第35話 希代の魔術師1

 待機室に戻ってお茶を並べるとカウンターの方へと行った。イーサンの側には居づらいしライアンの隣に座るのも嫌だ。だけどマルコが帰って来るまでここにいなきゃいけないだろう。

 私とライアンの様子がおかしい事にイーサンは気づいていたようだが何も言って来なかった。仕切り越しに二人がレベル15の崩壊の話をしているのが聞こえたがそれに加わる気にもなれなかった。

 

 騎士が何人か自力で脱出して来たのを手続きしていたら、マルコが一人の派手な女性を伴って帰って来た。センスの良い黒いドレスに身を包み長い真っ赤な髪をかきあげながら訓練場にいる私をチラッと見たあと待機室に入って行った。こぢんまりしたカワイイおじいちゃんって感じのマルコと違い、出来る熟年女性という感じのあの人はきっとカトリーヌだろう。前に声だけ聞いていたが顔を見ても怖そうだ。涙ぐむマルコの気持ちがよく分かる。

 ちょっとビビるが行かなくてはいけない。騎士を見送ると深呼吸して待機室に入って行くとイキナリ低く呼ばれた。

 

「お前がユキか…こっちに来な。」

 

 もう怖い!目が鋭すぎる。絶対に何人か殺ってるでしょ!

 

 椅子に座り足を組んで探るように私を見ている。

 

「はい、初めまして。ユキです、宜しくお願いいたします。」

 

 とりあえずきっちり挨拶し、ピシっとカトリーヌの前に立った。

 

「フン、まともに挨拶くらいは出来るようだね。前の奴はヘラヘラしてるだけだった。」

 

 マルコが彼女の顔色を伺いながら話を切り出した。

 

「そうなんじゃ、ユキはよくやってくれてると思う。それで、レベル15の事なんじゃが…」

「あんたは黙ってな。ライアン、お前が現場にいたの何故こんな事になったんだい。」

 

 ソファに黙って座っていたライアンはポリポリと頭をかいた。きっと自分は無関係だとか言って私を馬鹿にしたように笑うんだろ。

 

「オレにも責任の一端はある…と思う。」

 

 え?このヒゲモジャ誰?

 

「ほぉ、認めんのかい。」

「ユキは今のとこオレの監督下だからな。しでかした事はオレにも無関係じゃない…ムカつくがな。」

 

 そう言ってチラリと私を見た。カトリーヌは眉間にシワを寄せる。

 

「この娘と寝てるのか?」

『寝てないし!』

 

 私とライアンは声を揃えて言った。

 

「ヒゲモジャは嫌。」

「もっと凹凸のある奴がいい。」

 

 なんですって!あるわよ、凹も凸も!

 

 きっと睨みつけ舌打ちしてやった。カトリーヌはライアンをジッと見ていた。

 

「ならいいさ、せまい職場でややこしくなるのは止めときな。ただでさえ人手不足だ。わかったかい、イーサン。」

 

 急に話をふられイーサンがビクッとし「わかっている。」と言ってチラッと私を見た。私はそれに気づかないフリをしてカトリーヌを見ていた。

 

「それでだ、ダンジョンの修繕にかかる費用の事だが、全部で三千万ゴルだ。」

「えーーー!!!三千万!?」

 

 驚き過ぎて叫んでしまう。新築一戸建て買えるよ!そんなにお金かかってるの?

 

「静かにおし、まだ話はある。天井が少し崩れたが上の階には影響が無かったからこれで済んだんだ。三千万の内、一千万はアレグザンダーに払わせる。」

 

 上の階って、やっぱりダンジョンは縦に繋がってるんだ。崩れなくて良かった。

 

「はい、アレグザンダーってどなたですか?」

 

 私は手を上げて質問した。その奇特な人は誰?

 

「カトリーヌ、外で国王を呼び捨てるのはやめておいた方がいいぞ。」

 

 マルコが慌てて彼女を制する。

 

 アレグザンダーって国王なの!?

 

「うるさいね、ここには関係者以外誰もいないじゃないか。別に誰に聞かれても構わないしね。」

「残りの二千万ゴルは?」

 

 ライアンが面倒くさそうに聞いた。

 

「五百万ゴルはコッチで持ってやる。だが千五百万ゴルはお前達でなんとかしな。ただしお前の金は使うな、教育に悪い。しっかり責任取らせな。」

 

 カトリーヌが黒い笑顔でライアンを見ている。

 

「チッ、はぁ〜。どこに行けばいいんだ?」

 

 二人だけで会話が通じ合ってるようで私には全くわからない。

 

「なんの話ですか?」

 

 責任は私にあるだろうからライアンと一緒にどこかに行かなければイケナイようだが…

 

 カトリーヌはニヤッとした。

 

「ユキ、お前にはダンジョンを壊した賠償金を払う責任がある。だが金が無いんだろ?その服だって買えやしないんだから。」

 

 確かに。

 

「だから賞金稼ぎに行ってもらうからそのつもりで準備しな。」

「はぁ?賞金稼ぎってなんの事ですか?」

 

 あまり耳触りのいい言葉でない事だけは確かだ。

 

「このダンジョンにはレベル100まである。」

「レベル100は勇者ですよね。」

「そうだ、だけどその前のレベル60から90までは実際に自然界に存在するダンジョンに転移するようになっている。そこには地元から討伐を依頼された魔物がいて、そいつらは凶暴だから一体につきいくらか賞金がかかってる。」

「それを私に倒せと?」

 

 そんなことできるわけ無い!

 

「ライアンと一緒に行けばいい。コイツにも責任があるからね、お前だけじゃ死にに行くようなもんだろ。」

 

 ライアンのウンザリした顔に納得だ。私に付き合って行きたくもない魔物討伐の出張って事だ。だけど私は助かった、お金は無いから賞金で払えるなら随分助かるだろう。

 

「賞金ってお幾らですか?」

 

 金額によっては何回か行かなくてはイケナイかも知れない。

 

「お前はついてるよ、ちょうど千五百万ゴルだ。」

 

 カトリーヌは真っ赤なくちびるの端をきゅっとあげると恐ろしい顔で笑った。隣でブルッと震えたマルコはきっとチビったに違いない。

 

「って事は一度だけ行けばいいんですね。」

 

 何度も行くなんて嫌だと思っていたが一度で済むならそれに越した事はないだろう。

 

「馬鹿、一回でその金額って事はそれだけ凶暴な魔物だって事だよ!」

 

 ライアンが忌々しそうに言った。

 

「あ…そうか。それでなんていう魔物なんですか?」

「なに、ちょっと大きな水蛇さ。」

「蛇ですか?」

 

 いくら大きくても蛇ならライアンがあっさり倒してくれるだろ。人を飲み込むワームだってサクッと殺ってたし。

 

「ダァーッ、噂は本当だったのかよ!北方の奴か…」

 

 ライアンが天を仰いだ。

 

「わかってんなら話が早いよ。そいつをやってくれるならとアレグザンダーは金を出したんだ。」

「騎士団で行けばいいじゃないか。」

「予算の都合と隣国との兼ね合いだろ。騎士団を動かすのは面倒な事なんだよ。」

「奴なら魔術師が必要だ。」

「魔石なら用意してやるが魔術師は自分で用立てな。もちろん費用もそっち持ちだ。」

「はぁ、そうなれば五百はいる。」

 

 一体なんの話がどんどん進んでいるのやら。呆然と二人を見ているとイーサンが見かねたのか教えてくれた。

 

「その魔物を倒すのに火がいるんだよ。だが君達は魔術が使えないから魔石を持って行くか魔術師を雇うか、それによって作戦も変わる。」

「作戦?」

「そうだ、大物だからな、ちゃんと計画して行かないと二人が危険な目に会うからな。」

「蛇なんでしょ?」

「そう、水蛇だ。噂通りならそいつはヒュドラだろう。」

 

 イーサンが真剣な顔で言った。

 

「何それ?」

 

 聞き覚えのない魔物の名前だが皆の顔を見てるだけで怖さは伝わる。

 

「九つの首を持つ巨大な水蛇だ。首は切ってもすぐに再生する。だから切り口を焼く為に火がいるんだ。」

 

 ライアンは立ち上がると「ちょっと出てくる。」と言っていなくなった。

 

「なんなの!?再生ってまた生えるの?切っても?」

 

 イーサンもマルコも黙ったまま答えてくれない。可哀想な子を見る目でただ私を見ているだけだ。

 

「ガタガタ騒ぐんじゃない!お前も女なら自分のした事に責任持ちな!」

「は、はい!」

 

 ビシッと言い渡され反射的に返事はしたが動揺は収まらない。何がどうなってるのだ?

 

「お前の態度しだいでは私が手伝ってやらん事もないぞ。もっとこっちへ…」

 

 やんわりとだがまるで知らぬ間に毒でも飲まされそうな恐怖感を与えられながらカトリーヌは私を側に呼んだ。

 

「なんでしょうか…」

「お前、スキル持ちだね。」

 

 囁くように言ったその言葉に隣のマルコをキッと睨んだ。話したな?

 

「別にマルコから聞いたわけじゃ無い。ここにいる事をライアンが許して数日、今もここにいるって事はそういう事さ。アイツは馬鹿じゃない、お前が使えると確信してるんだろ。今だって面倒くさそうにしながらも拒否はしなかった。なんとか出来るって思ってるからだ。」

 

 へ〜、けっこう見込まれてるんだ。

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