第68話 ひとり居酒屋

 レベル10認定が済んでやっと開放された時、既に日は傾いていた。

 

 もうどこにも行けそうに無い。でもせっかくだからエリンの所で夕食を取ろうと思いシャワーを浴びて着替えると外へ出た。

 

 初めての休日は全て仕事で塗り潰され休日ではなかった。


 どんよりした気持ち街を歩いていると今日は平日なのか帰宅時で人通りが多い。最ダンの周りは民家が多いのでちょっとした店もいくつかある。

 今のところエリンの店しか行ったことがないが今度給料が出たら彼女を誘って少し高いお店に行こう。日頃お世話になり過ぎた感謝を込めて。心配もかけ過ぎだしね。

 

 エリンの店に着くとちょうど開店した所だったようでドアが開いていた。

 

「エリンいますか?」

 

 いつものように入って行くと彼女はテーブルを拭きながら振り返った。

 

「ユキ、来てくれたの?最ダンお休みなのに行ってもいなかったから心配してたの。」

 

 どうやら私がいない時に部屋を訪ねてくれていたらしい。

 

「そうなんだ、ごめんね。私もエリンと買い物に行こうと計画してたんだけど。」

 

 私の部屋の殺風景さを知っている彼女も同じ考えだったらしく、いくつか店を選んでいてくれていたらしい。

 

「この休みは師匠に全部潰されたの。真っ黒だったよ…」

 

 詳しくは話せない内容ばかりだが私の表情からそれを読み取ったのかエリンはうんうんと頷きながらジョッキをテーブルに置いてくれた。

 

「じゃあ、今やっとお休み気分だね。今のうちにしっかり休んどかないとまた忙しくなるもんね。」

「え?そうなの?」

「だって今度は冒険者たちがレベル上げに来る時期でしょう?いつも寒くなったら冒険者の護衛の仕事が減る時期だから、レベル上げしやすいタイミングになるってライアンが前に言ってたよ。」

「ナニソレ!初耳なんだけど!」

 

 急いで休まないと気力が尽きちゃうよ。

 

 エリンと二人ジョッキをぶつけて楽しく飲み始めた。

 二杯目を注文した時、店に女性のお客が入って来るなり嬉しそうに言った。

 

「エリン、聞いてよ!」

 

 満面の笑みでこちらに近づいてきたのは私がグローブを作った時にお世話になったルーだった。

 

「あら、ルーいらっしゃい。どうしたの?」

 

 ルーは一瞬エリンの前に座っている私を気遣い話を続けるのを躊躇った。

 

「えーっと、あなたさえよければ私は構わないわよ。よかったら座らない?」

 

 私の誘いにルーはニッコリ笑った。

 

「じゃあお言葉に甘えて。」

 

 初対面でもないし三人でジョッキをぶつけ合うとすぐに意気投合した。

 

「でも、ユキが最ダンの受付なんて初めて聞いた時は信じられなかったよ。」

 

 ルーが思い出したように話す。初対面で私がグローブの使い方を説明する時に現場にいたし、その後口止めしておいたので多くは語らない。

 

「ルーの彼氏のおかげで本当に良い物が出来て良かったよ。」

 

 私が彼氏の話を出すとルーは急にもじもじすると頬を赤らめ幸せいっぱいの顔をした。

 

 まさか…この輝きは…

 

「実は、婚約したの。それをエリンに知らせたくて来たの。」

「わぁーおめでとう。良かったね。」

 

 エリンはそう言うと席を立ってルーを抱きしめた。

 

「ありがとう、でもこれってユキのおかげなの。」

 

 幸せいっぱいの二人を眩しくて直視出来ずにいると急にルーがそう言った。

 

「私何もしてないよ。」

「ユキの注文を受けてから急にモーガン様が注文をくださるようになってやっと一人前扱いになったのよ。前から一人前になったら結婚しようって言ってたからすぐに話を進めたの。」

 

 そう言って首元からペンダントを取り出し見せてくれた。淡いブルーの石はとても綺麗な輝きを放っている。

 

「誓いの言葉は何にしたの?」

 

 エリンがルーに聞いた。

 

「えぇ、恥ずかしいな。後でエリンも教えてよ。えっとね、テオが『ルーを心から愛する。』で私が『いい奥さんになります。』よ。エリンは?」

「私は『ずっと一緒。』で、ジェイクは『エリンを大切にする。』だったわ。」

 

 惚気られてなんだか居心地が悪い。目の前の二人からの幸せオーラは私を少しばかり落ち込ませる。

 私が誓った相手は今のところカトリーヌだけだ、淋しすぎる。

 

 落ち込みつつルーにお祝いを言ってもう一杯おかわりし、何かを忘れる為に飲み干した。

 

 

 ルーは二杯目を飲み干すとサッと帰ってしまった。本当にエリンに報告に来ただけのようだし、私に遠慮したのだろう。

 

 ルーと入れ替わるように痩せて疲れた顔をした男が入って来た。

 

「あら、おかえりなさい。珍しく早かったのね。」

 

 どうやらエリンの夫のジェイクのようだ。彼は役所務めらしいが、なんだか見覚えがある。

 

「ああ、手続きの人!」

 

 ジェイクは私が初めて街に登録手続した時の人だった。

 

「先日はお世話になりました。エリンの旦那さまだったんですね。」

 

 私は彼に椅子を勧めると遠慮がちに少しだけとテーブルについた。

 黙々と食事を始めたジェイクに一応気を遣って話しかけてみる。

 

「ジェイクさんて主にどんな事をされているんですか?随分お忙しいようですけど。」

 

 残業ばかりで帰りがいつも遅いと聞いたことがある。可愛いエリンをひとりにするなんてどんな仕事だよ。

 

 私の問にジェイクは一瞬食事の手を止めた。そしておもむろに口を開く。

 

「私はユキさんにもおこなったように登録手続などが主な業務です。お客様が手続きなさった事柄をそれぞれの部署へ書類を送ったり、時にはそれに伴って発生した事項に応じて各種手配をいたします。」

「へぇ、色々するとなると大変でしょうね。」

「はい、受付けたものを順次処理していくのですが時折上層部から急な案件が回されると全てが滞っていきます。」

「あぁ、ありますよね。こっちだって忙しいのに上から圧力かけてゴリ押しでねじ込んでくる事が。」

 

 私にも覚えがあるよ、上司の失敗の尻ぬぐいを押し付けられた事。やだやだ、異世界にまでそんな事あるんだ。

 

「よくおわかりで、この国は特に国防に力をいれておりますからそれ関係でよく業務を妨げられます。ただでさえ今の時期、昇段試験関係で忙しいのに無断で国境を越えた者の後始末とか。」

 

 ジョッキを口元に運んでいた私の手が止まった。

 

「他にも騎士団関係の施設が破壊され、その修繕の検証、見積もり、手配など。」

 

 チラリとジェイクの顔を見ると彼の目が怒りに満ちているのは気の所為ではないだろう。どうやらジェイクが残業続きなのは私のせいのようだ。

 

 いや、私だけが悪いんじゃないよ、ほぼほぼカトリーヌだからね。

 

「エリンには悪いと思っているのですが、私が抜ける事によって他にシワ寄せが行く事は目に見えているのでなかなか帰れず。」

「そ、そうなんですね。」

「えぇ、出来れば関係者の方々にはもっと穏便にお過ごし願えればと思いますよ。」

「私も心から同意します。」

 

 私はジョッキを飲み干すと席を立った。ジェイクが早く帰れた今夜くらいは二人でゆっくりと過ごしてもらおう。

 

 エリンが他の客に料理を運んでいたすきにテーブルに支払いを置いて手を振り店を出た。

 

 駄目だもう耐えられない。

 来る前より心がすさんだ気がする…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る