第24話 昇段試験7

 ハマってグチョグチョの足を気にしながらも救助を急いだ。

 魔石の作用なのか小さい赤い光が私を導くように先をゆく。そして左にふいっと曲がって行ったのできっとそこに騎士がいるはず。

 走って来た勢いのまま曲がると数体の魔物が倒され地面に転がっていた。だけどまだ気持ちの悪いグールと豚の頭を持つオークが二体同時に騎士に襲いかかっていて騎士はすぐにでも殺られそうだ。

 

 もうヤダ…

 

 騎士は私に気づくと一瞬喜びかけてすぐに絶望した。

 

「なぜお前が…」

 

 彼の心の声はハッキリと私に伝わった。

 私だって好きで来てるんじゃないんだよ。

 

 ちょっとムッとしつつ、こちらに背を向けているグールをイーサンから教わったやり方で思いっきり壁に向け蹴り飛ばした。魔物は変な方向へ二つ折れになり倒れたが、まだ動いていたので近づくと頭を足で踏みつけた。またアレまみれだ。

 騎士は自分が何を見ているのか理解出来ていないようだったが私が続けてオークに蹴りをいれその場に倒すと我に返りトドメを刺した。

 

「お待たせしました、大丈夫ですか?ポーションいります?」

 

 ベルトから小瓶を取り出すと騎士へ手渡した。彼は信じられない物を見たような顔をしていたがポーションを受け取り自分の腕と足にかけた。よく見るとかなり色々なところを負傷していたがとりあえず酷いところは治したので帰還を優先した。後は帰ってからでいいだろう。

 

「今から帰還します。」

 

 一応ライアンに報告し来た道を戻って行った。

 

「オレも今、戻ってる所だ。まだ気を抜くな。」

 

 騎士と並んで走りながら周りに気を配る。後ろは見てくれるので前方に気をつけながら魔法陣まで戻って来た。そこに広がっていたグチョグチョの地面は見ないようにし魔法陣の上に立つとすぐに真っ暗になりあっという間に目の前にドアが現れた。

 

「お疲れ様です。他の傷は大丈夫ですか?」

 

 騎士を振り返えると彼は兜をぬぎ脇に抱えると大きく安堵の呼吸した。

 

「ありがとう、助かったよ。君は一体何者だ?手続き専門の女性だと思っていたのだが。」

 

 騎士はまだ若く二十代前半というところか、名をレイモンドと言い私が昨日手続きした騎士の一人だ。疲れた感じだが興味深そうに私を見ている。

 

「まぁ、そんな感じです。ちょっと他の者が出払ってて仕方なく。」

 

 行くはずでなかった中級の救助が無事に済んで良かったがもう行きたくない。

 

「出来ればあまり他の方には…」

 

 私は少しでも変な噂が出ないように何気に口止めをお願いした。レイモンドはフムと一瞬考えるとニッコリ笑った。

 

「食事を一度、ご一緒出来れば黙っていよう。」

 

 嘘でしょ、ここでナンパとか。

 

 私が驚いて固まっていると床の魔法陣が光だし慌てて出るとライアンが救助してきた騎士をつれ戻って来た。

 

「ここで何やってる、早く出ろ。」

「でも、あの…」

 

 私はオロオロとしさっきの話をすると、

 

「バカ、本気にするな。騎士がわざわざ自分が女性に助けられた話を他の者に言うはずないだろ。騎士だぞ、そんな情けない事を口にもしないさ。」

 

 ライアンが黒い笑顔で私に言った。

 

 ……あぁ。

 

「冗談だったんですね、すみません、驚いてしまい気が付きませんでした。面白い方なんですね、レイモンド様。」

 

 ニッコリ微笑みそう言うとレイモンドは仕方なさそうに肩をすくめた。

 四人ですぐに訓練場に出ると早速アウロラがライアンに駆け寄った。

 

「大丈夫?随分かかったわね。」

 

 私を横目でチラリと見つつ彼の背に自分の手をそっと添える。

 

 ほわっ…

 

 ライアンの顔をニヤつきながら見上げると目が会い、睨みつけられた。

 

 ひゃ〜怖〜い。

 

 アウロラに絡まれている奴は置き去りにして救助してきた騎士達からそれぞれ『所在発信用魔石』と『救助要請用魔石』を回収すると待機室へ向った。とにかくこの靴のグチョグチョを何とかしたい。

 床に点々と足跡を残しつつ部屋へ入り使用済み魔石を片付けた。ブーツは一足しかないので今脱ぐわけにはいかないだろう。タオルを絞りざっと拭いたが細かい部分にアレが入り込んで気持ちが悪い。中までは染み込んでいないのは流石、冒険者仕様というところかな。履いていたパンツは脛の辺りが少し破れ汚れていた。ちょっと服装を考えないと蹴りを入れる度に買い替えなきゃいけなくなる。

 私から遅れること数分後、ライアンがダンジョンから帰ってきた時より弱冠疲れて待機室に戻って来た。

 

「お疲れ様です、ププッ。」

 

 辟易した顔のライアンに返り血を拭くためのタオルを渡すと何故か私の顔をマジマジと見た。

 

「これを使え。」

 

 そう言ってポーションを差し出した。

 

「え?そこまで疲れてませんよ。」

 

 気持ちは疲労困憊な感じだが体力的にはそこまでじゃない。魔法陣から救助まではすぐそこだった。

 

「気づいてないのか?頬が切れてる。」

「えぇ!?」

 

 慌てて自分の頬に触れるとぬるっとした。

 

「うわぁ、めっちゃ血が出てる!女子なのに顔とか無理!」

 

 涙目で叫ぶとライアンが面倒くさそうに私の顎をクイッと上向かせポーションをかけてくれた。液体がかかると傷にしみてきて痛みに目を閉じる。傷が治ったか確認するように何度か指でキュキュッと擦られ顎から手を離したので目を開くとすぐ近くに彼の顔があった。

 

 おっと…

 

 ちょっとビックリしていたら、残りを飲むように小瓶をわたされクピッと飲むと驚きの不味さだった。

 

「まっず、なにコレ信じられない。」

 

 ライアンはもう一本取り出し自分の腕にかけた。

 

「怪我してたの?大丈夫?」

 

 ポーションをかけた瞬間から瞬く間に傷は消えていくが結構な深手だったようだ。

 

「やっぱり魔物のレベルが違ってるな。」

 

 そう言って腰のベルトから取り出した長剣を鞘から抜くと根本近くからポッキリ折れていた。

 

「剣て折れるの!?」

 

 硬い鋼鉄で出来ている剣が折れるなんて信じられない。

 

「こんなので戦えたの?」

 

 まさかの武器の破損とか戦っている最中には命取りだろう。ライアンはため息をつくと「常に予備はある。」そう言ってベルトの背中側から前に私にオススメしていたククリを取り出した。

 

「だがこれも刃が欠けた。そこらの武器ではマズイかもしれん。」

 

 ライアンは折れた剣をテーブルにガチャリと置き私に待機するように言うと部屋から出て行った。

 独りになるとボスっとソファに腰をおろした。

 

 怖かったなぁ…また死にかけた。

 

 腰につけていたベルトを外すとポーションを補給し、棚へと片付けた。テーブルの上に置かれたポーションの空き瓶も片付け一応地図に目をやる。救助要請の合図がない限りお客の小さな光は私にはどういう状況になっているのかはわからない。

 今回の魔物の異常な状態を初日に入場した騎士達は知らない。それでも脱出や救助されずに二日目を迎えている者はとても優秀という事なのだろう。

 

 ボンヤリと地図を眺めていると勢いよくイーサンがドアを開け入って来た。

 

「ユキ!まさか救助に行ったのか?怪我は?」

 

 その勢いに驚いて振り返るとマルコともう一人見知らぬ騎士が待機室に入って来ていた。

 

「お、お帰りなさい。えーっと、大丈夫です。怪我も治しましたし。」

「どこを怪我したんだ?」

「は?あぁ、顔です、ここを少し。」

 

 ポーションで治しもう跡形もない頬を指差すとイーサンが確認してきた。

 

「そうか、すまない。私が留守にしたばかりに。」

 

 イーサンは申し訳無さそうな顔した。

 

「いえ、大丈夫です。なんとかなったので…でもよくわかりましたね、私が救助に行った事が。」

「訓練場に血の足跡が残ってた。大きさから考えてもライアンじゃないと思ってな。」

 

 そう言われ掃除をしなくてはいけない事を思い出した。

 

「すみません、ここお願い出来ますか?片付けてきます。」

 

 ソファから立ち上がるとイーサンの横を通り出口へ向かった。

 

「あぁ、ユキ、その前にこの方を紹介しておく、モーガンじゃ。今回の昇段試験を手伝ってもらうことになった。」

 

 マルコがそう言って騎士を振り返った。イーサンと同じ鎧を身につけ兜を脇に抱えた三十代くらいの騎士がニッコリ笑った。

 

「短い間だが、よろしく。まさか君が救助に行くのか?信じられないな、か弱そうなのに。」

 

 黒髪に目鼻立ちのハッキリとした濃ゆいイケメンでガタイもいい、騎士だから当然か。

 

「よろしくお願いします。」

 

 平民相手でも偉そうでなく好印象なモーガンはちょっとタイプ。ムフフッ。

 とにかく訓練場を片付けようと部屋を出て事務所からモップを取ってくると床掃除を始めた。

 キモいけど私が汚しちゃったしな。バケツの中の水がみるみる真っ赤に染まりつい眉間にシワが寄る。

 

「ユキ、ちょっといいか?」

 

 呼ぶ声に振り返るとレイモンドが着替えを済まし近寄って来た。

 

「何でしょうか?」

 

 ちょっと頑固な血を早く落としたいのに邪魔だな。

 

「さっきの事なんだが…」

「はい?さっきのって…ちょっとこちらへ、いいですか。」

 

 こんなに周りに人がいる所であの事を言わないで欲しい。

 

 

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