこっちへ向かっているので待機する事となった。
すぐ来るだろう。
「助かったよ、ありがとう。」
リーダーのマークはホッとしてた様子だ。
「いえ、無事で良かったです。ポーションが足りなく無くなったんですか?」
確か余分に持っていたはずだ。
「いや、ひとりニ本ずつ持って後はオレがまとめて持っていたのが魔物と戦った時に奪われて駄目になったんだ。そこへハイオークに遭遇してすぐに救助要請したがあっという間に使い切った。もうヤツには会いたくないな…」
マークはよほど恐ろしかったのかまだ震えながら顔を引きつらせていた。
「確かにな。」
ジャックとロキも同意しお互いに生き残った事を喜び合っていた。
そろそろライアンが来る頃だな。
私は彼が来る方向を確認していた。
「うわぁーー!ま、また出た…」
マークの叫ぶ声に振り返るとそこにまたハイオークが棍棒を振りかぶり向かって来た。すぐ間近まで近づいていた事に気づかず最初の一撃をロキが受け吹き飛んだ。
「クソ!逃げろマーク!」
次に狙われたのはマークだった。ジャックが叫んだがマークは恐怖で立ちすくみ逃げようとしなかった。私はすぐにマークの所へ飛び込み彼を庇い倒れ込みながら攻撃をかわしたが足を棍棒で強打された。
衝撃が全身を貫き足が潰れる感触がした。
「ジャック…早くマークを…」
痛みで意識が遠のきそうになりながらも反射的に起き上がり次に振り下ろされた棍棒を受け止めるとそれを掴んだ。そのすきにジャックはマークを引きあげ立たせようとしたがマークはすっかり気力が萎え全く反応せず立ち上がらない。
「マークしっかりしろ!逃げるんだ!」
呼びかけても動かずぐったりとしたままのマークを、ジャックはなんとか引きずり逃げようとしている。ハイオークは私が掴んで離さない棍棒を捨て、逃げようとしている二人に襲いかかった。それを阻止しようと手を伸ばし奴の足を掴んだが蹴りを入れられ私は意識を失った。
頬を叩かれ目を覚ました。
「ユキ、大丈夫か?しっかりしろ。」
朦朧としたままライアンに抱き起こされ座らされるとポーションを飲まされた。口に広がる苦い味に顔をしかめ段々と意識がハッキリして来た。
「三人は無事ですか?」
横を見るとジャックがマークに話しかけ世話をしていた。二人共目立つ怪我もないようでホッとした。どうやら私が意識を失ってすぐにライアンが駆けつけてくれたらしい。
彼は私を立たせると魔法陣に向け歩き出した。
「アレ?もうひとり、ロキはどこ?」
見回した先にライアンのマントをかけられた何かが横たわっていた。二本の足がのぞいているがピクリとも動かない。
「行くぞ、とにかくアイツらを無事に帰す。」
ライアンは私の背を押し歩き出した。ジャックが気抜けのようになったマークを連れ四人で魔法陣を目指す。
私は呼吸が苦しくなってきた。
「ライアン…ロキは?」
「今は何も考えるな。アイツらを帰すことだけに集中しろ。」
ジャックは顔色を悪くしながらもマークの腕を掴み足早に進む。私も言われるままに足を動かし先を行くライアンの背中だけを見ていた。
魔法陣につき転送されるとすぐに冒険者二人は訓練場で手続きし、ライアンがロキの体はすぐに回収するがその後どこへ届ければいいかを尋ねた。
マークの具合が悪いので二人には引き上げるよう言い、ライアンはすぐにダンジョンへ引き返した。
私の潰れた足はポーションで治されていたので一緒に行きたがったが救助要請から帰って来ていたイーサンに止められた。
「ユキ、後は任せてシャワーで汚れを流して来なさい。」
そう言われ自分を見ると結構酷くやられていたようで服は破れ血で汚れていた。手を見ると爪は剥がれ指も折れている。イーサンが慌ててポーションをかけてくれ念の為もう一本持たされ自室に行くよう言われそのまま帰った。
服を脱ぎシャワーを浴びると細かい傷にお湯がしみる。足元に流れる血がなかなか消えず頭を怪我してる事に気づいた。頭からポーションをかけやっと流れるお湯が透明になり体を拭くと新しい
店に戻り訓練場へ行くとイーサンが驚いた顔をした。
「ユキ、今日はもういい、帰りなさい。」
「でもまだ仕事中です。もう傷は大丈夫ですから。」
「いや、大丈夫じゃない。早く部屋に帰りなさい。」
イーサンは何だかいやに私を急かして部屋に帰そうとしている。どうしてか尋ねようとした時、救助専用ドアが開きライアンが台車に乗せたロキを連れて出た来た。彼は私に気づくとため息をついた。
「ユキ、部屋に戻れ。後は任せろ。」
ライアンがなにか言ってるが全く耳に入らなかった。シーツをかけられたロキにふらりと近づくとそれをめくろうとして止められた。
「止めとけ。いい状態じゃない。」
ライアンに止められ、イーサンに肩を押えられロキが運ばれるのを黙って見送った。それが見えなくなった瞬間吐き気が込み上げ走ってトイレに行った。
ロキは…死んだの?私のせい?だって救助に行ったの私だし。助ける為に行ったのに私は帰ってきてロキは死んだ。
体の震えが止まらない。突き上げる吐き気でトイレの中に座り込み胃が空っぽになるまで吐き続けても全く楽にならなかった。
「ユキ、ユキ、大丈夫か?ここを開けろ!」
イーサンがドアをドンドン叩いているが動く気になれない。しばらくすると音は止み何か話し声がしてガチャガチャ音がした後、ドアが外されライアンが現れると外に連れ出された。
汚れた顔を拭われ肩に担がれると部屋に連れて行かれベットに寝かされた。
「気にするなと言っても無理だろ。とにかく安め、後でまた様子を見に来るから部屋から出るなよ。」
そう言って離れようとするとライアンの手を掴んで起き上がった。
「私のせい?」
「違う。」
躊躇無く彼は言う。
「でも私が助けに行ったのに。」
「ダンジョンに潜る時点で全て自己責任だ。オレたちはそれを少し手伝っているに過ぎん。」
「でもライアンが行ってたら死んでなかった。」
「オレも死なせる事がある。年間数件はある、それが今日だったんだ。」
「でも、」
「なんと言ったって事実は変わらん。アイツの死にお前の責任は無い。」
「ホントに?」
「ホントだ。」
「でも死んだ…私は側にいたのに、助けられたのに!」
わっと泣き出した私をライアンが引き寄せる。
「全ての人間を助けられると思うのは傲慢なんだよ。到底不可能な事なんだ。」
ギュッとしがみつきいつまでも泣く私を彼はずっと抱きしめてくれていた。
泣き疲れ放心状態の私をベットに寝かせライアンは部屋から出ていった。
どれくらい時間がたったのか彼は紙袋を手に戻って来た。
「食えるか?」
差し出されたそれは中身を見なくても分かる。
「またカーティなの?」
「贅沢言うな、一度も金払ったことないクセに。」
ベットに並んで座り一緒にそれを食べた。
「美味しいね。」
ライアンの肩にもたれかかりながらモグモグ口を動かす。
「だろ。結局コレなんだよ。野菜も入ってるし肉も入ってる。体に良さそうだろ。」
「栄養とか気にするんだ。」
「母親がうるさかったんだよ。」
「いいお母さんだね。」
「まあな。」
食べ終わった後とりとめもない話をいくつかし、ライアンはシャワールームへのドアを開けた。
「オレは部屋にいる。鍵はかかってないから何かあったら言え。」
そう言ってそこから自室に帰って行った。
彼の姿が見えなくなると急に淋しくなった。すぐに呼びに行きたくなったが思いとどまった。
きっとそうしてはイケナイ。
何かに気づきそうになったが心の奥底へ押し込んだ。
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