第62話 西の隣国エストート1

 四体のケルベロスは討伐し、私達の役目は終わったはずなのにレブが私の側を離れず小声で口を動かさず話す。

 

「ユキ様、しばらくは様子見です。誰が黒幕か知る必要があります。大人しくし…」

「そこを動くな!!」

 

 突然怒号が響くと巣穴を見下ろす位置にズラリと見慣れない鎧の騎士達が並んで弓をこちらに向けていた。

 

 誰だこいつら?

 

「貴様ら!ここで何をしている!」

 

 一人の中年の野太い声の男が叫ぶ。お決まりの文句に答えるのはレブだ。

 

「我々は魔物を討伐して欲しいという依頼のもとここにおります。」

 

 話しながらも静かにゆっくりとケイが私の前に庇うように立ちレブが私の腕を掴んでいる。

 

「動くなよ、そこの女!お前は一人でここに来い!」

 

 レブの手がピクっと動いた。ケイがザッと身構えるとあたり一面にボワンと煙がたった。

 

 煙幕か?凄いね。

 

 全く何も見えなくなったが掴まれていた腕を引っ張られ草むらに飛び込んだ。そのまま必死に走り煙幕を抜けると目の前に若い冒険者風の男が腕組をして立っていた。

 

「おっと、無駄だったな。大人しく捕まっといた方がいいぜ。どうせ下っ端だろ?用があるのはお前らの雇い主だ。」

 

 偉そうな顔はちょっと男前だ。軽い感じだが雰囲気が少しライアンに似てる気がする。きっと腕が立つんだろう。後ろに引き連れていた騎士達が私とレブを別々に捕らえ後ろ手に縄で縛られた。

 

 これ私ならすぐに外せるけどレブは大人しくしろって言おうとしてたよね。

 

 彼の顔を見ると微かに頷いたように見えたので騎士に連れられるまま歩き始めた。草をかき分け来る時に通った狭い道に出ると隣をさっきの冒険者風の男がついて歩く。

 

「オレは今日ツイてる。こんな美人の犯罪者にはなかなかお目にかかれないからなぁ。」

 

 私は横目で見ながら薄っすらと笑った。

 

「おぉ、いいね、名はなんて言うんだ?」

「ユキよ。」

「へぇ、ユキちゃんね。さっきのケルベロス、三人でやったのか?二体もいたようだが、よく倒せたな。」

 

 どうやら巣穴の中には入ってないらしい。

 

「えぇ、なんとか。死にかけたけどね。この人達ってエストートの騎士なの?」

「あぁ、そうだ。情報が入ってね。今日、ここに犯罪組織の者があらわれるってな。」

「犯罪組織?」

「そうだ、この国では密輸入をする者は厳しく取り締まる。」

 

 ニッコリ笑って男は私の肩を抱いた。

 

「ただし、美人さんは別だ、雇い主を教えてくれたらオレが悪い様にはしない。」

 

 そう言って頬に軽くキスをした。

 

「その気になったら言ってくれ。」

 

 それだけ言ってすっと離れいなくなった。チャラい奴だがある程度の権力はありそうだ。先を行くちょっと偉そうな騎士とも対等に話しているし指示も出しているようだ。

 私とレブが別々の馬車に乗せられている時ケイが引きずられ意識が無い状態で馬車に放り込まれるのが見えた。一瞬、側に行こうとしたがレブがゴホゴホと咳込み私に合図して来たので大人しくする事にした。

 

 馬車で揺られしばらくするとどうやらデコボコした荒れた道から石畳になり、街の方へ来たのか外が人の声などで騒がしくなってきた。そのまま喧騒を抜け静かな所へ来るとどこかの門を通ったのかギィっと軋む金属音がしガチャリと何かが閉まる。

 すぐに馬車の扉が開き下ろされると石造りのいかにも牢獄って感じの建物が目の前にありその中に連れて行かれた。

 

 あぁ、これで立派な犯罪者…まさか拷問とかないよね。痛くされたら私すぐになんでも話すよ。

 

 建物内に入り、連れて行かれた先は立派な牢屋だった。

 狭い独房で古びた太い格子があり、房と房の間は分厚い壁で仕切られていた。

 

 あぁ、いやだ…バケツが置いてある。

 

 房の中には藁が敷かれポツリと一つのバケツが置かれている。

 私達はそれぞれ別々に並んだ独房に縄を解かれ押し込まれ鍵をかけられた。

 

「あの…トイレって…」

 

 振り返って尋ねると騎士に顎でバケツを示され絶望した。

 

「せめて囲いが欲しいんですけど。」

 

 半泣きで頼むと無視された。

 

「ヤダヤダヤダ絶対に嫌!レブ!無理!無理だよ!」

 

 騎士達の姿が見えなくなるなり私は叫んだ。

 

「叫ばないで下さい。今、考え中です。」

 

 冷たく突き放され悲しくなった。


 格子を両手で持ち顔を当てるともう少しで通れそうだった。キュッと力を込め左右に開くと顔を出して横を見た。牢屋の前には誰もおらず、ずっと向こうに曲がり角がありそこまでズラリと独房が並んでいる。連れて来られる時に見た感じでは私達三人以外は誰もいない。

 格子は私の手で握ると親指と人差し指が届かない位の太さで天井から床まで真っ直ぐ突き刺さっている。

 

 もう少し位なら広げても大丈夫だろう。

 

 私はゆっくりと格子を広げ横向きでちょうど抜けれるくらいにすると牢屋を出た。

 

「レブ、早く帰りたい。」

 

 隣の牢屋へ行き話しかけるとレブはビクっとして私を見た。

 

「あぁ…驚きました。出れるんですね。」

「うん、一人はイヤ。ここにいてもいい?」

 

 気持ち悪くて独房にジッとする気にはなれない。

 

「少しだけですよ、すぐに戻らないといけません。あぁ、ついでにケイの様子を見て下さい。」

 

 レブの隣のケイの房を見ると酷く痛めつけられたのか倒れて全く動かない。

 

「怪我が酷そう。何かない?」

 

 ここに入れられる前にベルトを取られたので私は何も持っていなかった。

 

「ではこれを口に入れてやって下さい。」

 

 そう言ってレブはどこからか錠剤を取り出した。

 

「ポーション程の回復力葉無いですが飲まないよりはマシでしょう。」

 

 それをケイの房の格子を開き中に入ると意識の無い彼の口の中に入れた。

 

「少しずつ口の中で溶けて吸収されますから放って置いて大丈夫です。」

 

 そう言われ外へ出ると格子を戻した。

 それからレブの房の前に黙って座っていたが、彼は何か考えているようで何も言わない。


 石でできた床は冷たく段々と体が冷えてきた。ブルっと体を震わせるとレブが口を開いた。

 

「この端の格子をバレない程度開けますか?ギリギリ私が通れるくらいに。」

「出来なくは無いけどバレないかはわからない。」

「恐らく大丈夫でしょう。向こうは絶対に逃げれないと自信を持ってここに入れてますから。ケイのところもお願いします。そして自分の房に戻って下さい。藁の上の方がまだ寒さがしのげます。」

 

 一箇所だけを歪めるとバレそうなので全体的に緩やかに歪ませ端の方はレブがギリギリ痛いけど無理すれば通れる位にした。ケイの所もそうしているとケイが薄っすら目を開けた。

 

「大丈夫?まだジッとしてて。」

 

 そう言うと彼は微かに頷いた。少しは回復してるようだ。


 私も自分の房に戻ると藁の上に座った。

 

「もし一人で連れて行かれて、もう駄目だと思ったらすぐに教えられたレジナルド様を呼び出すよう言ってくださいね。出来るだけ情報が欲しいので最後の手段でお願いします。」

 

 来る前にライアンに言われてた事を思い出した。

 

 その手があったか、レブには悪いけどトイレが限界になったら使おう。ここでは絶対にしたくない!

 

 

 

 そこから数時間、そろそろトイレが限界に近づいた頃、遠くでガチャリと音がし、数人の騎士とさっきのチャラい男がやって来た。

 

「さて、どうする?雇い主を話すか?」

 

 男の問にレブが口を開いた。

 

「話せば我々は助かると?」

「もちろん。」

「保証は?契約書を交わせますか?」

「契約書か…それはどうかな、お前達も犯罪者だろ?今回のは見逃せてもこれまでの犯罪行為まで見逃せって言われたら困るな。他国との関係もある。」

「勿論、この国の分だけで構いませんが。」

「他国に引き渡してもいいと?」

「えぇ、例えば隣国でも良いですよ。東方辺りがいいでしょうか。」

 

 暗にプラチナ国に逃してくれと頼む。

 

「悪いな、あの国は気に入ってる奴がいる。わざわざ犯罪者をそこへ送り込んだとバレたら面倒くさい奴に絡まれそうだから無理だ。」

 

 どうも二人で睨みあっているようだが私も限界が近い。

 

「あの…すみません。」

 

 思い切って声をかけた。

 

「お、やっとオレと来る気になったか?」

 

 チャラい男はレブより私の方が落とせそうだと思ったのかニッコリ笑って格子の間から手を差し込むと私の頬を撫でた。

 

「そんなに切なそうな顔して。オレはそういうの弱いんだよね。そんなにここから出たいか?」

 

 もうすぐ限界で泣きそうな私は必死で訴えた。

 

「ここじゃ話せない。あなたの部屋に行きましょう。今すぐ!」

 

 早く、早く、早く!

 

「急に積極的だな、ここが怖かったのかな?」

「そうなの、お願い、すぐにここから出して!」

 

 足を踏み鳴らしながら格子を握ってイライラと訴える。

 

「仕方ないな、じゃあ出してあげようかな〜。」

 

 目の前にチャラリと鍵を出し、私に見せつけた。

 

「いいから早く出してお願いここにいたくないの!」

 

 もう限界!すぐにでもこの格子を外して出てやる!

 

 そう思って力を入れようとしたらレブが叫んだ。

 

「その娘を連れて行かないでくれ!」

 

 激しく格子を掴み急に怒り出すレブ。それを聞いた男は口の端を上げた。

 

「はは〜ん、良し!連れて行こう、出ておいで。」

 

 すぐに鍵を開けると私の腕を掴み房から出す。男はニヤつきながらレブを見て勝ち誇ったように私をそこから連れ去った。

 

 どこかの部屋につくなり私はすぐにトイレを要求し事なきを得た。

 

 もうちょっとで限界でした…

 

 

 

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